両親への誓い
数日後、身体が順調に回復して来た私はある場所に足を運ぶことにした。
それは、私がバイエホルンに来れば必ず足を運ぶ場所だ。
花屋で買った花を片手に私は懐かしそうにその二つの墓標の前にそっと置いた。
「……遅くなってごめんね二人とも」
私は柔らかな笑みを浮かべながら、その二つの墓標に語りかけるように告げる。
そこには、クロース・コーエンとクロース・デルマと刻まれた名前がある。そう、これは私の父と母の墓だ。
帝国が襲撃して来た日、私の父と母は私とレナを逃すために犠牲になった。
そのおかげで私達はこうして生きる事ができている。容姿や性別は確かに変わってしまったかもしれないが、私にとっては唯一の愛すべき両親だ。
「墓参りか、キネ」
「ん……?」
すると、私の背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
その声に反応した私はゆっくりと後ろへと振り返る。そこには同じように花を持ったレイの姿があった。
「レイもかい?」
「あぁ、そんなところだ」
私の問いかけにレイは苦笑いを浮かべながら肩を竦める。
それから、レイに付き添うようにせっかくなので彼女の墓参りに付き合う事にした。
レイは墓標の前で膝をつき、体を屈めて手組みながら、静かに祈りを捧げている。
「誰のお墓なんだい?」
「……先の大戦で亡くなった部下の墓さ、時々、身寄りがない奴の墓には顔を出して手入れしてやってるんだ。
国の為に戦った戦友なのに、忘れ去られてしまうのはあまりにも可愛そうだろう?」
「……確かにそうだね」
私はレイの言葉に静かに頷く。
身寄りが無い軍人達も中にはもちろん居た。戦争で家族を失ったり、もしくは孤児だったような奴だ。そんな奴らでも陽気で優しい奴も中には居た。
その者達は人知れず、この国の人々を守る為に戦い散った。
その事を讃えて、慰霊碑のようなものは建てられたが、それでも、身近に居た部下にはこうしてレイは墓を作ってやり、花を添えてやるのだそうだ。
「こいつは私の優秀な教え子だったんだ。元々は孤児の女の子でな、ある作戦で私や他の部下を守る為に撤退時の殿を勤めてくれたんだ」
「そうだったのか、……きっと良い錬金術師だったんだろうね」
「あぁ、もちろん、最高の錬金術師だったよ」
レイは笑顔を浮かべながら私にそう告げる。
だが、その笑顔はどこか寂しそうにも見えた。きっと面倒見が良いレイの事だから、彼女の事を相当可愛がっていたに違いない。
それから、立ち上がったレイは私の方へと向き直るとゆっくりと話をし始める。
「キネ、私はもう戦場で彼女の様な錬金術師が死ぬところは見たくは無い。
……それは君の妹だってそうだ」
「あぁ、それは私もそう思うよ」
「……君の妹、レナと言ったね? 出来るなら……」
「言わずとも、私だってそのつもりさ」
レイの言葉に私は真っ直ぐに目を見つめたまま告げる。
それは、私の本心だった。妹のレナには出来ることならば軍人としての生き方を辞めてほしいと心から願っている。
だけど、きっと今のままでは彼女は私の言葉に耳を貸してくれない事も理解していた。
前回、戦ったミアもレナとの戦いを通してその事を察したのだろうと思う。
だからこそ、私と敢えてレナをぶつけさせる為に棄権なんて柄にも無い事を平然とやってくれたのだ。
私はそれに応えるつもりでいる。言葉でわからないのならば、拳を交えれば伝わるものも中にはあると。
「そうか、わかってるなら良いんだ」
「そりゃ……ね……。あの戦争を経験すれば、そうなるさ」
私は肩を竦めながらレイに苦笑いを浮かべそう告げた。
不器用かもしれないが、兄妹……、いや、姉妹なんてそんなものである。
レナに私の気持ちや思いをぶつける機会があるのだから、それはわかり合うには絶好の機会だろう。
継承戦だの、なんだのはこの際、隅に置いておいて、私としては彼女に対して言いたいことはたくさんある。
「私もキネやシドみたいな生き方がしてみたいよ」
「……なんだよ、すれば良いじゃないか」
「そうはいかんさ、誰かがこの国の為に命を賭ける将校達の面倒を見なきゃいかんだろ? 間違った方向に行かない様にな
それが私の役目だ」
レイは軍帽を被りながら苦笑いを浮かべていた。
私やシドの代わりにその役を買って出てくれたレイには本当に頭が上がらない。責任ある立場というのはそれだけ、影響力も大きいだろうからね。
あの自由奔放で破天荒なミアが軍を未だに抜けずに席を置いているのはきっと、レイの為なんだろうな。
「なんか……ごめんね、レイ。その、私は」
「いや、気にしなくて良いんだ。
一応、形では復帰のお願いを手紙で書いているし、シドやキネには軍に戻って来て欲しい気持ちはあるんだが、同時に戻って来て欲しくないという矛盾した気持ちもあるんだよ」
「それは何故?」
「……復帰しなければ、大事な親友を亡くす心配は無いだろう?
特にキネ、シドやミア、そしてアルドと同様、私はお前を大切に思っているしな」
レイは私に笑顔を向けてそう告げる。
なんだか、むず痒い気もするが、悪い気はしない。私もイージス・ハンドの面々は皆大切な仲間であり、親友であり、掛け替えのない存在であると思っている。
困っていれば、手を差し伸ばすだろうし、力になってあげたいと心から思う戦友達だ。
「レナの件、しっかりとお前自身で決着をつけてこいよ、キネ」
「うん、私の気持ちが伝わるかわからないけどね」
「……伝わるさ、そういうものだろう? 家族というものは」
そう言いながら、レイは先程まで私が墓参りをしていた両親の墓を見つめる。
確かに家族なら、尚更、言葉じゃなくても伝わるものはあるのかもしれない。
しかし、私には戸惑いもある。それは、レナに対する罪悪感と本当に彼女を前にして戦えるかという不安だ。
可愛がっていた妹を前にして、私は果たしてちゃんと戦えるのだろうか、そんな不安を抱えつつも私はレイと共にバイエホルンにある墓地を後にするのだった。




