第十三回 狼狩り編(第三十章~第三十一章)
※本ページには、『異世界艦隊日誌』第三十章から第三十一章までの内容および結末に関するネタバレが含まれています。
●教国と商業連盟による包囲●
第一次アルンカス王国攻防戦に勝利したフソウ連合だったが、老師の組織が進める第二段階の工作は、すでに各地で始まっていた。
ドクトルト教国は、フソウ連合を信仰に背く国家として非難し、事実上の聖戦を宣言する。
同時に、トラッヒ・アンベンダードが支配するポルメシアン商業連盟は、自国商船による国際航路の運航停止を発表した。
宗教面では教国がフソウ連合を孤立させ、経済面では商業連盟が物流を止める。
二つの動きは別々に発生したように見えたが、どちらもフソウ連合と、その友好国が築いた国際秩序を崩すためのものだった。
しかし、教国の宣言にはフソウ連合が教団関係者を虐殺したという根拠のない理由が使われており、ウェセックス王国は宣言を無視する。
フラレシア共和国とアカンスト合衆国も、表向きは中立を示しながら、教国の主張を全面的には支持しなかった。
フソウ連合も感情的な報復を避け、教国艦艇への警戒、国際海路警備機構「IMSA」による臨検、国内の過激な宗教活動への規制を検討する。
宣戦布告に近い挑発を受けながらも、相手の望む全面戦争へ直ちに飛び込まない道を選んだのである。
●商業連盟に依存しない物流網●
ポルメシアン商業連盟は、世界の海運を自分たちが支えているという自負を持っていた。
連盟商船が一斉に運航を停止すれば、食糧、燃料、工業製品、復興物資の輸送が滞り、各国は連盟へ頭を下げるしかない。
トラッヒはそう考えていた。
しかし、フソウ連合と友好国は、すでに商業連盟だけに依存しない物流網を準備していた。
各国の商会や船舶会社が協力する国際商業協同組合「ICC」が設立され、IMSAにも海上輸送を担う部門が設けられる。
リットーミン商会をはじめとする連盟外の商人もICCへ加わり、運航を停止した連盟商船の代わりに物資を運び始める。
すべての不足を直ちに補えるわけではなかったが、各国の物流が完全に停止する事態は避けられた。
商業連盟が自らの影響力を示すために航路から手を引いた結果、世界はむしろ、連盟を必要としない新しい海運体制を作り始めたのである。
自分の命令によって各国が困窮すると信じていたトラッヒは、予想以上に早く物流が回復したことを知り、激しく怒りを募らせる。
●見えない敵――潜水艦●
商業連盟は、商船の運航停止だけで世界を屈服させられないと分かると、新兵器である潜水艦を投入する。
作戦名は「封印作戦」。
最初の標的に選ばれたのは、フソウ連合と強い同盟関係を持つウェセックス王国だった。
商業連盟の潜水艦は海中へ潜み、警告を行わず王国の商船や輸送船へ魚雷を発射する。
海面上に敵艦が見当たらないまま、船が突然爆発して沈む。
潜水艦を知らない王国の船員たちにとって、それはまるで海中に潜む幽霊の攻撃だった。
商業連盟潜水艦隊を率いるカール・ガイザー・ガルディオラ提督は、第一段階の攻撃で多数の船を撃沈したと報告する。
実際には、魚雷の不発率が極めて高く、確実に撃沈できた船は十三隻程度にとどまっていた。
それでも、自軍の潜水艦を一隻も失わず王国の航路へ打撃を与えたことから、ガルディオラは潜水艦戦に大きな可能性を感じる。
一方のトラッヒは、王国へ与えた損害が期待より少ないことに腹を立て、現場へさらに大きな戦果を要求する。
潜水艦の能力や技術的な問題を分析するのではなく、自らが望んだ数字に届かないことだけを問題視したのである。
●王国へ渡された対潜戦闘の知識●
王国は、正体の見えない攻撃へ苦しめられる。
しかし、漂流者の証言、海面に現れた細い筒、魚雷らしき兵器の航跡などから、フソウ連合は攻撃の正体を潜水艦と判断する。
