プロローグ 三度目の転生
「シャルロット、お前を我が王国から追放する!」
大理石の床に突きつけられたその言葉にね、私は少しばかり困惑してたのよ。
……いや、パニックになっていた、というべきかしら。
私はすう、と深く息を吸い、落ち着いて状況把握に努めたわ。
目の前で肩を怒らせている金髪の婚約者(王太子)と、その脇でシクシク泣いてる可憐な男爵令嬢。
それらを交互に見つめながら、私は思ったわ。
(……婚約破棄だわね、これ)
私の名前はシャルロット。
今まさに、身に覚えのない罪で婚約破棄と国外追放を言い渡されている。
だが、私の中身はただの公爵令嬢ではない。
一回目の人生、私は18世紀のフランスにいたの。
「暗殺の天使」なんて大層な名前で呼ばれちゃってね、狂った時代を正すために刃を振るい、最後は断頭台で果てたわ。
我ながら、ずいぶんと苛烈な女傑だったと思うわよ。
だけど、死んだと思ったらね、私は「現代の日本」っていう世界に転生してたの。
そこは魔法こそないけれど、誰もが箱型の端末で世界中と繋がる奇妙なユースピア。
私は二度目の人生を、今度こそ穏やかに生きようと心に誓ったわ。
OLとして働き、恋をして、結婚し、子供を育てて、孫の顔まで見たの。
最終的にはね、老衰により92歳で大往生を遂げたわ。
畳の上で、たくさんの家族に看取られながら「良い人生だったわぁ」って満足して目を閉じたのよ。
それなのに、よ。
「聞いているのか、シャルロット! 己の罪を認めぬか!」
気が付いたら、10代の少女に戻ってたの。
しかも今度は、中世ヨーロッパに現代日本のゲーム要素を足して二で割ったような、完全なる「異世界」ときたもんだわ。
これ、見たことある。ステータスだの魔法だのがある、お若い子が好きなタイプのアレね。
でもね、92年間の平穏な現代人ライフですっかり角が取れちゃって。
おばあちゃん特有の「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着きなさいな」っていう精神が、今の私には染み付いちゃってるのよ。
かつてフランスを震撼させた女傑の尖ったプライドなんて、日本の美味しい白米と、縁側での緑茶と、まったりとした年金暮らしによって、すっかり丸くなっちゃった。
「あの、王太子殿下」
「なんだ! 命乞いか!」
「いえ、追放の件、承知いたしましたわ。ただ、外はちょっと肌寒いですから、上着だけ持って行ってもよろしいかしら? あと、道中のおやつに塩飴があると嬉しいんだけど」
「……は?」
怒鳴り散らしていた王太子殿下が、毒気を抜かれたように口をポカンと開けたわ。
隣の男爵令嬢も、涙をピタッと止めて私を凝視してるじゃない。
無理もないわよね。
この身体の元の記憶によると、これまでの私は公爵令嬢としてのプライドが高くて、彼らにいつもキツい態度を取ってたらしいの。
だけど、今の私の精神年齢は【フランスでの24歳+日本での92歳+この身体の16歳】。合計132歳のおばあちゃんなのよ。
10代の子供たちの痴話喧嘩に付き合うほど、私はもう若くないの。
「それでは、手続きはお任せしますね。皆様もお体に気をつけて。夜更かしは冷えるから、お腹を冷やさないように暖かくして寝るのですよ」
私はにっこり微笑んで、優雅にカーテシーをして謁見の間を後にしたわ。背後で「な、なんだあいつは……」って困惑する声が聞こえるけど、気にしない。
さて、異世界追放ね。
まずは現代日本の知識を活かして、美味しいお味噌でも仕込もうかしら。温かいお味噌汁が恋しいわ。
もし悪い魔物や悪徳貴族が邪魔しに来たら?
その時は――一回目の人生で培った「暗殺の天使」の技術で、静かに、迅速に、お片付けするだけ。
おばあちゃんの知恵袋と、元暗殺者の戦闘技術。
これらを持って、私の三度目の人生――スローライフな異世界開拓が、今始まる。
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