疑惑
アルフィズ邸に帰った私はベットに横になりながらラデンの事を考えていた。
何故、カナエの事を黙っていたのか、そして、私に黙ってどんな事を裏でやっているのか。
もちろん、彼女は帝国の諜報部隊の人間だ。聞きたくても聞き出せない事だってあるし、私には内緒にしなきゃいけない事がある事も理解している。
だけど、私は彼女の事を仲間だと思っているし、欲を言えばこれからも皆と一緒に隣で笑い合える仲間であって欲しいと願っている。
「寝れないの? キネ」
「……ん、そう……だね」
私は問いかけてくるシルフィアに苦笑いを浮かべながらそう告げた。
嘘を言っても仕方ない、もちろん、私が悩んでいるのはラデンの事だけじゃ無い、レナの事だってそうだ。
二人の事が心配でなかなか眠れない、ラデンはまだ屋敷にも帰って来てないし何かあったんじゃ無いかと思ってしまう。
「大丈夫よ、キネ。ラデンなら心配要らないわ」
「そう……だといいけど」
「そうよ、だから今はゆっくり休んで? ね?」
シルフィアはそう言いながら、私に微笑みかける。
なかなか寝付けないが、それでも、こうして誰か側にいるだけでも安心するものだ。私はベットの側にいるシルフィアの手をギュッと握る。
それから私はゆっくりと目蓋を閉じ、そのまま意識を手放す事にした。
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バイエホルンの暗い裏路地。
ラデン・メルオットは一人、そこで単独行動をしていた。その理由はある人物と接触する為である。
それは、帝国の諜報部隊の一人、彼女はとある任務のために密かにこうして彼らと度々、情報を交換していたのである。
「カナエ・アルフィズは……回復したらしいです」
「……そうか、ならば暗殺は難しそうだな」
「元々、厳しいでしょうなんせ周りは死の十字架部隊の団員達ばかりですよ?」
「それもそうか……さて、陛下になんと報告すべきか」
「拉致……という方法もありますが」
しかし、ラデンとその諜報部隊の諜報員との間で交わされる会話はどうにも穏やかなものではない。
カナエを殺害するか、拉致するかという話をしているのだからそれは当たり前だ。
そもそも何故、カナエを拉致する必要があるのか、それにはちゃんとした理由がある。
「忌々しい奴だな」
「気持ちはわかりますけどね、ですがデスドラド将軍の娘ならばそれも致し方ないでしょう」
「裏切り者かも知れんやつを庇うのか?」
「そんなつもりじゃないです。ただ……、親の意向には逆らえないって事も普通に考えればある訳じゃないですか」
ラデンは肩を竦めながら諜報部隊の諜報員にそう告げる。
グロスキン・デスドラド、数ヶ月前、帝国の都市ガラパのテロ事件をきっかけに帝国に対して反乱を起こした張本人であり、現在は旧帝国の連中を纏める総帥になっている危険人物である。
現在、残ったエンパイア・アンセムの活躍もあり戦線では帝国が押しているが、デスドラドが出陣した戦いでは必ずと言っていいほど負けてしまっている。
ラデンが密かに皇帝から命ぜられた任務とはそのデスドラドの娘であり裏切りの疑惑のあるエンパイア・アンセムのカナエ・アルフィズの調査であった。
カナエに関してははまだ完全に裏切ったという確証を得てはいない、エンパイア・アンセムという称号自体もまだ所有しており旧帝国側であるとは断定できない状況であった。
「とはいえ、死の十字架部隊は完全にデスドラドの親衛部隊だ。
その部隊の副団長なら裏切り者として扱われてもおかしくはないだろう普通」
「そうなんだけどね、けど、何か引っかかるんですよ」
「引っかかる?」
「えぇ、……デスドラド将軍を含めた旧帝国の者達が反乱を起こしてから彼女が戦争に出た経歴が無いんですよね」
ラデンはため息を吐きながら諜報員にそう告げる。
カナエはテロが起き、帝国が割れて戦争を始めてから戦場には一度たりとも出てはいない。
カナエが本当に裏切ったならば、何かしらの事件に関与したり、戦線に出ていても何も不思議ではない筈なのだ。
しかし、それをせず、エンパイア・アンセムを名乗り、さらには死の十字架部隊の副団長を名乗っている。
この事がどうにもラデンの中で引っかかっていたのである。
「中立……という事でしょうかね、あくまでも」
「さてな、しかし、そういう捉え方も出来るが……事と次第では裏切りはいつでも起きる可能性があると考えていいだろう」
「陛下はなんと?」
「引き続き、カナエについては動向を見守れとの事だ」
「はぁ、そうですか……わかりました」