フソウ連合は王国へ、潜水艦と対潜戦闘に関する基本的な知識を伝える。
海面上の潜望鏡を警戒すること。
不審な物体を見つけた場合は、その周囲へ砲撃を加えること。
同じ針路と速力を維持せず、ジグザグに航行すること。
敵に狙われた場合は、高速で回避行動を取ること。
船団を密集させ過ぎず、前方へ索敵役を配置すること。
それらはフソウ海軍にとって基礎的な対潜行動だったが、潜水艦を初めて相手にする王国にとっては、船員たちの生死を分ける知識だった。
スティーグ・ラングランツ中尉が護衛する船団は、教えられた方法を実行し、潜望鏡を発見して砲撃する。
商業連盟潜水艦は攻撃を断念し、王国側は初めて、見えない敵を撃退することに成功する。
潜水艦が無敵の兵器ではなく、存在と特徴を知れば対抗できる相手であることが示されたのである。
●黒いアタッシュケース●
フソウ連合は、より詳細な潜水艦情報と対潜戦術を王国へ渡すことを決める。
ただし、その内容にはフソウ海軍自身の潜水艦運用や探知技術に関わる機密も含まれていた。
王国駐在大使の斎賀露伴は、黒いアタッシュケースに資料を収め、アーリッシュ殿下へ直接渡す。
表向きは、アッシュと婚約者エリザベートの私的な面会だった。
二人の婚約関係を利用し、王城内部にいる可能性のある間者へ、フソウ連合から軍事機密が渡ったことを悟らせないためである。
アッシュは、資料に記された潜水艦の構造、能力、弱点、探知方法を読み、見えない敵と戦うためには航空機、水中聴音機、専用護衛艦が必要だと理解する。
同時に、フソウ連合が自国の重要な軍事情報を王国へ渡したことから、両国の同盟が言葉だけではないことも認識する。
王国は、潜水艦攻撃を受けるだけの立場から、自ら対潜戦力を整える段階へ踏み出した。
●王城に潜んでいた魔術的な目●
アッシュの婚約者エリザベート・バトリア・リンカーホーク伯爵令嬢は、会談の際に運ばれてきた茶器の台車へ違和感を覚える。
彼女が身につけていた「破魔の指輪」は、魔術的な働きを持つ物へ反応するリンカーホーク家の家宝だった。
調べた結果、台車には会話を盗み聞きするための呪具が隠されていた。
茶器を運んだペンダミン自身は、金銭で利用された可能性が高く、工作の全体像を知る人物ではなかった。
エリザベートは、直ちに騒ぎを起こして黒幕へ警戒させるのではなく、呪具を逆に利用し、相手へ誤った情報を流すことを提案する。
潜水艦による海中からの攻撃だけでなく、王城の内部にも、姿の見えない敵の目が入り込んでいたのである。
また、エリザベートはアッシュとの交流を通じ、幼いころに自分が励まし、守ろうとした少年が、現在のアッシュである可能性に気づく。
政治的な都合から始まった婚約は、互いを理解し支え合う関係へ変わり始めていた。
●王国派遣艦隊の編成●
王国の対潜能力が整うまでには時間が必要だった。
そこでフソウ連合は、毛利少将を司令官とする王国派遣艦隊を編成する。
艦隊は水上機母艦瑞穂、護衛空母大鷹・雲鷹、軽巡洋艦神通・那珂、駆逐艦、海防艦、工作艦、補給艦など、二十九隻で構成された。
任務は、王国近海の潜水艦を排除するだけではない。
王国海軍へ対潜戦闘を教え、注文されていた対潜能力の高い駆逐艦六隻を引き渡し、乗組員を訓練する。
さらに、王国の巡洋艦を実験的に改修し、将来的に自国で対潜戦を行えるよう支援する。
フソウ連合が敵潜水艦をすべて倒し続けるのではなく、王国自身が自国の航路を守れる状態を作ることが、本当の目的だった。
一方、毛利艦隊の航路は意図的に広く公表される。
フソウ連合は、商業連盟が大艦隊を狙って潜水艦を集めてくると予測し、派遣艦隊そのものを囮として使用しようとしていた。
●ルイジアーナの独断出撃●
フソウ連合との戦いに敗れたサネホーンでは、次の大規模攻勢まで双方の艦隊が再編と修理を進めていた。
