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異世界艦隊日誌 航跡録―これまでのあらすじ―  作者: アシッド・レイン(酸性雨)


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第十一回 キナリア列島攻防編 (第二十五章~第二十七章)

※本ページには、『異世界艦隊日誌』第二十五章から第二十七章までの内容および結末に関するネタバレが含まれています。


●世界各地に生まれる「火種」●

ルル・イファン人民共和国の独立と、国際自由貿易協定機構「IFTA」の設立によって、世界の既存秩序は大きく揺らぎ始めていた。

フソウ連合を中心とする新たな国際協力の枠組みは、食料や物資の流通を安定させる一方で、植民地支配、独占交易、宗教的権威、軍事的優位によって利益を得てきた勢力を追い詰めていく。

しかし、従来の体制が崩れ始めたからといって、世界が直ちに平和になるわけではなかった。

変化を受け入れようとする者、失った権力を取り戻そうとする者、新しい仕組みを利用しようとする者、それ自体を破壊しようとする者が、それぞれ別の場所で動き始める。

アカンスト合衆国、海賊国家サネホーン、ポルメシアン商業連盟、ウェセックス王国、ソルシャーム社会主義共和国連邦。

各国で生まれた小さな亀裂は、やがてキナリア列島での大規模な戦いと、連邦崩壊へつながっていく。

一方、鍋島貞道が元いた世界でも、南シナ海をめぐる国家間の緊張が高まりつつあった。模型の輸入や日常生活への影響を心配する星野家の会話は、戦争が異世界だけの出来事ではなく、どの世界にも起こり得ることを示していた。


●サネホーン内部へ入り込む宗教●

海賊国家サネホーンでは、フソウ連合との国交交渉が進められていた。

海賊集団として生まれたサネホーンが正式な国家として認められるためには、海賊行為の制限、軍の統制、国際法に沿った行動など、これまでとは異なる規律を受け入れなければならない。

