第一回 始動編(序章~第三章)
※本ページには、『異世界艦隊日誌』序章から第三章までの内容および結末に関するネタバレが含まれています。
●すべての始まり●
仕事を辞め、父親から相続した不動産の収入で生活しながら、趣味の模型製作を楽しんでいた鍋島貞道。
彼は五年もの歳月をかけ、二十五畳にも及ぶ巨大な軍港ジオラマを作り上げた。
そこには島や軍港、工場、飛行場、砲台などの施設だけでなく、鍋島が製作した多数の艦船模型が配置されていた。
ようやく一つの区切りを迎え、これからは時間を気にせず、好きな模型を作って暮らしていける。
そう考えながら眠りについた鍋島だったが、翌朝、彼の家には見知らぬ女性たちが現れていた。
彼女たちの名は、東郷夏美と三島晴海。
二人によれば、鍋島の家は魔法の存在する異世界とつながり、彼が作った巨大なジオラマは、異世界に存在する島と同化したのだという。
模型として置かれていた艦船や航空機、軍港施設は実物となり、島には鍋島が模型に与えた設定を基にした人々や組織、歴史までもが生み出されていた。
鍋島は戸惑いながらも、東郷たちに案内され、自分の作った世界が現実になったことを知る。
しかし、その世界は決して平穏な場所ではなかった。
●フソウ連合と外の世界●
鍋島のジオラマと同化したマシガナ地区は、複数の地区によって構成される島国、フソウ連合の一部だった。
フソウ連合は長い間、周囲に発生する強力な嵐の結界によって、外の世界から隔絶されていた。
そのため外国との交流はほとんどなく、技術や軍事力の発展も遅れていた。
ところが近年、外国の軍艦が嵐の結界を突破し、フソウ連合の沿岸部へ侵入するようになる。
さらに有力国の一つであるウェセックス王国は、フソウ連合に服従を要求。これを拒絶すれば、艦隊を送り込み武力で屈服させると通告してきた。
従来のフソウ連合が持つ軍事力では、外国艦隊に対抗することは難しい。
そこで三島晴海たちは、異世界とつながった鍋島のジオラマを利用し、そこに置かれていた艦船や軍事施設を実体化させたのである。
事情を知った鍋島は、マシガナ地区の代理責任者となり、実体化した艦隊を率いる長官として、フソウ連合を守る立場に置かれる。
もともと鍋島は軍人でも政治家でもない。
自分が人の上に立つような人間だとは思っておらず、突然与えられた立場に戸惑い続ける。
それでも、東郷夏美、三島晴海、山本平八、新見正人らの助けを借りながら、鍋島は自分にできることを模索していく。
●ガサ沖海戦●
やがて、ウェセックス王国の艦隊がガサ地区へ接近する。
その艦隊には、王国の第六王子アーリッシュ・サウス・ゴバーク――通称アッシュも、名目上の総司令官として乗せられていた。
しかし、アッシュには艦隊を指揮する権限が与えられていなかった。
王位継承争いから遠ざけられてきた彼は、遠征が失敗した場合に責任を負わせるための、捨て駒として送り出されていたのである。
王国艦隊の目的は、フソウ連合を服従させ、その土地と人々を支配することだった。
交渉を行う意思もなく、略奪を当然のものとして考える王国軍人たちに、アッシュは強い嫌悪を抱く。
一方、迎撃に向かうフソウ連合艦隊を送り出す鍋島は、将兵たちに勝利だけを求めなかった。
必ず生きて帰ること。
そして、誰一人として無駄に死なせないこと。
鍋島の言葉を胸に、山本平八率いる艦隊はガサ沖へ向かう。
王国艦隊がガサ地区への砲撃を開始したことで、フソウ連合艦隊も反撃を開始する。
王国側の重戦艦は強力な装甲と火力を持っていたが、フソウ連合艦隊は射程、速力、射撃精度、通信、指揮統制のすべてで相手を上回っていた。
戦いはフソウ連合側の一方的な展開となり、王国艦隊は壊滅する。
海へ投げ出されたアッシュをはじめ、生き残った王国兵たちはフソウ連合に救助され、捕虜となった。
こうして、フソウ連合は初めて外国艦隊との戦いに勝利する。
だが、鍋島は敵艦を沈めたことを無邪気に喜ぶことができなかった。
