9. 王は縛らず、囲い込む
セドリック様たちが嵐のように去った後、静まり返った豪華な客室に残されたのは、双子のフィリップ様とフェリックス様だった。
「なんだか……大事になっちゃってごめんね、ベル」
「い、いえ! 謝らないでください! 元はと言えば身分も考えず、空き部屋で勝手に調理を始めた私がいけなかったんですから……!」
私はブンブンと首を振る。昨夜の恐怖よりも、申し訳なさと「推したちに迷惑をかけた」というオタク特有の罪悪感が勝っていた。
「でもまさか、こんなことになるなんて思わなかった。兄上は呪いのことになると敏感だから、つい過剰に反応しちゃうんだよ」
「あの時のセド兄様、別人みたいだった……」
「あぁ」
気まずい空気が流れる。フェリックス様がわずかに目を逸らしたのは、昨夜の兄の豹変に、彼ら自身も得体の知れない何かを感じ取ったからだろうか。そんな沈滞した空気を変えるように、フィリップ様がパッと明るい声を上げた。
「あ、そうだベル! 僕たちは君の味方だからさ。午後、また一緒にお茶しようよ!」
「おい、勝手に決めるな。今はまだ監視下の身だろう」
「フェリ兄様だって、本当はベルと話したい癖に。さっきからスムーサーの心配ばっかりしてるし」
「ま、まぁ……性能の確認は、必要だからな」
耳まで赤くしてそっぽを向くフェリックス様に、私は不覚にも「ツンデレ馬……尊い」と心の中で拝んでしまった。
――しかし。
一難去って、また一難。
午後のお茶会の前に待っていたのは、なんと国王陛下と王妃様との謁見だった。重厚な扉が開いた先、玉座に座る国の頂点を前に、私の心臓はもはやドラムのように激しく鳴り響いている。
「楽にしなさい、男爵令嬢」
「は、はい……」
「そなたは魔道具師として類まれなる才能を持っていると聞く。父親の発明の半分は、実はそなたが手がけたものだということもな」
「な、なぜそれを……!」
「先日の授与式の後にな、ルミエール男爵から直接報告を受けたのだ」
「そう……だったんですか」
「そんな不安そうな顔をしないで、ベルさん。王国はあなたを不当に縛ったり、利用したりはしないわ」
王妃様が慈愛に満ちた微笑みを向ける。その温かな眼差しは、凍りついていた私の心をじわりと溶かしていくようだった。
「あぁ。ルミエール夫妻とも約束した。そなたの自由は保証すると」
(お父様……お母様……!)
前世では引っ込み思案で引きこもりがちだった私に、両親は冷たかった。でも今世の両親は、私の才能を認め、守ろうとしてくれている。本当に、恵まれたなと思う。目頭が熱くなるのを堪え、私は深く頭を下げた。
「……ここからが本題なのだが、息子たちから報告を受けた。昨夜の騒動についてもな。私達は、あなたが魔女だとは思っていないわ。息子たちにもそう言い聞かせているのだけど……」
「いずれ、必ず分かる日が来る。なぜ、君が彼らにあのような影響を与えたのかもな」
「……?」
「君のことは悪いようにはしない。王宮から学園に通えるよう手配もしよう。息子たちの傍でな」
「……いいんですか……?」
「あぁ。あやつらを……よろしく頼む」
「……えっ……と、こちらこそ、よろしくお願いします……?」
陛下と王妃様の視線に、単なる「才能への評価」ではない、もっと切実な「救い」を求めるような色が混じっていた気がしたが、当時の私には知る由もなかった。
その後、双子との約束通りお茶会が開かれた。
案内されたのは、王宮の一角に広がる巨大なクリスタル・パレス――王宮温室だった。
天井まで届く極彩色の珍しい花々が咲き乱れ、柔らかな午後の光がステンドグラスを通して、宝石のような光の粒を床に落としている。
「ベルー! こっちこっち!」
白いテーブルセットに腰掛け、大きく手を振るフィリップ様。その背後では、フェリックス様が相変わらず不機嫌そうに、けれど椅子を引いて私の席を用意してくれていた。
「ふわあ……素敵な温室ですね。まるで絵画の中に入り込んだみたい……」
「母上のお気に入りだからな。……おい、いつまで突っ立っている。早く座れ」
ぶっきらぼうなフェリックス様の言葉とは裏腹に、テーブルには色とりどりのマカロンやスコーン、そして湯気を立てる最高級のアッサムティーが並んでいた。その香りの良さに、私の鼻腔が「馬並み」の感度で反応する。
「少しは落ち着いたか?」
「…え?」
「なんでもない」
「ふふ、フェリ兄様は素直じゃないんだから。それにしても……。ベルが魔女じゃないって証明すればいいんだよね? でもどうやって……。兄上もヴィンセントも、一度疑い出すと理屈じゃ動かないからなぁ」
フィリップ様がティースプーンを弄びながら、眉を下げて溜息をつく。
「うーーーん……」
三人で頭を抱えるが、良いアイデアはなかなか浮かばない。私はとりあえず、現実逃避とばかりに、目の前の銀皿に載った「王宮パティシエ特製・ナッツのタルト」に手を伸ばした。
サクッとした食感のあと、口いっぱいに広がる香ばしさと上品な甘み。
(さすが、王宮の味……最高に美味しい。馬が食べても絶対に喜びそうなおやつ……おやつ!?)