そのなかで、超大型戦艦ルイジアーナの付喪神は、自らフソウ連合の実力を確かめようと動き出す。
ルイジアーナは、フッテンの生前から、フソウ連合へ譲歩する方針に不満を持っていた。
強大な戦艦と多数の艦艇を持つサネホーンが、なぜフソウ連合へ頭を下げなければならないのか。
戦って勝てば、相手の方から条件を下げるはずだと考える。
フッテンがいれば独断行動を止めただろうが、その人物はすでにいない。
ルイジアーナは自らの直属艦隊を率い、フソウ連合第二艦隊へ接近する。
それは国家全体で決めた作戦ではなく、フッテンを失ったサネホーンで、個々の有力者を抑える仕組みが崩れ始めていることを示していた。
●航空隊に狙われた巨大戦艦●
的場良治少将は、ルイジアーナ艦隊の接近を確認すると、第二艦隊の第一分隊と第二分隊を使って迎撃する。
フソウ側は、巨大戦艦へ正面から砲撃戦を挑まない。
まず航空隊が、ルイジアーナの索敵・通信能力を支える装備へ攻撃を加える。
金丸一郎少尉率いる航空隊は、複数方向から同時に接近し、敵の対空砲火を分散させる。
最初に使用されたのは、艦の上空で炸裂し、多数の破片を降らせる特殊爆弾だった。
装甲そのものを貫くのではなく、電探、通信装置、測距装置、露出した人員を破壊する。
目と耳を奪われたルイジアーナへ、今度は雷撃機が接近し、複数の魚雷を命中させる。
ルイジアーナは巨大な船体と重装甲によって沈没を免れるが、戦闘継続が難しいほどの損傷を受ける。
フソウ連合は、敵の最も強い部分へ挑むのではなく、戦艦を一つの戦闘システムとして機能させる装置と人員を狙ったのである。
●敗北によって知った技術差●
ルイジアーナは、どうにかサネホーンへ帰還する。
しかし修理には最低でも半年が必要と判断され、サネホーンの技術では、損傷した装甲を元どおりに復元できない可能性もあった。
巨大な艦体と大口径砲を持っていても、それを維持し、修理できる技術がなければ、何度も戦うことはできない。
グラーフは、ルイジアーナの敗北から、フッテンがフソウ連合との交渉を急いでいた理由を理解する。
フソウ連合は、単に強力な艦を持っているのではない。
航空機、索敵、通信、特殊爆弾、魚雷、修理、補給を、一つの戦争体系として運用していた。
個々の艦の強さだけを比べれば、サネホーンにもフソウ連合を上回る戦力はある。
しかし、国家と軍全体の運用能力では、大きな差が生じていたのである。
●サネホーンの巫女●
損傷したルイジアーナが帰還した後、グラーフの前へミユキ・イナヅキと名乗る女性が現れる。
彼女は「サネホーンの巫女」と呼ばれ、故国を追われてサネホーンへ流れ着いた人物だった。
ミユキは、フソウ連合の領域を守る魔術的な結界を、一時的に無効化する術式をグラーフへ渡す。
それを使えば、サネホーン艦隊はフソウ連合の結界へ探知されず、領海内へ侵入できる可能性がある。
グラーフにとっては、戦力差を埋める切り札となり得る情報だった。
しかし、ミユキの故国、過去、誰から術式を得たのか、何を目的としてサネホーンへ協力しているのかは、この時点では明らかになっていない。
彼女もまた、表面には現れない戦いへ関わる新たな存在だった。
●甲三十二作戦●
ルイジアーナ艦隊との戦闘中、的場少将は鍋島長官へ「甲三十二作戦」の実施許可を求める。
この作戦には、敵艦隊を監視していた伊号第二十一潜水艦が関わっていた。
鍋島は、作戦条件が整ったと判断して許可を出す。
ただし、サネホーン側へフソウ連合が潜水艦を保有し、実戦運用していることを知られないよう、無理な攻撃は避けるよう命じる。
敵へ潜水艦の存在を知らせれば、次の戦いから警戒され、対策を取られる。
目の前の戦果より、相手が知らない能力を将来の切り札として残すことが優先された。
同じ潜水艦でも、商業連盟が存在を誇示して相手を恐れさせようとしたのに対し、フソウ連合は存在そのものを隠し、情報上の優位として利用していた。