自分の決断と命令によって、多くの人間が命を落とした。
その事実を受け止めながら、鍋島は負傷者の治療、漂流者の救助、捕虜の保護、そして戦った将兵への慰労を優先する。
ガサ沖海戦は、フソウ連合海軍の力を外の世界に示した最初の戦いである。
同時にそれは、鍋島が模型の所有者から、人の命と国家の将来を背負う指導者へと歩き始めた戦いでもあった。
●艦隊の増強●
ガサ沖海戦には勝利したものの、フソウ連合を取り巻く危機がなくなったわけではない。
外国勢力は、今後も嵐の結界を突破して侵入してくる可能性がある。
鍋島は、新たな戦いに備えて海軍の増強を進める。
現実世界の星野模型店を訪れ、艦船や航空機、軍事施設の模型を購入。それらを自ら製作し、異世界側で実体化させていく。
ただし、鍋島が優先したのは、戦艦や空母のような大型戦闘艦ばかりではなかった。
輸送艦、給油艦、工作艦、海防艦、掃海艇、駆潜艇など、艦隊を維持し、補給し、修理し、広い海域を警戒するための艦艇も積極的に増やしていく。
強力な艦を並べるだけでは、海軍という組織は動かない。
情報を集める者、物資を運ぶ者、艦を修理する者、将兵を育成する者、国民へ情報を伝える者が必要となる。
鍋島の周囲でも、参謀本部、後方支援本部、諜報部、広報部などの役割が明確になり、一つの軍事組織としての形が整い始める。
●アッシュとの交流●
捕虜となったアッシュと鍋島の間にも、少しずつ交流が生まれていく。
鍋島はアッシュを単なる敵国の王子として扱わず、茶や菓子を囲みながら、王国や外の世界について話を聞く。
アッシュもまた、鍋島が捕虜を虐待せず、敵味方を問わず人命を尊重する人物であることを知る。
最初は敵同士として出会った二人だったが、互いの立場や考え方を知るうちに、その間には信頼と友情が生まれていった。
アッシュからもたらされた情報によって、鍋島たちは自分たちを取り巻く世界の一端を知ることになる。
外の世界では複数の強国が植民地を奪い合い、海軍力を背景に弱い国々を支配していた。
フソウ連合に侵攻したウェセックス王国も、その強国の一つだった。
そして、フソウ連合を狙っているのは、王国だけではなかった。
●シマト諸島奪回戦●
北方海域で、正体不明の艦船が目撃される。
調査を命じられたのは、的場良治大尉と軽巡洋艦最上を中心とする第二水雷戦隊だった。
敵艦を取り逃がした的場は、北方海域の警戒体制に大きな穴があることを痛感する。
しかし彼は、わずかな痕跡と自らの直感を基に調査を続け、シマト諸島に外国勢力の秘密基地が作られていることを突き止めた。
敵は嵐の結界を突破した後、シマト諸島を補給と侵入の拠点として利用していたのである。
本格的な増援が到着する前に、敵の拠点を奪回しなければならない。
鍋島たちは、的場を中心として奪回作戦を立案する。
艦隊が海上から敵艦を封じ込め、その間に杵島大尉率いる第三特別強襲大隊が上陸。海軍と陸戦隊が連携し、敵の施設を次々と制圧していく。
作戦は成功し、フソウ連合側は軽傷者十二名、重傷者一名という損害で、敵兵四百三十二名を捕虜とした。
さらに、敵が使用していた基地や施設、輸送船なども確保する。
捕虜への調査によって、シマト諸島を占拠していたのが、ウェセックス王国と並ぶ強国の一つ、シルーア帝国であることも判明する。
フソウ連合は、ただ侵入してきた敵を迎え撃つだけの立場から、自ら周辺海域を調査し、敵の拠点を発見して排除する立場へと変わったのである。
この戦いでは、的場良治の指揮能力が発揮されるとともに、付喪神の最上や杵島大尉との間にも信頼が生まれていった。
●二つの世界の間で●
異世界で長官として働く一方、鍋島には現実世界での生活も残されていた。
異世界側の問題に追われ続けた結果、父親から相続したアパートやマンションの管理が疎かになり、ついには警察まで関わる騒ぎが起きてしまう。
異世界の海軍と現実世界の不動産。
その両方を一人で管理し続けることには、明らかな無理があった。