しかし、その変化に対する不満を利用しようとする者もいた。

サネホーン海軍の提督であるパンピラッドム・リッキント・キュラックス少将は、熱心なドクトルト教徒だった。

本人は善意から部下へ信仰を勧めているつもりだったが、上官からの勧誘は、部下にとっては断りにくい命令と変わらない。

苦情を受けたフッテンは、信仰そのものは否定せず、軍務中の布教と部下への勧誘をやめるよう命じる。

ところが、キュラックスの副司令であり、ドクトルト教の司祭でもあるムルハンム・レンカーザ大佐は、これを宗教への弾圧だと解釈させた。

彼はキュラックスに対し、フッテンたちは信仰を妨げる「人ではない存在」であり、排除するためのきっかけが必要だと吹き込む。

フソウ連合との交渉を進めるサネホーンの内部に、宗教を利用した対立の火種が埋め込まれたのである。


●アカンスト合衆国のクーデター未遂●

フソウ連合から帰国したアーサー・E・アンブレラは、発展と活気に満ちたフソウ連合と比較し、アカンスト合衆国が停滞しつつあることを実感する。

合衆国内では、フソウ連合との協力を進めようとするフォックス大統領たちに対し、反フソウ連合派の政治家や軍人が抵抗を続けていた。

アルフォード・フォックス大統領は、国務長官マルキッド・エルドンフォントに命じ、反政府的な動きを進めていた政治家と軍関係者の一斉拘束に踏み切る。

作戦の多くは成功したが、反フソウ連合派の中心人物だった第十三艦隊司令官テストラ・リッチン・ハンバード大将は、配下の一部とともに国外へ逃走する。

ハンバードは、敗者や亡命者を受け入れてきたサネホーンならば、自分たちを保護してくれると考えた。

しかし、正式な国家としての立場を得ようとしていたサネホーンにとって、他国の反政府艦隊を受け入れることは、合衆国やフソウ連合との関係を破壊しかねない選択だった。

フッテンは、亡命者を保護してきたサネホーンの伝統よりも、国家全体の将来を優先する。

フンドント諸島へ誘導されたハンバード艦隊は、フッテン率いる大艦隊によって包囲され、反撃する機会も与えられないまま殲滅された。

この決断によってサネホーンは、合衆国の反政府勢力に協力しない姿勢を示した。

同時に、それは海賊国家が、生き残るために過去の習慣を切り捨て始めたことも意味していた。


●植民地政策を見直す王国●

ウェセックス王国でも、ルル・イファン革命の影響を受け、植民地政策の見直しが始まっていた。

共和国や商業連盟の植民地で独立運動が広がれば、王国の植民地も無関係ではいられない。

アーリッシュ殿下は、植民地住民を抑圧することで支配を維持するのではなく、住民の生活を改善し、王国に属することの利益を示す必要があると考える。

しかし、制度改革、物資支援、行政組織の再編には多くの時間と資金が必要だった。

植民地を搾取する体制をやめれば、王国本国の利益も減少する。

それでも改革を行わなければ、いずれ王国もルル・イファンと同じ独立運動に直面する。

王国は、従来の植民地支配を守るか、新しい関係を築くかという選択を迫られ始めていた。


●ポルメシアン商業連盟で進む政変の準備●

ポルメシアン商業連盟では、ルル・イファンの独立、食料投機の失敗、植民地での反乱によって、十二人会議を中心とする政治体制への不満が高まっていた。

老商人アントハトナ・ランセルバーグは、無責任な大商人たちへ連盟の改革を任せることはできないと判断する。

彼は、商人だけが権力を独占する政治体制を壊し、新しい連盟を作ろうとしていた。

しかし、病気と老いによる焦りから、アントハトナは短期間で体制を変えられる方法を求めるようになる。

その結果、彼はムンダスト・リンクルベリーを通じて、トラッヒ・アンベンダード率いる「赤シャツ団」を支援する。

アントハトナは、腐敗した大商人を排除した後、より優れた人物へ国家運営を引き継がせるつもりだった。

だが、彼が選んだ赤シャツ団は、改革を実現するための道具ではなく、暴力によって権力を奪い取ろうとする集団だった。

連盟を救おうとしたアントハトナの計画は、本人の知らないところで、流血の政変へ変質し始めていた。


●ルル・イファンからの加盟要請●

ポルメシアン商業連盟の封鎖を受けていたルル・イファン人民共和国は、軍事的には独立を守っていたものの、国家としての存続基盤を得られずにいた。

