第七章 調査班Z班 御笠 文子(下)
こうして、実行犯第二班の面々はあの、「4日後」を迎えたのである。
御笠は別の呼び出しがかかったのか、電話に出たまま部屋を出て行き、すでに居なくなっていた。
ややあって、伊藤貴志は口を開いた。
「今日来てもろたんは他でもありません。ターゲット、決めさしてもらいました」
「おう。聞いたで。あのシャンデリア、ガラス製やないんやて?一体どういうことや」
畑野の言に雪乃はえっ、という顔になって恵を見た。恵は頷いた。
「えぇ、確かに。クリスタルガラスの中に偽物が混じってたんです。」
伊藤が言うと恵がついと立ち上がり、電気のスイッチを消した。ランタンの灯が一斉に消え…プロジェクターの光だけになった。
「これが、モレロ村で僕が目撃した物です。何か分かりますか?」
言うと、伊藤はパソコンのEnterキーを押した。
それは写真のようだった。シャンデリアを下から撮ったもののようだ。
そこには。
「…まさかこれ…!」
畑野が気づいた。
「流石ですね。普通、中に黒っぽい石が取り付けられている、としか思わんでしょう」
伊藤がニヤ、と笑った。
「…これがモレロパシフィックのやり方か…!!ほんまもんのクズやわ…!!」
畑野がうめくように言った。
「…どういうこと?」
雪乃が言った。
「ユキのん。あれな?宝石なんやて。ダイヤモンドより高い」
恵がぽつんと言った。
「うっ…!」
クリスタルガラスの中に宝石を紛れ込ませよる…!
「畑野さん。これが何か、分かりますね?」
伊藤は続けた。
「アレキサンドライト…やと見た。違うか?俺もこんなでかい物は見たことがないわ」
畑野は言った。
「僕もそうやと思います。」
伊藤は言って、「あの日、僕と恵はモレロ村で行われていたシャンデリアの点灯試験を見に行ったんです。そしたら、そこには日本人が何人か居ましてね。そこからしても、異様な光景でしたよ。
話、戻しましょか。
シャンデリアは組み立てられていきました。まず骨組みを日本人が組み立てていったんですがそこでこの石を真ん中あたりにぶら下げていたんです。その後、職人の方々がパーツを取り付けて行った。シャンデリアは青緑色の光を放っていました。何やこの色は?と思てたんですが…、ガラスのパーツが日の光を乱反射して、あの石の色を照らしとったんです」
「"光の魔術師"か…そうか…」
光の魔術師。つい先日発表された、例のシャンデリアのテーマである。
「2時間ほどで、シャンデリアは組み立てられました。シャンデリアは淡い青緑色をしてました。で、点灯しました。そしたら…」
「シャンデリアの色は赤色になった…そうやな?」
「ええ。もうこの時点で確証を持ちました。が僕もあんなこぶし大のようなそれ、は聞いたことがなかった。今のところ市場に出回ってるアレキサンドライト言うたら4ctが最大と聞いてます。あれはそれの、10倍はあった。価格はもう付きませんよ。5ctでも5000万や言うのに」
「で、実物を間近で見に行った、言うんやな?」
「えぇ。」
「…触れたか?」
「はい。手袋越しでしたが何とか。でもギリギリ指が触れるくらいでした。手に取るのは無理でしたよ」
若干の間が空いた。
「…本物やったんやな?」
畑野がニタァ、と笑った。
「えぇ。あの青緑色から赤色の変色性は間違いない。本物ですわ」
アレキサンドライト、という宝石は当てる光の種類によって色が変わる。日光、蛍光灯の光の下では青緑色をしているが、白熱灯の光の下では赤色となる。
また厄介なのが、アレキサンドライトには偽物が多数存在するということである。
一つが、合成アレキサンドライトという分子組成も全く天然のそれと同一の人工物である。
もしこれであったとすると厄介である。伊藤の目で見ても見分けは不可能だ。現物を顕微鏡で検査するしかない。ただしこれはそもそも合成するのに相当の技術とコストがかかる。そのため仮に合成アレキサンドライトであったとしても、0が一個落ちた程度の価値となる。つまり…