そこへ現れたのが、鍋島の従兄である星野光二だった。
光二は、鍋島が何か重大な事情を抱えていることに気づく。
鍋島は異世界の秘密を明かすことはできなかったが、光二は理由を無理に聞き出そうとはせず、不動産管理を引き受けることを申し出た。
二人は正式に契約を結び、光二が現実世界側の不動産を管理することになる。
これによって鍋島は、異世界側の仕事へ集中できる環境を手に入れた。
同時に、現実世界で鍋島と暮らす東郷夏美も、単なる秘書官ではなく、仕事と生活の両面から鍋島を支える存在となっていく。
鍋島にとって、現実世界と異世界は、どちらか一方を選ぶものではなくなっていた。
双方に大切な人々と守るべき生活があり、二つの世界は少しずつ、彼にとっての居場所となり始めていたのである。
●アッシュの帰国●
捕虜たちへの調査が終わり、アッシュをはじめとするウェセックス王国兵の国外退去が決まる。
鍋島は、望むならフソウ連合に残る道もあるとアッシュへ伝える。
しかしアッシュは、その申し出を断った。
祖国へ戻り、ウェセックス王国とフソウ連合の間に、対等な友好関係を築く。
それが、自分にできることだと考えたためである。
王家の中で疎まれ、捨て駒として遠征艦隊に乗せられたアッシュは、鍋島との出会いによって、自分自身の意志で進む道を見つけていた。
鍋島とアッシュは、再会を約束して別れる。
敵国の王子として現れたアッシュは、二つの国を結ぶ可能性を持った人物として、祖国へ帰っていった。
●人と組織の成長●
シマト諸島奪回戦の後、将兵たちを労うための宴が開かれる。
戦場では指揮官と部下、艦隊と陸戦隊として戦った者たちも、宴の席では一人の人間として言葉を交わす。
的場良治と最上の友情、的場と杵島マリの関係など、新たな人間関係も生まれていく。
一方、鍋島は海軍の増強だけでなく、フソウ連合全体の将来についても考え始めていた。
国民の教育水準を引き上げるための学校街構想。
古い嵐の結界に依存するのではなく、海軍そのものが国民へ安心を与える存在になるための方策。
広報映像を使い、海軍の活動や外の世界の危険を国民へ伝える試み。
さらに、模型を実体化させる魔法や、艦に宿る付喪神の条件についても、新たな実験が進められる。
鍋島が考えなければならないことは、戦いに勝つことだけではなくなっていた。
軍事、教育、広報、外交、技術、そして国家組織。
フソウ連合が外の世界で生き残るためには、そのすべてを同時に整えていかなければならない。
●フソウ海軍の始動●
ガサ沖海戦とシマト諸島奪回戦の功績を受け、海軍では大規模な人事と部隊編成が行われる。
山本平八准将は中将へ。
新見正人大佐は准将へ。
川見悟少佐は中佐へ。
杵島マリ大尉は少佐へ。
南雲石雄大尉と的場良治大尉も、それぞれ少佐へ昇進する。
同時に、マシガナ地区の組織だった海軍は、フソウ連合全体を守る国家組織へと変わっていく。
南雲石雄少佐を司令とする南方方面艦隊。
的場良治少佐を司令とする北方方面艦隊。
二つの方面艦隊が新設され、フソウ連合周辺海域の警戒と防衛を担うことになる。
鍋島が異世界へ関わってから、わずか三十日。
一人の模型好きの男と、その男が作った艦隊から始まった物語は、多くの人々を巻き込みながら、一国の未来を左右するものへと変化していた。
鍋島はまだ、自分が長官や指導者に相応しい人間だとは思っていない。
それでも、彼を信頼して支える者たちは増え、それぞれの役割を持った組織が動き始めている。
外の世界には、ウェセックス王国やシルーア帝国をはじめとする強国が存在し、フソウ連合の平穏を脅かしている。
だが、フソウ連合もまた、嵐の結界の内側で外敵に怯えるだけの国ではなくなった。
人が集まり、艦隊が整い、組織が作られ、未来へ向けた最初の航海が始まる。
ここまでが、『異世界艦隊日誌』始動編。
鍋島とフソウ連合が、外の世界へ向かって動き出すまでの物語である。