国際的な承認がないため、正式な交易や外交関係を築くことが難しく、封鎖が続けば物資不足によって国家が内側から弱体化する危険があった。

ルル・イファンは、この状態を打開するため、IMSAとIFTAへの加盟を求める使節団をアルンカス王国へ派遣する。

使節団は、ルル・イファンが加盟することで得られる利益を並べたが、自国が置かれている危機については十分に説明しなかった。

鍋島長官は、相手にとって都合のよい話しか出てこないことに違和感を抱き、加盟によって生じる危険と、ルル・イファン側の本当の目的を明らかにするよう求める。

追及を受けた使節団は、連盟の封鎖によって追い詰められている現状と、国際機構への加盟を国家承認の足掛かりにしたいという本音を打ち明ける。

鍋島長官も、ルル・イファンを無条件で保護するのではなく、査察と調査を行ったうえで加盟を判断する方針を示す。

両者が利点だけでなく、危険と責任も共有することで、国家間の信頼が築かれていった。


●仮加盟という外交上の防壁●

十二月二十七日、IMSAとIFTAは、ルル・イファン人民共和国を仮加盟国として扱い、正式加盟に向けた査察を開始すると発表する。

これは単なる事務手続きではなかった。

国際機構がルル・イファン政府を交渉相手として認めたことで、同国は事実上、一つの国家として扱われることになる。

ポルメシアン商業連盟は激しく抗議するが、現在ルル・イファンを統治しているのが人民共和国政府であり、連盟が現地を掌握できていないという現実を否定できなかった。

さらに、真田平八郎少将率いるフソウ連合外洋艦隊が、査察と調査を名目にルル・イファンへ向かう。

連盟の封鎖艦隊は、真田艦隊へ停船と臨検を要求する。

しかし、真田少将は現在地をルル・イファン人民共和国の領海であると宣言し、連盟側にこそ退去を求めた。

連盟艦隊が攻撃すれば、フソウ連合だけでなく、IMSAとIFTAの加盟国を敵に回す可能性がある。

そのため連盟側は手を出せず、外洋艦隊は封鎖線を突破してルル・イファンへ入港する。

砲撃を行わず、艦隊の存在と国際機構の名義だけで封鎖を無力化したこの行動は、フソウ連合が軍事力を外交上の抑止力として使用した事例となった。

プリチャフルニアの失脚

ルル・イファンがIMSAとIFTAの仮加盟国となったことは、ソルシャーム社会主義共和国連邦にも衝撃を与えた。

連邦指導部は、ルル・イファンを支援するフソウ連合の行動を、社会主義国家への敵対行為として利用する。

国家保安局長ティムール・フェーリクソヴィチ・フリストフォールシュカは、この問題を利用して政敵プリチャフルニアを失脚させた。

プリチャフルニアは、国民を消耗品として扱う総動員政策に反対し、すでにイヴァンとの関係を悪化させていた。

フリストフォールシュカは、彼を排除することで連邦の実権をさらに強め、反対派の粛清を進める。

プリチャフルニアの部下や同志たちは、逮捕や処刑を恐れて次々と職を辞し、首都を離れた。

これにより連邦は、国家運営や軍事に必要な経験を持つ人材を、自らの手で失っていく。

一方、フリストフォールシュカは、国内の不満を外へ向けるため、フソウ連合への大規模な軍事攻撃を提案する。

連邦の問題を改革によって解決するのではなく、外敵との戦争によって覆い隠そうとしたのである。


●「ケルパニック」作戦●

連邦は、百隻を超える艦隊をキナリア列島へ派遣し、フソウ連合の基地と港を破壊する作戦を開始する。

作戦名は、連邦の神話に登場する英雄から取られた「ケルパニック」。

指揮官には、元帝国海軍少将のロジオン・ヤーシャ・ミドルラスが任命され、連邦海軍司令長官と海軍大将の地位を与えられた。

ミドルラスは、かつて帝国で十分に評価されなかったという不満を抱いており、今回の作戦を自分の名声を高める機会と考えていた。

連邦艦隊は、武装商船、旧式戦艦、巡洋艦、補給艦などを四つの集団に分けて進撃する。

しかし、艦艇ごとの速力や性能が大きく異なり、艦隊は予定より遅れていた。

さらに、乗組員の多くは十分な訓練を受けておらず、艦艇同士の連携も不十分だった。

それでもミドルラスは、艦艇数の多さだけを見て勝利を確信していた。

だが連邦艦隊は、出港直後からフソウ連合の潜水艦に監視されていた。

キナリア列島へ近づくころには、水上機による空からの監視も加わり、艦隊の位置、陣形、速力、編成はすべてフソウ連合側に知られていた。