「合成でも…2000万は下らんてこと?」
「そうなるな。しかもあれだけの大きさで合成って…俺は聞いたことない。俺は正直、合成の可能性は低いと見てる。むしろ心配なんは、もう一つの偽物よ」
もう一つの偽物、とは分子組成も全く違う、しかし似たような変色性を持つ石のことである。スピネルやコランダム(どちらも天然で産出される石)にととある薬品(確か五酸化バナジウムだったように記憶している)を添加すると、アレキサンドライトと似た変色性を持つ石が出来ることがある。また、こうした石が天然に産出されることもあり、いずれも"カラーチェンジサファイア"などと呼ばれ珍重はされるもののアレキサンドライトほどの価値はない。
「具体的に値段はどんくらいになるん?」
「うーん…むずいなそれは…。天然のカラーチェンジサファイアやと、この大きさやと数百万…かな。1カラット十万ちょっとやったと思うから。人口のカラーチェンジサファイアやともっと下がるわ。ひどいと1カラット1万せえへん。」
「凄い開きやね…」
恵が目をむいた。そこまでとは思っていなかったのである。
「だから、本物かそうでないか、そこの見極めが重要やねん。」
畑野が言って、「タカちゃん、赤になったときの写真はないん?」
「あぁ、ありますよ」
伊藤はパソコンのEnterキーを押した。
画像が動き出す。どうやらムービーを停止させていたらしい。
「…」
畑野の目が食い入るように集中している。
それは、先ほどの石に白熱灯らしき光が当てられ、見事なまでに赤くなっていく様子が映し出されていた。
(ルビーほどの赤やない…がピンクでもない…!これは確かにサファイアやないわ…)
「…もしこれが本物やとすると、これはスキャンダルです。」
伊藤は目を落とし、はっきりと言った。
「クリスタルガラスの中に宝石を紛れ込ませるなんて…。世間がどう思うかは知りませんけどね。でもこの宝石を埋め込んだ人間の意図は明らかです…"クリスタルガラスなぞ、宝石にもなれないなりそこないに過ぎない" "ガラス職人共はしょせん、お飾りとなって自分の周りを取り囲んでいればいい"」
「えっ!」
雪乃がびっくりした声を上げた。「…何でタカさんがそれ知っとん?」
「?どないしたん」
恵が傍らの雪乃を見た。
「…それ、例の社長の口ぐせやで。モレロパシフィックの社長。アルフォンス・ラバーバラの。あたしら、一時社長室に盗聴器付けとったんやけど、その台詞はよう聞いたわ」
「それはどんな奴に対して言うとったんや?」
畑野が聞いた。どうやら畑野もこのことは知らなかったらしい。
「ある時は電話口やね。秘書の一人とか。あと、会議の場で堂々と言うてた時もあったかな」
「日本語で。」
「…私が英語聞き取れるとでも?」
「…そのどや顔やめぇ。」
畑野が呆れ顔になった。
「まぁ、とにかく。その台詞、数日にいっぺんは聞かされててん。不愉快なんもあったけど、なんか変な感じしたわ。だって、"ガラスなんぞなり損ない"って…あんたら、大事な商品であるクリスタルガラスも作れへんのに何言うとん?て感じやし。"職人共はしょせんお飾りに"…って、あんたらはガラスを売ってるお手伝いをしてる人たちやろ?お飾りはあんたらやろ。って感じやし」
恵がうわぁ…という顔で畑野を見た。
「…で、それ聞いた相手はそういう反応やったん」
畑野が続けて聞いた。
「笑とった(わろとった)。全くその通りですって、言うとったよ。みんな。そん時思てん。あぁこの会社おかしいんやわ、って」
「そうやな…おかしいんよこの会社は…。モレロパシフィックだけやない、職人側も、おかしい。
二つの派閥に分断されたガラス職人達。なのにみんな文句一つ言わんと押し黙って、本部の言うまま黙々と作り続けて…。パシフィックの人間は食い物、とまでは言わんけど、でもまぁ、本来あるべき職人達への尊敬の念は微塵も無い。