●乙十二作戦●
フソウ連合は、サネホーンへ防御するだけでなく、敵の根拠地へ打撃を与える秘密作戦も準備する。
グアンバ群島周辺には、潜水艦支援艦大鯨、給油艦速吸、潜水母艦韓埼などが配置される。
作戦へ投入されたのは、航空機を搭載できる伊号第四百、第四百一、第四百二潜水艦だった。
三隻はサネホーンの警戒網を避けながら接近し、搭載航空機を発進させる。
潜水艦から飛び立った航空機は、サネホーンの基地と備蓄施設を奇襲する。
攻撃を受けた側は、フソウ連合の航空機がどこから現れたのか把握できなかった。
空母も飛行場も近くにない場所から突然攻撃され、そのまま姿を消したためである。
作戦は成功し、フソウ連合はサネホーンの本拠地近くまで、察知されずに攻撃できることを示す。
同時に、潜水空母という戦力の存在は伏せられ、攻撃方法そのものが新たな見えない脅威となった。
●毛利艦隊を狙う「海狼の狩り」●
ポルメシアン商業連盟は、王国へ向かう毛利艦隊の航路を知る。
トラッヒは、大規模なフソウ艦隊を潜水艦だけで壊滅させれば、自らの作戦能力と新兵器の力を世界へ示せると考える。
作戦名は「海狼の狩り」。
三十隻の潜水艦を北、南、東の三方向へ配置し、狭い海域へ毛利艦隊を誘い込む。
さらに西側には、獲物を後方から追い詰める二隻の「送り狼」を配置する。
正面と左右から潜水艦隊が包囲し、逃げようとした艦艇を後方の潜水艦が仕留める構想だった。
しかし、毛利艦隊の航路が公表されたこと自体が、商業連盟潜水艦を一か所へ集めるための罠だった。
フソウ連合は、王国、帝国、公国を経由する航路情報を意図的に広め、商業連盟がそこへ潜水艦隊を集中させるよう誘導していた。
狩る側だと思っていた海狼たちは、すでに別の狩人が用意した猟場へ入っていたのである。
●「狼狩り」作戦●
毛利少将は、商業連盟潜水艦隊の配置を事前に把握していた。
伊号第五十六、第五十八潜水艦による偵察と、航空機からの索敵によって、敵潜水艦のおおよその位置が確認されていたためである。
フソウ側の作戦名は「狼狩り」。
まず、瑞穂、大鷹、雲鷹から発進した航空隊が、北側と南側の潜水艦群を攻撃する。
改修された九七式艦上攻撃機には、海面上の小さな潜望鏡や浮上潜水艦を発見するための電探と、新型の対潜爆弾が搭載されていた。
海面上、または浅い深度にいた潜水艦へ、航空機が次々と爆弾を投下する。
東側の潜水艦群は、攻撃の時間差に気づいて潜航し、一部が最初の攻撃を逃れる。
これは、フソウ側の対潜航空部隊にとっても初めてに近い大規模実戦であり、計画どおりにすべての敵を仕留められない現実を示した。
それでも、航空隊は潜水艦隊の包囲陣を崩し、多数の潜水艦を海中へ追い込むことに成功する。
●海中へ追い込まれた海狼●
航空攻撃を逃れた潜水艦へ、橘型駆逐艦を中心とする第十二、第十三護衛隊が接近する。
護衛艦は水中聴音機と探信装置を使用し、海中の機関音と反響音から潜水艦の位置を探る。
発見した海域へ爆雷を投下し、潜水艦をさらに深く潜らせる。
海中へ潜れば航空機や砲撃から逃れられる。
しかし、潜航中の潜水艦は蓄電池を消耗し、艦内の空気も次第に悪化する。
爆雷の振動、金属のきしみ、浸水への恐怖、いつ発見されるか分からない緊張が、乗組員の精神を削っていく。
商業連盟の潜水艦は、これまで無防備な商船へ一方的に魚雷を放っていた。
今度は自分たちが、姿の見えない護衛艦から、どこまでも追われる立場となったのである。
●N-003の恐怖●
リットーラ・バッファ・ノルンナ大尉が指揮するN-003も、フソウ側の対潜攻撃を受ける。
ノルンナは艦内の規律を維持し、乗組員へ冷静に行動するよう命じる。
しかし、長時間の潜航と爆雷攻撃に耐えきれなくなった機関員クリストフは、海面へ逃れようとしてハッチを開けようとする。