●キナリア列島の防衛計画●

フソウ連合では、鍋島長官が不在だったため、新見正人中将を中心に対応が進められた。

艦隊の総指揮を任されたのは山本平八大将だった。

山本大将は、連邦艦隊を一つの大艦隊として相手にするのではなく、相手の速力差と指揮系統の弱さを利用して、各集団を分断する作戦を立てる。

第一から第四までの水雷戦隊を囮として前方へ進出させ、連邦艦隊の先頭部隊を誘導する。

敵が追撃に移って本隊から離れたところで、水雷戦隊が反転し、戦艦部隊とともに包囲攻撃を行う。

後方の補給艦隊には、航空母艦蒼龍・飛龍を中心とする第二航空戦隊が攻撃を行う。

山本大将は今回の戦いを、単なる防衛戦とは考えていなかった。

将来のフソウ連合海軍を支える若い指揮官たちに、実戦経験を積ませる機会としても利用する。

天野寿一中尉、栗林隆三中尉、豊島残一中尉らは、当初、連邦艦隊を簡単に倒せると考えていた。

しかし、新田流大尉と鬼龍院正嗣大尉から、敵も人を殺せる武器を持っている以上、油断と慢心は許されないと指摘される。

若い指揮官たちは反発せず、自分たちの軽率さを認めた。

山本大将は、その姿に次代の海軍を担う者たちの成長を感じる。


●分断される連邦艦隊●

一月二十九日、連邦艦隊はキナリア列島海域へ進入する。

先頭を進む連邦艦隊第一群は、少数のフソウ連合艦艇を発見し、逃走していると判断して追撃を開始した。

それは山本大将の計画どおりだった。

速度の速い第一群が本隊から離れると、逃げていた水雷戦隊は反転する。

左右と正面から砲撃と雷撃を受けた第一群は、数の優位を生かすこともできず、急速に混乱していった。

続く第二群や第三群も、それぞれ別の方向から攻撃される。

連邦艦隊は、四つに分けた部隊を連携させて敵を包囲するつもりだったが、実際にはその分割が、フソウ連合に各個撃破の機会を与えた。

連邦側には全体の戦況を把握する偵察能力も、各艦隊へ命令を届ける通信能力も不足していた。

一方、フソウ連合側は、潜水艦、水上機、空母機を通じて戦場全体の情報を共有していた。

艦艇数では連邦が上回っていても、戦場で実際に有効な戦力として動ける艦艇数では、フソウ連合が圧倒していたのである。


●空から断たれた補給線●

鬼龍院大尉が率いる第二航空戦隊は、連邦艦隊の後方にいた補給艦艇群を攻撃する。

蒼龍から発進した艦上攻撃機と爆撃機を率いたのは、金丸一郎少尉だった。

補給艦隊の乗組員は戦闘経験が乏しく、対空砲火も統一されていなかった。

航空隊は輸送船、給油艦、修理艦などを次々と攻撃し、連邦艦隊が戦闘を継続するために必要な物資を破壊していく。

前方で戦っている艦艇が残っていても、燃料、弾薬、食料、修理設備を失えば、長期間行動することはできない。

フソウ連合は、敵の戦闘艦をすべて沈めることより、艦隊を一つの軍事組織として機能できなくすることを優先したのである。

また、サネホーンの情報収集艦ムンスタードンも、偵察機を使って海戦を観察していた。

サネホーンは、フソウ連合と友好関係を築こうとする一方、その戦力と戦術を独自に調査していた。


●ミドルラスの崩壊●

戦況が悪化しても、ミドルラスは自分の作戦が失敗したことを認めようとしなかった。

部下から、艦隊を集結させて撤退するよう進言されても、それを敗北を認める行為として拒絶する。

彼にとって重要だったのは、兵士や艦艇を守ることではなく、自分が敗北者として扱われないことだった。

その間にも各艦隊は分断され、指揮系統を失い、次々と撃破されていく。

連邦艦隊の一部には、最後まで隊形を維持して抵抗した部隊もあった。

しかし、艦艇の性能、乗組員の練度、索敵能力、通信能力、航空支援のすべてで差があり、戦局を覆すことはできなかった。

連邦艦隊は壊滅的な損害を受け、フソウ連合への大規模攻勢は失敗する。

キナリア列島攻防戦は、フソウ連合と連邦による最初の直接海戦であると同時に、連邦海軍が大規模艦隊として戦った最後の海戦となった。


●勝敗を分けたもの●

フソウ連合が勝利した理由は、単純な兵器性能の差だけではなかった。

潜水艦と航空機による継続的な監視、艦隊間の情報共有、敵の速力差を利用した分断、補給艦隊への航空攻撃、指揮官の判断、乗組員の訓練が一つの作戦として組み合わされていた。