そしてこうなってしもたんは、数十年前あの村で起きた惨劇や。
今のモレロパシフィック社社長、アルフォンス・ラバーバラ…本名、レオン=ウラジーミロヴィチ=ズミエフスカヤの母、マリア・クリスティーヌ。そしてその父母。アルフォンスから見たら祖父母やな…これの殺害を村の人たち全員で見殺しにした。これが、そもそもの発端や。
畑野さんも知ってるやろと思うんですが、実は職人の代表だったジャメル・オーテュイユは一度日本に来てるんです」
「うん、佐藤さんから聞いた」
「実は向こう(モレロ村)でジャメルさんに直接、会ってきましてね…」
「えっ。」
「ずいぶんお歳は召してましたが。あれは貴重な機会でした…あの時の話も聞けましたよ。
あの時彼はモレロパシフィック本社へ一人で乗り込んでいった。
実はもう気づいていたんだそうです。アルフォンス・ラバーバラがレオン少年やった、っちゅうことは。写真見た瞬間、一目で、もう分かった、言うてはりました…」
「何っ…」
「うそ…」
驚く畑野と雪乃。あの時のやり取りを思い出したのか、恵は暗い顔でうつむいている。
「彼は謝りに行ったんだそうです。ただ一言、『すまんかった』と。それが言いたかったと。でも、あかんかったんやそうです」
「…あかんかった、てどういうこと?」
「土下座をするジャメルに社長はこう言い放ったそうですよ。
『謝ったところで許しはしない。母の命と祖父母の命、そして僕の逃亡にかかった14年をあなた方の血とモレロの伝統とやらで返してもらおう。覚悟しておけ』」
「…!!」「…。」
雪野の全身に鳥肌が立った。畑野は頭を片手で抱えた。
「あのシャンデリアは、レオン少年の復讐の集大成なんです。だから、わざわざ中にアレキサンドライトを仕込む、なんて芸当をしよる。自分がモレログラスの芸を踏みにじっている、という宣言がしたい。それだけのために。」
「…決まりやな。」
畑野が顔を上げた。
「えぇ。」
伊藤はにっこりと頷いた。そして続けた。
「今回のターゲットは、このシャンデリアの中に仕込まれた、アレキサンドライトとします。推定30カラット。時価にして、推定約1億円です。よろしいですね?」
「異議なし。」「了解。」「ようやくやね」
三人はめいめいの返答だ。
「ありがとうございます。この後上層部の会議にかけることになりますが…、まあ通るでしょう。
時期ですがやはり、日本での展示を狙おうと思います。具体的には、最終日。つまり、2001年1月8日、祝日です」
「結構、間があるな。」
畑野がケータイのカレンダーを見た。この時代はまだカラー液晶がなかった時代で、そこには2000年6月30日と表示されている。
「約半年、といったところなんですが…そうもいかんでしょうね。」
「?」
「実は、先ほど上層部から依頼がありまして…。4班が今動きだしたらしいんです。」
「ほう?」
「ちょっと物が物らしくて…。調べを手伝ってはくれんか、と。最低二人。出来れば四人全員て…」
「何やそら」
ちょっとそんな要請は聞いた事がない。畑野の顔が苦笑いになった。
「あっち、三人しかおらんやないですか。それで…とのことなんですけど…。」
伊藤は言って、「一旦保留にしてあるんですけど。どないします?」
「うーん…。」
畑野はあごをなでなで、「まぁ、手伝うんはやぶさかでもないけど。でもやれて三ヶ月やわな。」
「ですよね。あとは行く人…」
「それよ。俺と…あと一人はメグかユキノのどっちかやわ。タカちゃんはなるべく動かん方がええと思う。班長やからな。」
「うーん…ですか…ですよね…」
ちょっと興味があったのだろう、伊藤は少々残念そうな表情になったが、「分かりました。ではそれで、話通します。また連絡しますんで。では。」
と言った。




