第十一話 罠と信頼の夜道
エデン村からの辻馬車に乗り、ガルバは目的の地へとたどり着いた。
そこは、ヴァルハイト帝国アインハルト辺境伯領の北西に位置する鉱山の街、リヒトウェル。
緑豊かで平穏なエデン村とは、まさに真逆の光景が広がっていた。近くに巨大な鉱山を抱えるこの街を行き交う人々の中には、泥や黒い油汚れを肌にべっとりとつけた、頑強な労働者たちの姿が目立つ。金属が擦れ合う荒々しい音と、どこか煤煙の匂いが混ざる熱気に包まれながら、ガルバは一刻を争う表情で、街の冒険者ギルドへと足を急がせた。
重い扉を押し開け、喧騒に満ちたギルドの受付へと突進する。
「おい! 『スチール・ファング(鋼の牙)』の依頼書を見せてくれ!」
ガルバの気迫に押された受付の職員が、慌てて奥から一枚の書面を持ってきた。そこに記された詳細な依頼内容に目を通した瞬間、ガルバの脳裏に最悪の結末がよぎった。
彼らの適正ランクを完全に無視した、あまりにも無謀で凄惨な、高難度の魔獣討伐依頼。
バンッ!!!
ギルド中に響き渡る凄まじい音を立てて、ガルバは受付のカウンターを左手で叩きつけた。かつてエースとして戦線を支配していた頃の、圧倒的な威圧感と激しい怒声が響き渡る。
「おい……なんでこんな無茶な依頼をあいつらに受けさせたんだ!? 前衛が一人足りないあいつらに、こんな魔獣を相手にさせるなんて、死なせる気か!」
ガルバのただならぬ気迫と怒りに、さっきまで騒がしかったギルド内が一瞬で水を打ったように静まり返る。受付の職員は顔を真っ青にし、怯えながらも、震える声で衝撃の事実を吐き出した。
「す、すまない……! だが、あいつらが背負っている借金の契約書には、ギルドの仕組みを逆手に取った恐ろしい特約があったんだ。もし期限までに返済の目処が立たない場合、債権者は『指定したギルドの公式依頼を債務者に強制受託させる権利』を持つ、と……」
「強制受託……? 待て、あいつらの目的は何だ。こんな高難度の依頼、成功するわけがないだろ!」
ガルバが鋭く問い詰めると、職員は血の気の失せた顔で声を潜めた。
「……冒険者が万が一、依頼に失敗して死亡した場合に、その保証人や遺族へと支払われる『ギルドの死亡保険金』だよ。あの借金取りどもの狙いは、最初からそれなんだ。あいつらが魔獣に殺されれば、その莫大な保険金で借金が一括回収される。だからあいつらは、成功させるためじゃなく、確実に死なせるためにこの最悪の討伐依頼を選んで押し付けたんだ……っ!」
「っ……!!」
ガルバは奥歯が軋むほど強く噛みしめた。
最初から「死ぬこと」が目的の卑劣な罠。激しい怒りで視界が赤く染まりそうになるガルバに、職員は泣きそうな顔で言葉を続けた。
「俺だって、それが分かってたから必死で止めたんだ! こんな無茶な依頼は絶対に認められないって、借金取りどもに何度も頭を下げた! だけど……最後はパーティのみんなが、やろう、って雰囲気になっちまったんだよ……!」
「みんなが……?」
「ああ、彼らはゴライアスが借金に苦しんでるのを知ってたから……。自分たちの命を懸けてでも、この高額報酬を成功させてゴライアスを救おうって、必死になっちまったんだ。ゴライアスだけは、最後まで『やめろ、お前たちを死なせるわけにいかない』って大声で反対してた。だけど、仲間の強い想いに押し切られちまって……っ」
ガルバの胸に、熱いものがこみ上げると同時に、強烈な焦燥感が走った。
お互いを想い合いすぎるがゆえの、空回りした覚悟。彼らは今、完全に死神の網にかかっている。
「あいつらの出発時間はいつだ! 正確な時間を教えろ!」
「ふ、二日前の早朝だ! すでに丸二日は経過している!」
「二日前……っ」
絶望的な時間差だった。普通に考えれば、もうとっくに手遅れになっていてもおかしくない。
だが、ガルバは諦めなかった。かつて背中を預け合ってきた、あの不器用で、誰よりも仲間を死なせたくないリーダーの顔を思い浮かべる。
(いや……あの慎重なゴライアスのことだ。前衛が足りない無茶な状況なんて、誰よりも本人が一番理解しているはず。みんなの想いに押されて依頼を受けはしたが、決して焦って突っ込んだりはしない。必ず手前で一晩キャンプをして、入念に息を整えているはずだ。――まだ、間に合う!)
仲間を誰よりも知るガルバだからこその、確信に満ちた深い信頼。
「馬を借りるぞ! 料金は後だ!」
「ああ、構わない! 頼む……あいつらを、救ってくれっ!」
ギルド職員が机を叩き、すがるような悲鳴を上げる。
ガルバは背嚢を背負い直すと、ギルドを飛び出して厩舎へと走った。用意された馬の背に飛び乗り、手綱を強く握りしめる。
激しくいななき、馬がリヒトウェルの荒々しい街道へと蹴り出した。砂煙を上げながら、ガルバはゴライアスたちの向かった鉱山跡地へ向けて、夜道を全速力で駆け抜けていく。
上下に大きく揺れる馬の背の上で、ガルバはふと、腰のベルトに差したナイフの柄へと手を伸ばした。
左手で、その冷たい金属の柄を強く、強く握りしめる。
一ヶ月前、ジークが「生きろ」と無言で託してくれた、あの秘蔵のナイフだ。手のひらから伝わってくるかつての仲間の温もりが、ガルバの焦る心を確かに支えていた。
(ハラハラと涙を流しながら泣き崩れていたセリア。一晩中泣き明かしたリネット。無言でこのナイフをくれたジーク。そして、一生恨まれてもいいと泣きながらガルバに追放を告げたゴライアス……)
みんなが繋いでくれたこの右腕は、今、しっかりと手綱の感触を掴み、生き生きと拍車をかけている。
「待ってろよ、みんな……! 今度は俺が、お前たちを絶対に死なせない!」
闇に包まれた鉱山への道を、ガルバは一筋の希望の光を抱きながら、ただ真っ直ぐに狂ったように駆け抜けていく。




