アルフィズ家
アルフィズ家の屋敷は非常に豪華な作りだった。
私も家や家具を取り扱っている仕事をしてるから良くわかるが、かなりの職人達が手を入れてこの屋敷を作り上げたのがわかる。
以前、来た時はあまり気にもしなかった事だけれど、これがいわゆる職業病というやつだろうか。
「……うわぁ、本当、お金持ちって感じですね」
「こっちよ」
「あぁ」
私達はシルフィアに先導されながら屋敷の中を歩いてゆく。
セキュリティもそうだったけど、中には綺麗なメイドさんが沢山いて、どうにも落ち着かない家だなと感じた。
慣れたらそうでも無いんだろうけど、何というか、普通の社会から完全に切り離された様なこの家の独特な雰囲気はなんとも言えないものを感じる。
二回目とはいえ、やはり慣れないのは慣れない。
私達はシルフィアから案内され、ある部屋の一室に通される事になった。
そこには長いテーブルに四人の男女が腰を据えて座っている。
特に目を引いたのは中央の椅子に腰掛けている四十代ほどの男性だろう、小太りの体型をしたその男性は威厳のありそうな黒い髭をさすりながらこちらを真っ直ぐに見ていた。
その男性は私達が部屋に入って来るのを確認するとシルフィアに向かいこう問いかけてくる。
「……随分と遠出してたみたいだが?
シルフィア、その者達はなんだ? ん?」
「申し訳ありません叔父様、ようやく見つかりまして……」
「……はっ! 貴様も諦めが悪いやつだな! 全く」
そう言って、嫌味っぽくため息を吐きながらシルフィアに告げる男性。
その言い草に思わずカチンと来てしまうが、ここで私が何か言ったところで事態がややこしくなりそうなので黙っておく事にした。
この男性、シルフィアは叔父様と呼んでいた事から察するに親戚の一人である事は間違い無いだろう。
シルフィアは睨む様にその男性の方を向くとゆっくりと話し始める。
「諦めも何も、レイナと家政婦達が消されるというのに黙っておく訳にはいかないでしょう」
「お前達は邪魔なのだよ。レイナは兄の娘、そして、お前もそうだ。
我がアルフィズ家の親族達からしてみれば悪しき古い風習の産物でしか無い、邪魔な者は消す。当たり前の話だ」
そう告げる叔父は蔑む様な眼差しをシルフィアに向ける。
何故、ここまでシルフィア達が嫌われているのかは不思議だが、それに同調する様に頷く周りの親族達にも正直言って虫唾が走った。
それだけ、シルフィアの父は周りの者たちから良く思われてなかったのだろう。
これだけの巨万の富を築いていながら、親族達からはむしろ死んでせいせいしたとばかりの言い草だ。
シルフィアはその叔父の言葉に怒りが湧いてきながらも大きく息を吸い込んで心を落ち着かせこの場にいる者達に対してゆっくりと話をし始める。
「正直、父の莫大な遺産など私はどうだってよかったのです。
ですが妹と家政婦達を殺すと聞いてしまった以上はそういう訳にはいきません」
「それはそうだ、我が家の秘密を握る者は全て消す。
それが我がアルフィズ家の決まりだ。
貴様も例外では無いんだぞ? シルフィア」
「悪しき風習というのはそういう事ではなくて?」
シルフィアは叔父に向かい、怒りを隠す事なく語気を強めて問いかける。
それはそうだ、叔父や親族達が行おうとしているアルフィズ家の秘密を守る為にシルフィア達を殺害して抹消するとするやり方自体が悪しき古い風習であり、言っている事が矛盾している。
第三者の私が聞いていても気分が良いものではない。
それから、シルフィアはその場にいる親族達に向かってこう告げ始める。
「悪いですが、貴方達に渡す遺産は一銭たりともありません」
「……はっ! 貴様。
抗争の儀に参加させる代理人を見つけてきたというのは、まさか、その小娘達だとは言うまいな?」
シルフィアの叔父は鼻で笑う様にそう問いかけてくる。