潜航中にハッチを開けば、艦内へ海水が流れ込み、乗組員全員が死亡する。
副長たちは死にクリストフを止める。
艦は生き延びたものの、一人の乗組員の恐慌が、全員の生命を奪いかねないところまで追い込まれた。
潜水艦は、魚雷や機関だけで動く兵器ではない。
閉鎖された空間で恐怖に耐え、互いを信頼できる乗組員がそろって初めて戦える艦だった。
この戦いは、商業連盟潜水艦隊の技術的な未熟さだけでなく、乗組員の心理と訓練の不足も露わにした。
●大きな餌●
作戦開始から八時間後、毛利艦隊は十八隻の撃沈を確認し、さらに九隻を撃沈した可能性が高いと判断する。
三十隻の潜水艦隊は、すでに組織的な攻撃能力を失っていた。
しかし、撃沈を確認できていない敵も残っている。
毛利少将は、護衛艦を先行させ、主力艦隊の周囲を一時的に薄くする。
敵潜水艦から見れば、大型艦が護衛を離れた格好の標的だった。
残存潜水艦が攻撃してくれば、その位置を把握し、最後の攻撃を加える。
反応しなければ無理に探し続けず、予定どおり王国へ向かう。
毛利は潜水艦を全滅させるという戦果に固執せず、王国支援という本来の任務を優先した。
そのうえで、自分たち自身を「大きな餌」として差し出し、敵に最後の判断を迫ったのである。
●シュトランカ大尉の最期●
生き残った潜水艦のうち、四隻が毛利艦隊へ向かう。
その中心にいたのが、N-001艦長シュトランカ大尉だった。
彼は商業連盟で最も古くから潜水艦を指揮してきた人物であり、自らの経験と潜水艦の能力に強い自信を持っていた。
フソウ艦隊の護衛が薄くなったと判断し、反撃によって敗北を覆そうとする。
しかし、それも毛利艦隊が用意した罠だった。
潜水艦が浮上、または浅深度へ上がったところへ航空機が襲いかかる。
N-001は爆撃を受け、浸水と電気系統の破損によって塩素ガスが発生する。
艦内で戦い続けることは不可能となり、シュトランカは浮上して降伏することを決める。
白旗を掲げようとした乗組員もいたが、上空の航空隊からは、その意思を正確に確認できなかった。
投下された爆弾が司令塔へ直撃し、白旗を持っていた者を含む乗組員が死亡する。
降伏しようとした側と、それを知らず攻撃を続けた側。
そこに悪意はなくても、戦場では情報の遅れと一瞬の判断によって、人命が失われる。
狼狩りの勝利のなかに残された、戦争の悲劇だった。
●三十隻のうち三隻●
「海狼の狩り」作戦へ参加した三十隻の潜水艦のうち、商業連盟へ戻ることができたのは、わずか三隻だった。
しかも二隻は、修理するより新造した方が早いほど損傷していた。
毛利艦隊へ魚雷を発射することさえできず、商業連盟潜水艦隊は実質的に全滅する。
生還した艦長たちは、ガルディオラ提督へ、戦いにならず一方的に叩き伏せられたと報告する。
しかしガルディオラは、その真実をトラッヒへ提出できなかった。
トラッヒ自身が立案した作戦が失敗したと報告すれば、責任を現場へ押しつけ、潜水艦隊全体が粛清される可能性が高い。
ガルディオラは部下を守るため、毛利艦隊へ大損害を与え、作戦は成功したという虚偽の報告を作る。
不正を嫌うノルンナは反発するが、真実を報告しても、自分たちだけでなく部下や家族まで処罰される可能性を理解する。
こうして、商業連盟上層部には現実とは正反対の「大勝利」が伝えられた。
トラッヒは自分の作戦能力への自信をさらに深め、次の失敗へ向かうことになる。
●クリストフとの別れ●
N-003の帰還後、クリストフは副長から艦を降りるよう命じられる。
クリストフは、自分の失敗を取り戻す機会を求め、潜水艦へ残ることを懇願する。
副長を兄のように慕い、ともに戦い続けたいと願っていた。
しかし、副長は潜航中の恐慌が再び起これば、今度こそ全員が死ぬ可能性があると判断する。