「そうだ!!!!! 魔道具なしであの『馬用のおやつ(人参クラッカー)』を作ればいいんじゃないですか!?」
ガタッ! と椅子を鳴らして立ち上がった私に、二人が目を丸くした。
「びっくりした! 急に大声出して……鼻にクリームついてるよ。……で、魔道具なしで作るって?」
「はい! あれはあくまで工程を簡略化させるために機械を使っただけで、材料と手順さえ守れば手作りでも同じ味を再現できます! さらに、魔力反応も一切出ないはずです。つまり――呪術的な干渉がないことの証明になります!」
「そっか! 魔法の機械を使わなくても同じ味が作れるなら、変な呪術がかけられてるっていう疑いも晴れるよね」
フィリップ様がパッと顔を輝かせる。一方、フェリックス様はまだ半信半疑といった様子で私をジロリと見た。
「……本当にお前のその手だけで、あの『ユニコーンを黙らせる味』が再現できるというのか?」
「もちろんです! 馬への愛があれば、火加減一つで素材の旨みは引き出せます! 次のお休みの日に、厨房を借りて作らせてもらっていいですか!」
希望が見えてきた。私は拳を握り、決意を新たにした。
――そして。数日後。
私は王宮から学園に向かう馬車の中にいた。……はずなのだが。
(なぜなの……。どうしてこんなことになってるの……!?)
豪華な装飾が施された広々とした馬車。しかし、その密度は限界を超えていた。
狭い座席で、私は双子の王子に左右をがっしりと挟まれ、右からはフィリップ様の体温が、左からはフェリックス様の不機嫌そうなオーラが伝わってくる。
そして目の前には、セドリック様、ヴィンセント様、カスティエル様が等間隔で座り、全員が私を無言でじっと見つめているのだ。
――ただ見ている、わけではない。
ヴィンセント様の視線は、まるで標本を観察する研究者のように冷静で。
カスティエル様は、いつでも動けるようにと警戒を崩さず。
フィリップ様は純粋な興味に目を輝かせ、フェリックス様はどこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。
そして。
セドリック様だけは――昨夜と同じように、何かを必死に押し殺すような目で、私を見ていた。
五対の視線が、それぞれ違う意味を持って、一点に突き刺さる。
(このメンバーで登校なんてしたら、一瞬で全生徒の注目の的じゃない! 確実に目立つ! ! 逃げたい! 無理! 窓から飛び降りたい!)
「……ベル。顔色が悪いぞ。酔ったか?」
セドリック様が低く落ち着いた声で尋ねる。その声は穏やかなのに、視線だけがまるで熱を帯びているようで、まともに見返すことができない。
「い、いえ……至って健康でございます……」
(……そういえば、この学園。確か――)
まさに豪華絢爛、そして針のむしろ。
私の平和な馬活ライフ……どころか、平穏な学園生活さえも一瞬で崩れ去りそうな、波乱の予感しかなかった。
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