一方の連邦は、数だけをそろえた艦艇を、政治的な都合によって前線へ送り出していた。

指揮官は名誉を優先し、現場の進言を無視する。

敗北を予測しても、責任を恐れる者は事実を報告しない。

艦艇数では連邦が上回っていたが、それらを支える人材、補給、通信、信頼が失われていた。

この海戦は、兵器の数ではなく、それを運用する国家と組織の差によって決着した戦いだった。


●ポルメシアン商業連盟の「血の惨劇」●

キナリア列島で海戦が始まったころ、ポルメシアン商業連盟では赤シャツ団が行動を開始する。

十二人会議が開かれていた商業組合本部へ武装した団員が乱入し、団長トラッヒ・アンベンダードは大商人たちへ国家を統治する権利の譲渡を要求する。

反対した者はその場で射殺され、残る出席者も処分された。

同時に、首都リスドランの政府施設、商会本部、通信施設なども赤シャツ団に占拠される。

商人たちから軽視され続けてきた連盟軍は、赤シャツ団を鎮圧しようとせず、情勢を静観した。

国民も従来の商人政治には不満を持っていたが、暴力的な赤シャツ団を積極的に支持していたわけではなかった。

それでも、反対する者が組織的に動けないうちに、赤シャツ団は国家の実権を握る。

アントハトナは、腐敗した大商人を排除することには成功したと考えた。

しかし、赤シャツ団は反対派の逮捕と処刑を始め、後に「ポルメシアン親衛隊」と名を変える。

改革のために用意された政変は、恐怖によって国民を支配する体制へ変わっていった。


●慎重さを学んだリネット●

かつて感情のままに艦隊を動かし、雑草号の追跡に失敗したリネット・パンドグラ少佐は、後方勤務へ転属させられていた。

以前の彼ならば、赤シャツ団の政変を知れば、直ちに部下を率いて反抗したかもしれない。

しかし、過去の失敗と友人の死によって、単独で行動しても状況を変えられないことを学んでいた。

リネットは表立った抵抗を避け、情報収集を優先する。

さらに、後方勤務で築いた人脈を使い、赤シャツ団に不満を持つ軍人や関係者へ密かに接触した。

反対派が次々と逮捕されるなか、リネットと彼の同志たちは粛清を免れる。

かつての無謀さは慎重さへ変わり、彼は一人で突進する軍人から、仲間と組織を作る人物へ成長し始めていた。


●敗北を隠す連邦指導部●

キナリア列島での敗北は、連邦の首都へ伝えられた。

しかし、フリストフォールシュカは、自分が推進した作戦の失敗を隠すため、報告を握り潰す。

帰還者や真実を知る者も監視され、正確な情報はイヴァンのもとへ届かなかった。

連邦上層部は、キナリア列島での戦いが続いているか、少なくとも致命的な敗北ではないかのように装う。

その間に、ショウメリア公国と聖シルーア・フセヴォロドヴィチ帝国は動き始めていた。

両国は、連邦海軍の主力が失われ、本国の防衛力が低下していることを把握していた。

キナリア列島攻防戦の敗北は、海上での一度の敗北では終わらず、連邦全土を守っていた軍事的な均衡を崩したのである。


●公国の攻勢と連邦前線部隊●

ショウメリア公国は、連邦軍を軍港フルターキーナへ集めるため、意図的に偽の情報を流す。

連邦側は、公国艦隊が正面から港へ接近すると考え、水雷艇や小型艦艇を待ち伏せさせた。

しかし、公国側は潜伏場所を事前に把握しており、遠距離砲撃とフソウ連合製駆逐艦によって水雷艇を一方的に撃破する。

連邦中央の指導力が崩れても、すべての連邦軍人が無能になったわけではなかった。

前線を指揮するリリカンベント中将とパーヴロヴナ大尉は、補給の途絶と戦力不足を理解し、無意味な玉砕を避けるため、部隊を計画的に後退させる。

彼らは、放棄した陣地へ罠を仕掛け、功績を焦った公国軍の一部を誘い込んで大きな損害を与える。

戦術上は連邦側の勝利だった。

しかし、その勝利は戦局全体を変えるものではなく、中央政府に利用されれば、さらなる無謀な戦闘を命じられる危険があった。