親しいからこそ特別扱いせず、潜水艦から外す決断を下した。
ただし、それは軍からの追放ではなかった。
副長は事前にノルンナへ相談し、クリストフを潜水艦隊の特務補給艦ノルストフォロスへ転属させる手配をしていた。
潜水艦乗りとしての適性が足りなくても、機関員として努力し、艦隊へ貢献してきた事実まで否定する必要はない。
クリストフは前線の潜水艦から、仲間を補給面で支える任務へ移る。
戦えない者を切り捨てるのではなく、別の場所で能力を生かす道が選ばれたのである。
●王国での歓迎●
狼狩り作戦を終えた毛利艦隊は、ウェセックス王国のイスターニアン軍港へ到着する。
港には多くの民衆が集まり、王国とフソウ連合の旗を振って艦隊を迎える。
王国海軍の音楽隊がフソウ連合の曲「皆共に進もう」を演奏すると、民衆も歌詞を手にして歌い始める。
過去の恨みや違いがあっても、それを未来を閉ざす壁にせず、共に歩こうとする歌だった。
フソウ連合から見れば、王国はかつて警戒すべき大国だった。
王国側から見ても、フソウ連合は正体の分からない新興勢力だった。
それが今では、潜水艦から王国の航路を守り、技術と艦艇を携えて訪れる同盟国となっている。
毛利少将は民衆の歓迎へ頭を下げ、その敬意へ応える。
王国海軍軍務大臣メイソン卿も、表面上は毛利を値踏みしながら、その落ち着きと礼節を高く評価する。
●王国へ渡される新しい力●
歓迎式典の翌日、毛利少将と王国首脳部の間で、今後の軍事支援に関する会議が開かれる。
フソウ連合は、対潜戦闘の教育、実戦に近い訓練、対潜能力を持つ駆逐艦六隻の引き渡し、乗組員教育、王国巡洋艦の改修を提案する。
さらに王国側が望むなら、航空機の提供、操縦員の育成、王国独自の航空部隊設立まで支援する方針を示す。
ただし、エンジンや特殊素材など、フソウ連合の核心技術まですべて渡すわけではない。
王国が航空戦力を運用するための港、飛行場、基地運営費用を共同で負担することも条件となる。
将来的には、王国、帝国、フソウ連合、アルンカス王国を大型水上機で結ぶ航路を作り、王国内に共同運航会社を設立する構想も示される。
潜水艦への一時的な対処として始まった支援は、王国海軍の対潜化、航空化、国際交通網の整備へ発展した。
フソウ連合は敵潜水艦を狩るだけでなく、友好国が次の戦争を自力で戦える基盤を残そうとしていた。
●暴かれる潜水艦戦●
商業連盟国内では、トラッヒ政権による弾圧と恐怖政治への反発が強まり始めていた。
リネット・パンドグラ少佐は、左遷によって得た人脈を利用し、潜水艦作戦に関する情報を集める。
彼女を支援していたのは、元リットーミン商会代表のキラッシュ・リットーミンだった。
リネットは、政府批判を続ける新聞記者グレン・ランカードリッチ・リンスペンへ接触する。
グレンが所属する新聞は、政府から不満のガス抜き程度に見られていたが、その間にも独自の情報網を広げていた。
リネットは、商業連盟が潜水艦を使って王国の商船を攻撃し、事実上の戦争を始めている証拠をグレンへ渡す。
約一か月後、その事実は大きな記事として公表される。
商業連盟の新兵器と、王国への秘密攻撃を報じた新聞は大量に売れ、潜水艦戦の存在が国民へ知られることとなった。
トラッヒは新聞社の取り締まりを命じるが、グレンたちは家族とともにすでに姿を消していた。
政府が秘密にしていた見えない戦争は、国内の反対者によって表へ引きずり出されたのである。
●戦いの後に残ったもの●
狼狩り作戦によって、王国周辺で活動していた商業連盟潜水艦は大きく減少する。
王国へ到着した毛利艦隊は、対潜訓練と駆逐艦の引き渡しを進め、敵潜水艦による被害もほとんど発生しなくなった。
鍋島長官は作戦成功を喜ぶ一方、一隻も潜水艦を鹵獲できなかったことを残念に思う。
