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第21話 彼女の真実

「ナズナさんの妹さん、重い病気を患っているらしいんです。どうやら、今は容態が落ち着いているみたいですが……完治のためには何回か手術が必要みたいで」

「もしかして、その治療費を稼ぐために……?」

「そうみたいですよ」


 そんなの初耳だ。

 俺は、昨日のことを思い出す。

 あんな迫り方をされたら、ただの自己中人間にしか見えないじゃないか。

 どうして言ってくれなかったんだ。


「でも……待てよ? 治療費を稼ぐとしても、なんでアイドルにあそこまで拘るんだ? 別にアイドルじゃなくたっていいだろ」


 お金を稼ぐ方法なら、現状実入りの少ないアイドル活動を続けるより、別の仕事を探した方が良い。

 何なら、Dan.tubeでそこそこ稼いでいるだろうし……

 考えられるとすれば。


「妹が、アイドル好きとか……?」

「正解です。伝聞で聞いただけなので詳しいことはわかりませんが、病院のベッドで寝たきりの妹さんが、ステージの上で輝くアイドルの姿に勇気を貰ったらしいですよ」

「なるほど。それで、自分がアイドルとして売れて、妹を勇気づけたいと」


 なんとなく腑に落ちた。

 俺にも妹がいる。

 今は実家で両親と元気に暮らしているが、もし俺の妹が病弱だったら……俺はどうしていただろう?


 思えば。

 俺が自身の過ちでふさぎ込んでいたとき、支えてくれたのは妹のあやだった。

 そのおかげで、俺がどれほど救われたことか。

 兄弟というのは、ある意味一番自分に近しい存在だ。


 だから……芹さんの妹にとっても、姉がアイドルとしてステージで汗を流している姿に勇気を貰うはずだ。

 他のどんなアイドルよりも、輝いて見えるはずだ。


「それともう一つ」


 瀬良は、俺の方へ手招きをする。

 何事かと彼女の方へ寄った俺の顔に、自身の顔を近づけて耳打ちしてきた。


「……これは一般には明かされていないのですが、先輩なら信用できるので話しますね。私の友人がナズナさんと仲良いので、そこから知ったのですが。ナズナさんの両親が……その……だいぶ前に借金背負って蒸発してしまったらしく」

「……は?」


 ちょっと待て。

 あいつの家庭環境重すぎだろ。

 

「じゃあ、何か? 芹さん一人でお金を稼いで、妹の治療費を稼いでるってことなのか?」

「そういうことに……なりますね」


 本当は、俺にオムライスなんて作ってる余裕なんて無かったんじゃないか。

 自己中にひたすら頼み込んでくる裏で、彼女は一体何を考えていたんだろう?


 もしかしたら、俺を護衛として誘おうとした理由。話題に乗っかるという意味で、俺を起用することで視聴者数を増やし、妹の治療のためにもっとお金を稼ごうとしていたんじゃないか?


 有名アイドルになって妹を勇気づけることと、妹のためにもっとお金を稼ぐこと。それを目的にしていたから、どこか焦ったように俺を起用しようとしていたんじゃないか?



「バカが……言ってくれなきゃ、わかんないじゃないか」

「あの、大丈夫ですか……?」


 瀬良が、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 

 なんで、ひたすらウザく「協力して」としか言ってこなかったのか。

 「病気の妹のためだ」とでも泣きながら懇願してくれば、陰キャな俺くらいコロリと落とせただろうに。


 だが、そのとき俺は気付いた。

 俺には断らなければならない事情があった。

 けれど……芹さんは、一度たりとも「どうして断るの?」などと聞いてはこなかったじゃないか。


 彼女には彼女の、俺には俺の事情がある。

 だから自分の背景も明かさず、俺の事情にも土足で踏み込まず、ただ夢を叶えるための依頼と思わせてきたのだ。


 結局、どこまでもお互いが不器用すぎた。


「情けないな……俺は」

「先輩?」

「勝手に人を巻き込んでくる自己中な奴と思ってた人間が、実は誰かのために小さな身体で一生懸命頑張ってたっていうのに。俺は、自分のことしか考えてない。目立ちたくないのも、平穏を壊されたくないのも、全部自分が傷付かないためだ」


 芹さん自身、あんな頼み方をすれば、俺に嫌われるリスクがあることなどわかっていたはず。

 それでも、彼女は迷わず前に進んでいく。

 勇気づけたい大切な人がいるから、そのために必死で、我武者羅に。


 それなのに俺は、自分が傷付くリスクを避け続けてきた。

 俺の心は――小学六年生のあの日に置き去りにしたままだ。


「本当に……情けない」


 俺は、無力感に打ちひしがれる。

 と――柔らかな感触が、俺の手に触れた。


「大丈夫です。先輩は、情けなくなんかないですよ」


 温かい声が、胸の奥に響いてくる。

 顔を上げると、瀬良が俺の手を握り、優しげな笑顔を浮かべていた。


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