第十二章 南大陸の探究少女 20話 世界が終わるまでは?
いらっしゃいませ
狙った頭ごとあたしが消え失せて拳が空を切っても、精々身体の重心が少しズレる程度で、バランスを崩して踏鞴を踏んだりはしない。
あたしの筋骨の耐久力をどんなに高く見積もったところで、あの巨体の全力を出すに値しないのは誰が見ても明らかだもの。
あたしがあれだけ逃げ回ってみせたので攻撃の速さを落す事はないと思うけど、何度も避けられただけに1つ1つの攻撃は精度重視で破壊力はあたしの見た目に合わせて調整してるでしょ。
それだけに避けられる度に納得いかない風で考え込むのも分かる気はするし、その余裕があたしの攻撃にまるで脅威を感じていないからなのは悩むまでもない。
何も考えず嵐のような猛攻を続けられてもこれまでのように避ける事ができるのかどうか。
そんな事を試すのは何としても御免蒙りたいところだけど、今のところ相手も『そうまでして倒すのは心外』なんて考えてる節があるのよね。
人を見れば全力で殺しに来るのが魔獣ってものだから、それだけでも『こいつは魔獣じゃない』の裏付けになると思うんだけど……それはさておき、どんな事情であれ攻撃にお休みがあるのが精神衛生上の救いになってるのは確かだわ。
攻撃が目にも留まらないのに、何か考えているらしい時間経過が人並みに思えるのは、この相手の時間軸があたし等と異なっているとか難しい話じゃ無くて只々物理的にあたしが遅いだけって事よね。
そんな状態を何とか切り抜けたのが自分の力だって納得できればいいんだけど、正直なところ今は訳が分からない。
訳がわからないまま何も考えないなんて無理……そのあたしにとって唯一の考察時間は【あいつ】が勝手にとる休憩なのよ。
こんな時に考え事なんて『ご自由に殺してちょうだい』って言ってるのと同じだけど、どのみち相手の攻撃を見切る事ができないんだから開き直るしかない。
……そんな事を思いながら浮遊で洞窟の天井部分に留まったまま見下ろしていると、考え込んでいた【あいつ】が視線を上げコチラを睨んだ。
ここまでは相手の動きも人並の思考速度と同調しているようね。
『でも、すぐ攻撃に転じて視界から消える筈。そうなる前に障壁を……』と考える最中、また何の脈略も無くあたしは動き出した。
浮遊を解除するのだけは分かった。
でも、その後気付いた時にはもう【グリュムヴァル】メンバーの中心に立って、さっきまであたしが居た辺りを探す【あいつ】を見ていた。
だから、その間に何が起きたかは後からの付け足しなんだけどね。
まぁ流れだけは説明しておこうかな。
あたしが障壁を張ろうかと考えていた頃、【あいつ】はそれまでの直線的な攻撃を改めようと決めたみたい。
ここまでずっと最短距離の単純な攻撃に終始していたのは圧倒的な戦闘速度と破壊力に勝利を確信していたからに違いない。
でもそれを立て続けに躱されて無理を認めた? ……で、実際何をしたか。
直線的な動きはそのまま--あの目にも留まらぬ動きは直線運動が条件?--に洞窟の壁を使って反射を繰り返すようにジグザグとあたしに迫った。
ぅん、アッチで知った--媒体が何かまでは憶えてないけど--『空手の三角飛び』あれの複数回ヴァージョンができるならそんな感じ。
そぅ、もしあたしが目視で攻撃を認知してたなら凄く効果的な攻撃だった筈。
だけど元々見えてないんだからそれ以上の目眩ましなんて全然意味がないし、訳の分からない--冥界と連携した【天鳴】の--力はここの時間軸とは乖離していてどんなに素早い複雑な動きも--セル画の同時展示みたいな感じで--把握してしまう。
【あいつ】の始動と同時に浮遊を解除、両手両足で洞窟の天を叩いて開いた隙間に【あいつ】の爪先が蹴り込まれ、魔窟の天面素材を打った。
効きはしないのが分かってるけど、間近に迫る爬虫類顔の鼻柱に全力の両足蹴りを放った反動で斜め下へ急降下。
着地と同時に体勢を整えるあたしと、蹴飛ばされた影響も無くほぼ真下へ降りた【あいつ】との距離はほんの数メートル。
思わぬ反撃を受けて甚く自尊心を傷付けられたようで、またも【あいつ】が思案の淵に沈んだタイミングが例の考察時間なんだけど、その時のあたしは自分が何をしたかもよく分からないままだから、その場の状況を推測るのに頭を捻るばかり。
やっと【あいつ】や【グリュムヴァル】との位置関係を掴んだ瞬間、また唐突に身体が動きだす。
今度はこれまでと違い【あいつ】の後手じゃなくて初めての先手。
発動させるつもりも無かった業火榴弾が【あいつ】を襲う。
と言っても竜人型魔獣の肉体は耐魔法特性の塊だから魔力は効かない。
狙ったのは【グリュムヴァル】から預かった荷物の1つで小麦粉を詰めた背嚢。
魔力で牽く荷橇からいつも食糧を幾つか背負うようにしているのは荷運人の仕事がそう言うものだから。
荷車等を万一取り残してもすぐに飢えないようにするための保険みたいなもので、『あたしが荷橇を取り残す心配なんてない』のは【グリュムヴァル】のメンバーには分からないから、そういった仕事は普通にやって見せる必要があるのよ。
浮遊解除のタイミングで背嚢は全て右肩から外れてその場に置き去りだったから、当然それも【あいつ】と一緒に自然落下。
【あいつ】の目の前で業火に焼き飛ばされた背嚢の中から小麦粉が広がって、粉塵爆発を引き起こした。
もちろん業火榴弾も粉塵爆発も【あいつ】には何のダメージも与えられない。
ただ一つの狙いは粉塵爆発の煙幕効果だった。
『だった』って言うのはこれまた結果論で、その時のあたしはまだ何も分からないまま。
周囲が粉塵に包まれている間に、振り返ったあたしは【グリュムヴァル】メンバーの中心へ視認跳躍。
これで、【グリュムヴァル】メンバーの中心に立って、さっきまであたしが居た辺りを探す【あいつ】を見ていた……の場面に至るのよ。
『逃げ出さないと!』って、魔法野の奥から声が届いた気がする。
何があたしを突き動かしていたのかは分からないけど、その何かが『ここからはあたし自身の意思でするのが良い』と判断したのかも知れない。
距離は稼いだけれど、出口への道には未だに【あいつ】が立ち塞がっている。
視認跳躍も設定跳躍も逃げ出すには距離不足だし、こんな人数を連れては跳べない。
残る可能性が冥界にしか無いのも、魔法野の何かから伝わってくる。
冥葬系移動なら距離は充分だし、出現場所が多少ズレて何か起きたとしても生命と引き換えなら問題は無い。
只々、この散開分布の人数を同時に移動させる事が本当にできるかだけが大きな問題。
実は【あいつ】だけを冥界移動させられないか考えたんだけどね。
魔法耐性が高い竜人型魔獣の肉体を狙った大きな魔法が無駄に終われば、殺される結末だけが残る気がして即時却下するしかなかった。
とにかく今は6人全員の冥界移動を試すしかない。
魔法野の中の何かが『大丈夫』って、請け合ってる気もするし。
5人の命を預かることになるけど、その責任だけは自分で取りたい。
【あいつ】を無傷で残していくのがもっと大事に繋がるかもしれないけど、そうだとしても『世界が終わる』まで……はとても責任負えないわ。
次の更新は5/13(水)前後の予定です