この叔父が言う抗争の儀、というのはおそらく先日、シルフィアが話していた代理人同士を戦わせるアルフィズ家の後継者を決める継承権争いの事だろう。
古い風習とか話す割にはそういうのには拘るんだなと私は思わず内心で思ってしまった。
というか小娘って、初対面の女性に対して失礼じゃないのかな? この人。
頭に来た私はその嫌味ったらしいシルフィアの叔父に向かいこう告げる。
「へぇ? 貴方はよほど目が節穴なんだね?」
「なんだと⁉︎ 小娘っ!」
「お金持ちって普通は目が肥えてるものだけど。貴方の眼って家畜の豚と同じレベルなんじゃ無いかな?」
我ながら、なかなか凄い皮肉と毒を吐いたものだと思う。
先程まで余裕をかましていたシルフィアの叔父の顔が真っ赤になって行くのが目に見えてわかった。
だって、武闘派って言ってるくせに戦時中に活躍した私の事を知らないなんてニワカも良いところ。
しかも、隣にいるラデンちゃんも今は私服とはいえエンパイア・アンセムの一人だと気付いていない事を見れば三下過ぎて笑いが出そうになる。
まあ、ただのお金を持って有頂天になってる奴の腐った眼なんてそんなものだろうけどね。
「私は元共和国軍、イージス・ハンドの一人、クロース・キネスだよ。
シルフィアの元婚約者のね」
「んなぁ⁉︎ 元婚約者だとぉ‼︎ 女ではないか!
しかもイージス・ハンドなどと!」
そう言って声を荒げるシルフィアの叔父。
いやいや、そう言われても事実ですし、身体はこんな風になってはしまったんだけどさ。
確かにこの身体の私が元軍人で、しかも、イージス・ハンドでシルフィアの元婚約者なんて聞いたら理解できないのもわからんでもない。
しかしながら、少し考えればわかるだろう?
シルフィアが連れてきた代理人がそこら辺の軍人でない事くらいは。
すると、叔父の手前の席に座っていた女性が赤い扇で口元を隠す様に笑い声を上げるとゆっくりと口を開く。
「まぁまぁ、よろしいではないですか。ドルフ兄様…。
シルフィアがイージス・ハンドを連れてきた事には少し驚きましたけれど、抗争の儀が面白くなったのではなくて?」
「クライス……。そんな能天気な事を……」
「あらぁ、そうかしら? 別に私はライバルが減るかもしれないと考えたら非常に助かると思ったわ。
兄様は何やら勘違いしておられるかもしれませんが、自分を除いて、この場にいる者たちは皆、敵ですのよ?」
クライスと呼ばれるシルフィアの叔母は怪しげな笑みを浮かべ、周りにいるシルフィアを含めた者達を一通り見渡しながらそう告げる。
長い黒髪につり目、綺麗な真っ赤なドレス姿におそらく年齢は三十代くらいだろう、言うならば気品ある女狐という表現が似合いそうな女性だ。
髪色などを見るに他の方達もそうだが、どうやらそれぞれ腹違いの兄妹、または従兄弟である事は明らかだった。
「話は終わりかしら?」
「……。えぇ、以上です」
「なら、引き続き貴女は抗争の儀の日取りについてこの会議に参加して欲しいのだけど。
そこのお二人には退出してもらえるかしら?」
そう告げるクライスに対して、シルフィアは私達にアイコンタクトを送ってくる。
私は肩を竦めるとそれを了承し、ラデンを連れて部屋から出て行った。
あの親族達については後ほど、またシルフィアから話を聞かないといけないだろうな、まだ、色々と引っ掛かるところがいくつかある。
とはいえ、ドルシという叔父はともかく、クライスというあの叔母は何やら一癖ありそうな女性だったな。
私の勘的にそう感じただけなのでなんとも言えないんだけどね。
「シルフィア様の代理人様方、お部屋に案内します」
「うん、わかった」
「……わかりました」
部屋から出された私とラデンはメイドから案内されるまま、再び屋敷の廊下を歩き始める。
今回のシルフィアの依頼はどんな事があるのか全く予想がつかないな。
何にしろ、私が彼女の代理人として戦わなくてはいけなくなる事だけは確かだけどね。