ラデンは諜報員の言葉に静かに頷く。
彼女とて、自分の同僚を疑うのは正直言って辛い。キネスにカナエの事を知っていても敢えて話さなかったのは彼女が危険人物であったからだ。
とはいえ、カナエとはもう接触してしまっているだろうからキネスはきっと自分に対して不信感を抱きつつある事だろう。
「そろそろ潮時かもしれませんね」
ラデンは壁に背を預けながら、夜空を見上げて顔を引きつらせて笑みを浮かべる。
正直な話、自分が帝国軍の諜報部隊である以上はいつかはこうなる時が来るのはわかっていた事だ。
もし、キネスが自分に不信感を抱いて拒絶するようならば、甘んじてそれを受け入れるつもりでいた。
「カナエがサクセサー・デュエルで勝っていたらどうなっていただろうな……」
「間違いなく皇帝陛下からは暗殺の指令が降っていたでしょうね。
アルフィズ家の財力が旧帝国側に渡るような危険性がある以上、彼女を殺さなくてはならなくなります。
それだけは避けなくてはいけませんから」
諜報員に迷いなくそう告げるラデン。
旧帝国軍と帝国軍は絶妙なパワーバランスの上でやりあっている最中だ。グリーデンの事件もそうだが、旧帝国の狙いはあくまでも帝国ではなくて共和国である。
今は国を割っているから仕方ない戦をしているに過ぎない、この戦争が終結した時が一番の問題だ。
できれば、上手い形で共和国と旧帝国との戦争を避ける術を模索したいというのが、ラデンの気持ちでもある。
「……なんにしてもこの街の人々の笑顔を守れるような成果を挙げたいものですね」
「なんだ、隊長殿はこの街が気に入ったのか?」
「えぇ、副隊長殿。私はこの国の人達も好きですよ」
そう言いながら、ラデンは笑みを浮かべ告げる。
キネスやネロ達に出会って、今まで知らなかった共和国に居る人達の暮らしや生活、人柄にたくさん触れる機会ができた。
その中で彼らは帝国に住む人達となんら変わりない優しい方々ばかりである事を知った。
「シーベルト、貴方も共和国に住む人と深く関わればわかります。
……私はあの軍学校にいた様な未来ある若人達が戦場で散る姿なんてもう見たくはありません」
「……軍人である以上、それも致し方ない事だ」
「そうなんでしょうね、だけど、私達が彼らの生活を平穏にしてあげる事ができるのであれば全力でしてあげたいじゃないですか……」
ラデンはシーベルトと呼ぶ諜報部隊の副隊長に向かい背を壁に預けたままそう告げる。
短い金髪に黒のチューブトップと短パン、そして、その上から黒のコートを羽織っている女性、シーベルト・ケリーはそんなラデンの言葉を聞いてため息を吐いた。
「全く、これだけは隊長殿は……」
「な、なんですか、その言い草は」
「尻拭いするのはいつも私なんだぞ?
……まあ、そんなアンタだから、私はアンタについて行こうと決めたんだけどな」
ケリーはそう告げるとラデンの側から離れて歩きはじめる。
これ以上、接触していて誰かに見られても都合が悪いと判断したからだろう。
踵を返して路地裏から立ち去る様に歩く彼女は壁に背を預けて居るラデンに聞こえるくらいの声で告げる。
「好きなようにやってくれ、後のことは任せろ。じゃあな」
シーベルトは隊長であるラデンの事はよく理解している。
カナエの事は引き続き、監視するとしてある程度はラデンの判断に委ねているし、彼女の判断を尊重するつもりだった。
接触しているキネスとの縁を敢えて断とうが、どんな事をやらかそうがその尻拭いをする覚悟は彼女にはできている。
「……ありがとう、ケリー」
壁を背にしたまま、ラデンは立ち去っていく部下のケリーに静かにお礼を述べた。
このサクセサー・デュエルが終結して、この先、共和国、帝国、旧帝国がどんなバランスになってしまうのかまだわからない。
その時が来ればきっと、自分はもうキネス達の側には居れなくなる筈だ。
「あーあ、私も軍、辞めよっかな……」
軍人が辞めれたキネスとは違い、諜報部隊を率いているラデンにそんな選択肢は無いに等しい。
何故ならば、彼女は様々な情報を知ってしまっているからだ。
自由は無いに等しいが、それでも、居心地の良い彼女達の側はなんとも離れ難いものがあり、その場所がラデンにはとても尊く眩しく見えた。
「……帰りましょうかね」
ラデンは背を預けていた壁から身体を離すとゆっくりと歩きはじめる。
帝国の軍人として、諜報部隊を率いる隊長としても果たさなくてはならない義務がある。
いつの日か、こんな日々にも終わりが来るのだろうか、ラデンはそんな事を考えながら、アルフィズ邸に向かって足を進めるのであった。




