夜の添い寝
二人を置いてアルフィズ邸に帰った私は疲れのあまりそのまま部屋のベットに倒れ込んだ。
そんな、いつのまにか帰ってきた私に気づいたラデンは冷静に自分のバレッタを手入れするように磨きながらこう告げてくる。
「おや、早かったですね。今夜は泊まってくると思ってましたけど」
「はぁ……。よく言うよ、シドをミアにけしかけたの君だろう?」
「あら、気づかれました?」
私がそう告げると、悪戯がバレた子供のように軽く舌を出してテヘっと答えるラデン。
いや、確かにラデンの仕草は可愛いがこの場合、若干、イラッともした。お陰で本当にすごく厄介な事に巻き込まれたんだけどな私は。
とはいえ、今更、彼女にどうこう言うつもりは微塵もないんだけどね。結果的に私はミアから解放されたわけだしね。
諜報員らしいやり方とここはラデンに感謝しとくべきとこなんだろうきっと。
「しかしながら、本当に血相変えてシュヴァインブルグからすっ飛んで来るとは思いませんでしたよ」
「店はどうするんだ? 何かあったら……」
「大丈夫です、ネロちゃんとサラ様ならね。手は打ってありますから」
笑みを浮かべながらそう告げてくるラデン。
その大丈夫という言葉は一体どこから出てくるのだろう。
高級ホテルの30階の部屋の窓ガラスをシドが叩き割って殴り込んで来ている時点で大丈夫ではない気がするんだが。
すると、しばらくして、部屋の廊下からシルフィアの声が聞こえてくる。
「あらー! そんな事が?」
「はい! キネさんは私にとって王子様みたいな人で……」
「……マスターは凄い人」
何やらシルフィアは楽しそうに誰かと話しているようである。
私はその声が気になり、思わず上体をゆっくりとベットから起こす。
試合とミアとシドの件で疲れてはいたが、さっきのラデンの発言といい、廊下から聞こえてくる声といい、私はなんとなく、その事を察する事ができた。
そして、それから暫くするとシルフィアと共に部屋に見覚えのある二人が私の目の前に現れる。
「あ! キネさん!」
「……マスター!」
部屋に入るなり、私の名前を呼んでくる二人の女の子。
そう、シドと同様にケイ(サラ)とネロちゃんの二人もバイエホルンに連れてこられていたのである。
店を閉めさせてわざわざこちらに三人を呼んで来たのか。
なるほどね、確かにこれならラデンが自信を持って大丈夫って言ったのも納得できる。
「……なるほど、そういうわけか」
「そういう事です」
頷く私にラデンは笑みを浮かべながら答える。
うん、店の収入がお陰で無くなったわけなんだけどね、とはいえ、この場合は私の状況が状況なんで仕方ないと割り切るべきなんだろうけどな。
一方で私の姿を見た二人は嬉しそうに駆け寄ってくると、私をベットに押し倒すように抱きついてくる。
「うわっ⁉︎ ちょっと二人共‼︎」
「あー……。キネさんにやっと会えたぁ、寂しかったんですよぉ、私達」
「マスター……」
ギュッと抱きしめてくる二人に私は目を丸くしていたが、暫くして、仕方ないといった具合に二人の頭を優しく撫でてやる。
私がいない間に無理をさせてしまっていたからね、主人がいない店を切り盛りしてくれていたんだ。
お礼には程遠いかもしれないがこれくらいのことをしてあげないと流石に二人とも可哀想だろう。
店はしばらく休業しても、多分、大丈夫な筈だ。別にあそこの土地も店も私が購入したものだから家賃なんかも払わなくて良いからね。
「長旅で疲れたろ? 今日はゆっくりと休むと良い」
「うん!」
「マスター、一緒に寝る」
「い、一緒に? それは……」
私は恐る恐るシルフィアの方へとゆっくりと視線を向ける。
シルフィアは満面の笑みを浮かべながら、問題ないとばかりにゆっくりと私に頷いて答えてくれた。
てっきり、シルフィアから怒られるものかとばかり思っていたけど、かなり寛大だな。
私がそう思っていた矢先、笑みを浮かべたシルフィアはこう告げてくる。
「なら、私も一緒に寝ても良いかしら?」
「えっ?」
「もちろんですよ! シルフィアさん!」
「問題ない」
私の意見は一切聞く事なく、半ば当たり前のようにシルフィアも一緒に寝る事を強要される事になった。
そのやりとりを見ていたラデンは笑いを堪えながら口元を押さえている。
いや、本当に他人事だと思って、楽しんでいるなラデンの奴はいつか絶対にやり返してやる。
こうして、その晩に関しては店の従業員であるサラ(ケイ)とネロちゃん、そして、シルフィアと共に同じベットで一緒に寝ることになった。
幸いにも、アルフィズ邸のベットは巨大なので四人くらいは普通に寝ることができるサイズだ。
「ようやく一緒に寝れますね、キネさん!」
「……マスターに密着したらダメ」
「えー! そんな! ネロちゃん、そんなケチケチしないでよぉ!」
「ほら、暑いからさ、一緒に寝るのは良いけども少し離れて寝ようね? 皆」
私の腕にしがみついているケイ(サラ)と彼女を引き離そうと揉めているネロちゃんにそう告げる私。
もう、あの二人の揉め事があった後だから、喧嘩は懲り懲りだ。せめて、一緒に寝るのであれば出来るだけ仲良く寝て欲しいからね。
すると、シルフィアは私の反対側の腕にスッと手を絡ませてくるとこう問いかけてくる。
「私は、別に良いでしょう?」
「……シルフィア、その」
「ね? キネ?」
好き同士なのだから問題ないだろうとばかりに、隣を巡り争っている二人の方を見ながら告げるシルフィア。
なんで余計な火種を作るのかな、ちょっと煽りが入っている分、たちが悪いように感じるのだけどきっとそれは気のせいではないだろう。
仕方ないとばかりに私は腕に体を密着させてくる二人の手を解くと離れるようにこう告げる。
「皆、仲良くね? じゃないと寝ないよ?」
「うっ!」
「……コホン、なら仕方ないわね、わかったわ」
そう言って、満面の笑みを浮かべたまま告げる私に大人しく従ってくれるシルフィアとケイ(サラ)の二人。
密着されると寝辛いしね、二人共私が疲れている事もあって素直にしたがってくれた。
それからは、四人で並ぶようにしてゆっくりと瞳を閉じ、眠りにつくことにした。
明日はシードのカナエ・アルフィズとの対戦が待っている。
まだ、試合も目撃することができなかったし、錬金術師としての力が未知数の相手だ。
謎が多い分、不気味さを感じる。アルフィズ家の一族でありながら錬金術師として参加を表明した彼女とどう戦うか、しっかりと考えておかないといけないな。
私は次第と重たくなる目蓋を感じながら、静かに心の中でそう思っていた。




