12.初代勇者
初代勇者が、俺と兄貴に呪いをかけて、俺たちを全滅させようとした……?
ははは。……何の、冗談だよ。
勇者ってのは、体を張って、命をかけて、みんなを守るもん……だろ?
父上みたいに。
兄貴……みたいに。
冗談、言うなよと笑い飛ばしたくて、口を持ち上げた。唇がひくついて、うまく笑えなかった。
ヤーコプは俺の無様な笑い顔をじっと見て、淡々と言った。
「……真実だ」
頭を鈍器でぶん殴れたような衝撃が走った。
否定したくて、俺は口を動かす。
「なんで、初代勇者がそんことすんだよ! 魔王を倒して、平和にしたんじゃねえのかよ!」
「……確かに魔王は倒した。レベル改ざんというチート能力を使ってな」
「レベル……改ざん……?」
「最短で魔王を倒す裏技だ。あいつは日本でゲームのバグを見つけて楽して攻略していた。不正アクセスして、手元の現金をかえたりしていたな。
その能力を持って、この世界にきたんだ。
おまえらみたいに、モンスターを一体、一体を倒してレベルをあげたわけじゃねえ。最初からレベルは89だった」
あり得ない。そんなことが可能なのかよ……
「レベルが上がれば、使える技や魔法が増えるよな? 現金がありゃ、装備は買い放題だ。最強の武器や防具もな。だるいモンスター退治なんてしなくていい。最強勇者のできあがりだ」
「……楽したかもしれないけど、魔王は倒したんだよな……?」
「そうだな。王女と結婚したいがためにな。あぁ、言っておくが、彼女が好きだったわけじゃないぞ。王女と結婚、というイベントをしたかっただけだ」
「イベント……?」
「非現実なことをしたかったってだけで、愛があったわけじゃねえんだよ」
理解ができなかった。
「なんだよ、それ……結婚だろ? 夫婦になんだろ? そんなの……相手に失礼じゃねえか」
「相手の気持ちなんか考えてねーよ。あいつは自分さえよければいいんだ。誰かの気持ちなんて、これぽっちも考えてねえ」
はは……はっ。嘘だろ。
そんな奴が、勇者……?
あり得ねえだろ……
理解ができなくて、前髪をぐしゃりと握った。
「……そのクズが双子に何をしたのよ……」
沈黙した俺の代わりに、エルサが声をだした。
彼女の顔は真っ赤で、怒りで体を震わせていた。
「あいつは勇者に飽きて、世界を裏から支配する魔神になった。世界を操るチート能力を使って、おまえたち勇者の力を制限し、魔王は必殺技しか倒されないようにして、世界を改変した……おまえたち勇者パーティを全滅させるためにな」
ヤーコプは信じられない話を続ける。
「おまえの兄は必殺技を使えば死ぬ。その前におまえたち四人を始末し、最後に兄貴と魔王を相討ちさせれば、パーティは全滅だ」
「なんだよ、それ……意味わかんねえよ!」
思わず叫んでいた。
「そんなことして何があんだってんだ! 俺たちはゲームのキャラじゃねえぞ! 生きた人間だ! ふざけんな!」
息を切らせて腹の底から叫んでいた。
「……そうだな。だから、魔王を倒せりゃいいと思ったさ……」
ヤーコプが目頭を熱くする。
「……レベルさえ最大値にできりゃ、可能性はあると思ったんだけどな……くそっ……」
吐き捨てるような一言に、ヤーコプから経験値を図る機械を手渡されたことを思い出した。こいつも兄貴の生還を願ってくれたってことか……ちくしょう。なんなんだよ、悪神って……
腹の底がマグマみたいに沸騰して、怒りがおさまらない。怒りの矛先はヤーコプへむかった。
「……悪神のこと、なんで教えなかった……」
「教えたら、何かが変わったか……?」
俺は顔をあげる。ヤーコプは泣き笑いみたいな顔をしていた。
「……教えたら、それこそバルドスは一人で魔王を倒しにいっただろ。おまえだって、あいつを追いかけただろ……それこそ、死ぬまで戦ったんじゃねえか?……おまえら、絆が強いからな……」
俺は顔をくしゃくしゃにした。
その通りだ。兄貴は一人で魔王を倒しに行くだろうし、俺はなりふりかわず兄貴を追いかけた。仲間を作らないで、俺たちは二人だけで戦っただろう。
エルサの聖女の力に、アレクシの魔法の力に、ミーミルの知恵に、俺は何度も助けられた。
俺、一人だけで旅立ったら、魔王までたどり着けずに、そこら辺でくたばっていたかもしれない。
俺は奥歯を砕けるくらい噛みしめた後、うつむいたまま尋ねた。
「……このこと、母上は知ってるのか……」
ヤーコプは顔をあげずに言う。
「言えるわけないだろ……あなたの息子は殺されるために産まれてきたんですよって言うようなもんだ……」
「……ありがとう。母上にはそのまま黙っててくれ……」
これ以上、母上を悲しませたくない。
訳のわからない魔神とかのせいで、母上が泣くことはないんだ。
俺が憤りを堪えていると、アレクシが静かに問いかけた。
「事情はわかりました。ですが、どうしてあなたたちはそこまで分かっているのですか? ギフト持ちだからですか?」
ヤーコプと上官は体を震わせて、気まずそうな顔をした。俺は顔をあげて、二人を見た。
ヤーコプははっと、自嘲の笑みをもらす。
「世界樹に触れたとき、運命の女神に教えられた」
「女神に……」
「あぁ、日本人だった記憶がよみがえったとき、女神に会った。俺たちは、奴と同じでゲームの不正をしていた元犯罪者だ」
俺たちはまたも息を飲んだ。
「運命の女神は、奴に対抗するために、犯罪者である俺たちに助言をこうた。……犯罪者たちに助けを乞うなんて、めちゃくちゃだけどな。
ゲームの不正に手をだした奴は、世界に干渉できる力を、持つらしい」
「世界に、干渉する力ですか……?」
「俺たちは魔法も剣も使えねえ。だけど、この世界に存在しない機械や、武器を作る力があるんだ」
ヤーコプは短いため息をついた。
「……おまえたちに渡した経験値を測定する機械も、この世界の技術じゃできねえもんだったんだよ」
アレクシは口を引き結んで「そうでしたか」と答えた。
話を聞いていた俺は声をだした。
「元犯罪者ということは、今は犯罪者じゃないんだな。なら、引き続き、協力くれ」
俺は憎悪で目を濡らした。
「初代勇者を倒しに行く。どうすれば、奴の所に行けるんだ?」