現場の軍人が冷静な判断を見せるほど、首都の政治指導部との断絶が明確になっていった。


●経済と宗教を握る「老師」●

世界各地の政変の背後では、「老師」と呼ばれる人物が動いていた。

老師は、アカンスト合衆国での反フソウ連合派の失敗を確認する一方、教国とポルメシアン商業連盟では計画が順調に進んでいると判断する。

教国では反対派が抑え込まれ、老師側の勢力が実権を握りつつあった。

ポルメシアン商業連盟では、アントハトナの老いと焦りを利用し、赤シャツ団による政変を引き起こしていた。

老師は、これによって宗教と経済を押さえたと語る。

残るのは武力だった。

そのため、以前より強力な戦力を呼び出す召喚の儀式が進められていた。

さらに、老師の部下となった魔術師ピエール・パシェッタは、合衆国の秘密結社を監視する任務を与えられる。

老師の目的は、単に一つの国家を支配することではなかった。

教国、連盟、秘密結社、宗教組織、召喚戦力を利用し、最終的にフソウ連合を沈めることが目標だと明らかになる。

各国で偶然発生しているように見えた混乱の一部は、一つの大きな計画によって結ばれていたのである。


●グリゴリーが死後に残した反攻計画●

旧聖シルーア・フセヴォロドヴィチ帝国では、故グリゴリー・エフィモヴィチ・ラチスールプ公爵が残した反攻計画が動き始める。

グリゴリーの執事ヤロスラーフ・ベントン・ランハンドーフは、禁じられた術を使い、グリゴリーの霊体を現世へとどめていた。

ヤロスラーフは、グリゴリーの霊を伴ってフソウ連合を訪れ、鍋島長官へ協力を求める。

帝国側の要求は、旧帝国東方艦隊の拠点だったジュンリョー港沖の機雷を除去することだった。

ジュンリョー港が使用可能になれば、帝国艦隊は連邦の東側から侵攻できる。

その見返りとして、帝国はジュンリョー港の一部をIMSAへ提供し、正式にIMSAへ加盟することを約束する。

鍋島長官は、禁呪を用いたことに対する三島晴海の反発を理解しながらも、国家と国際機構にとっての利益を優先し、提案を受け入れる。

フソウ連合は「第三十二号機雷除去作戦」を実施し、水上機母艦日進と駆逐艦若竹・呉竹をジュンリョー港沖へ派遣する。

これにより、帝国が連邦東部へ侵攻するための海路が開かれた。


●プリチャフルニアの決断●

失脚後のプリチャフルニアのもとへ、ヤロスラーフから一通の手紙が届く。

そこには、連邦の現在の体制を終わらせるため、帝国へ協力する計画が記されていた。

プリチャフルニアは、かつてイヴァンの右腕として連邦を支えた人物だった。

しかし、国民を犠牲にし、真実を隠し、反対意見を粛清する現在の体制を、もはや守ることはできないと判断する。

彼はかつての部下、友人、同志へ呼びかけ、連邦東部で行動を開始する。

ジュンリョー港はプリチャフルニア派によって制圧され、帝国艦隊はほとんど抵抗を受けることなく入港した。

帝国とショウメリア公国の双方から侵攻を受けた連邦には、東西二方向から楔が打ち込まれる。

プリチャフルニアの行動は、外国への単純な寝返りではなかった。

彼にとっては、連邦という国家を守るために、連邦を支配する現在の体制を終わらせる決断だった。


●真実を知ったイヴァン●

首都へ届く報告は、フリストフォールシュカをはじめとする側近たちによって改変されていた。

イヴァンは、連邦軍が依然として善戦し、敵を誘い込む作戦を進めていると信じていた。

しかし、長年彼を支えてきた愛人ラサが、プリチャフルニアの人脈を通じて得た真実を伝える。

キナリア列島の艦隊は壊滅し、東部ではプリチャフルニア派が蜂起し、公国軍と帝国軍が連邦領内へ進出している。

信頼していた側近たちは嘘をつき、友人だったプリチャフルニアも自分のもとを去っていた。

当初、イヴァンは激しい怒りと虚無に襲われる。

しかし、自暴自棄になるのではなく、残されたものを使って最後まで国家を立て直すことを決意する。

彼は軍の指揮官たちへ、これまでの罪を追及しない代わりに、正確な情報と現実的な防衛計画を提出するよう命じる。