敵潜水艦を手に入れれば、商業連盟が攻撃の背後にいる決定的証拠になるからである。
しかし新見中将から、目的は十分に達成されており、欲を出し過ぎれば足元をすくわれると忠告される。
鍋島はそれを受け入れ、王国の対潜能力育成と、長期的な物流網の維持を優先する。
また、サネホーン内部の講和派との接触も進み、リンダ以外にもフソウ連合へ情報を提供する者が現れ始める。
海上では大きな戦闘が一時的に落ち着いたが、見えない場所での情報戦と内部分裂は、むしろ広がっていた。
●大陸で始まる次の戦争●
フソウ連合が王国と商業連盟の問題へ対応している間に、旧ソルシャーム社会主義共和国連邦領では、新たな戦争が始まる。
シルーア帝国軍とショウメリア公国軍が、大陸中央部で衝突する。
帝国側では、かつて連邦軍を率いていたリリカンベント中将が部隊を任されていた。
元連邦軍人である彼は、旧連邦軍の陣地、補給路、弱点を理解しており、帝国軍を予想以上の速度で進撃させる。
ヤロスラーフの身体へ宿るグリゴリーは、帝国と公国を競わせ、より優れた側に新しい国家を率いさせようと考えていた。
一方で、老師の組織が教国、サネホーン、商業連盟へ影響力を広げ過ぎることも警戒し、反対勢力へ情報を流すことを命じる。
フソウ連合と老師の組織だけでなく、グリゴリーもまた、各国の対立と人材を利用して、自らが理想とする秩序を作ろうとしていた。
狼狩りによって一つの海上危機は抑えられた。
だが世界は、複数の策謀者と国家が、それぞれ別の未来を求めて争う段階へ入っていた。
●この編で起こった変化●
ポルメシアン商業連盟は、商船運航停止と潜水艦攻撃によって世界の海運を支配しようとした。
しかし、ICCとIMSA海上輸送部門の設立によって、各国は連盟に依存しない物流体制を作り始める。
商業連盟の潜水艦は、当初、正体の見えない脅威として王国の航路へ損害を与えた。
だが、フソウ連合から伝えられた知識と毛利艦隊の「狼狩り」により、三十隻の作戦参加艦は事実上壊滅した。
ウェセックス王国は、対潜戦闘の教育、専用駆逐艦、航空機、飛行場を得て、自国の航路を自力で守る準備を始めた。
アッシュとエリザベートは、王国の政治・軍事・諜報をともに支える関係へ近づいた。
サネホーンでは、ルイジアーナの独断出撃が失敗し、航空戦力、索敵、修理技術でフソウ連合に後れを取っていることが明らかになった。
同時に、ミユキ・イナヅキが結界を無効化する術を持ち込み、次の侵攻につながる新たな火種が生まれた。
フソウ連合は、潜水艦を秘密裏に運用し、伊四百型による奇襲まで成功させることで、自らも見えない戦いを行えることを示した。
商業連盟国内では、リネット、キラッシュ、グレンらが、潜水艦戦の真実を国民へ暴露する。
トラッヒの独裁に従う軍人や商人だけでなく、国家を内部から変えようとする反対勢力が形を持ち始めた。
●次の物語へ●
「狼狩り」によって商業連盟潜水艦隊は大損害を受け、王国周辺の航路は一時的に安定した。
しかし、トラッヒは作戦が失敗したことを知らない。
虚偽の報告によって、自分の考えが正しかったと信じ、さらに大きな軍事行動へ進もうとしている。
商業連盟国内では、潜水艦戦の事実が国民へ知られ、反対勢力と親衛隊の対立が激しくなる可能性が高まった。
サネホーンでは、ルイジアーナが修理へ入り、フソウ連合への次の攻撃手段として、結界を無効化する魔術が用意されている。
一方、サネホーン内部の講和派とフソウ連合の接触も進み始めた。
ウェセックス王国は航空部隊と対潜艦隊の創設へ向かい、フソウ連合との軍事同盟は、艦艇供与から技術・教育・基地の共有へ発展する。
そして大陸では、シルーア帝国とショウメリア公国による戦争が始まった。
海中の狼を狩る戦いは終わった。
しかし、国家の内部、魔術の陰、情報の裏側には、まだ多くの見えない敵が潜んでいた。