さらに国力を調査した結果、連邦の経済力、工業力、物流、兵力は、全盛期の三割程度まで低下していることが明らかになる。

イヴァンは初めて、側近の報告ではなく、国家の現実を直視し始めた。

だが、その変化はあまりにも遅かった。


●イヴァンの死と連邦崩壊●

イヴァンが現実的な国家再建へ動き始めたことは、フリストフォールシュカにとって脅威となった。

作戦失敗や虚偽報告が明らかになれば、自分が処罰される可能性が高い。

フリストフォールシュカは、イヴァンが国家を立て直す前に彼を暗殺する。

イヴァンの死は事故として処理され、フリストフォールシュカが後継者となった。

しかし、連邦の上層部には、崩壊寸前の国家を救おうとする人物がほとんど残っていなかった。

政治家や高官たちは、自分の財産と地位を守ることだけを考え、連邦の現状を他人事のように扱っていた。

前線のリリカンベント中将たちには、敵の背後を攻撃し、死ぬまで戦えという命令が届く。

彼らは、この命令に従えば全滅するだけだと判断し、帝国への降伏を決める。

パーヴロヴナ大尉が交渉役に選ばれ、前線部隊は帝国領へ移動して武装解除される。

残された地域でも、兵士と住民が帝国軍や公国軍へ次々と投降した。

その数があまりに多かったため、帝国と公国は捕虜や避難民へ食料と施設を用意する必要に迫られ、進撃を一時停止する。

連邦は形式上まだ存在していた。

しかし、軍隊は戦う意思を失い、地方は中央政府の命令に従わず、国民は敵国への投降を選び、政治指導部は現実を理解していない。

国家を支える軍事、経済、行政、国民の信頼が失われたことで、ソルシャーム社会主義共和国連邦は事実上の崩壊過程へ入ったのである。


●この編で起こった変化●

フソウ連合は、ルル・イファンを仮加盟国として国際社会へ組み込み、軍事力を実際に使用せずに連盟の封鎖を突破した。

キナリア列島攻防戦では、潜水艦、航空隊、水雷戦隊、戦艦部隊を連動させ、連邦艦隊を各個撃破した。

また、戦闘を通じて次世代の指揮官が実戦経験を積み、フソウ連合海軍の人的な基盤も強化された。

ソルシャーム社会主義共和国連邦は、海軍主力を失っただけでなく、プリチャフルニアの離反、帝国と公国の侵攻、前線部隊の降伏、イヴァンの暗殺によって、国家としての統制を失った。

シルーア帝国は、グリゴリーの遺した計画とフソウ連合の協力によって、初めて連邦へ大規模な反撃を開始した。

ショウメリア公国は、フソウ連合製の兵器と情報戦を利用し、連邦領内への進出を進めた。

ポルメシアン商業連盟では、腐敗した商人政治を倒すための改革が、赤シャツ団による流血の独裁へ変質した。

リネット・パンドグラは、無謀に行動する軍人から、情報と仲間を集めて機会を待つ人物へ成長した。

サネホーンは、ハンバード艦隊を殲滅することで国際社会へ協調姿勢を示した一方、内部ではドクトルト教による対立が進んでいた。

そして老師は、教国と連盟を利用し、召喚戦力を準備しながら、フソウ連合を標的とする大規模な計画を進めていた。


●次の物語へ●

キナリア列島での勝利によって、フソウ連合に対する連邦の軍事的脅威は大きく低下した。

しかし、連邦の崩壊によって生まれた広大な空白地帯を、誰がどのように統治するのかという新たな問題が生まれる。

帝国とショウメリア公国は、共通の敵だった連邦を失えば、互いの領土と正統性をめぐって対立する可能性がある。

ポルメシアン商業連盟では、赤シャツ団による恐怖政治が始まり、その裏では老師の勢力が影響力を広げている。

サネホーンでは、フソウ連合との国交樹立が近づく一方、宗教的な分断が軍内部へ入り込んでいる。

フソウ連合は一つの戦争に勝利した。

だが、その勝利によって古い秩序が崩れた結果、世界にはさらに多くの火種が残されたのである。

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