覚悟はできてる
私達の前で、シドはシルフィアに突きつけた銃の引き金を引いた。
だが、そこからは弾は発射されずカチャリという乾いた音だけであった。
シドは拳銃を慣れた手つきでクルクルと回すとホルスターにしまい、力無くへたり込んだように座るシルフィアにこう告げる。
「……お前に私が貴重な弾を使うわけねーだろ」
シドの言葉に私達はホッと胸を撫で下ろした。
あの眼からして、本当に撃つときの眼をしてたからシルフィアを撃ち殺してしまうんじゃないかとヒヤヒヤしたよ。
銃口を突きつけられたシルフィアも安心したのか身体を震わせながら、呆然としていた。
あれだけの啖呵を切って、なおかつ、自分の命を捨てる覚悟であそこまでするのに嘘をついているとは到底考えられない。
私はそっとシルフィアに近寄ると、肩にポンと手を置く。
「……君の覚悟はよくわかったよ。
だけど、この依頼を受けるなら君に条件がある」
「条件……?」
「あぁ、私はもう兵士なんかじゃない。
だから、これは君からの依頼だ。……君と妹さん、そして家政婦達が安心して住める家を建てさせて欲しいんだ」
そう、私はその信念だけは曲げない。
代理の兵士としてではなく、あくまでもシルフィアの頼みは家を建てるためのただの過程にして欲しいと私は考えた。
依頼料は別に父親の遺産のほんの一部をつかった支払いで構わないし、それならば、私は仕事としてシルフィアの話に乗ってあげてもいいと思ったのだ。
それに、上手くいけばコタシェ作りに必要な素材なんかも優遇してもらえるかもしれないからね。
シルフィアは震えた声で私にこう問いかけてくる。
「良いの? 私……。貴女にそんな事をお願いをするなんて……」
「私がさせて欲しいんだ、良いよ」
「……キネッ……! あぁ……っ! ごめんっ! ごめんなさいっ!」
優しく私がそう告げると涙を流すシルフィアはそのまま私の胸元に抱きつくようにして嗚咽を溢し始める。
抱えていたものを全て吐き出すように、彼女は何度も私に謝りながらひたすら涙を流し続けていた。
きっと、彼女だけが悪いんじゃない、私にもかなり責任はあったんだ。だから、私も心の中では涙を流しているシルフィアに対して謝罪をしていた。
それから、私は静かに落ち着かせるように彼女の頭を何度も撫でてあげていた。
――――――――――
それから、しばらくして落ち着いたシルフィアは先程と同じように椅子に座り大きく深呼吸していた。
確かに銃口を頭に突きつけられた後じゃ動揺していても何ら不思議じゃないからね、しかも、シド相手なら尚更だろう。
私はコーヒーを啜りながら、シルフィアにこう問いかける。
「それで……。その代理人同士で戦いをさせるというのはいつの時期に行うのかな?」
「まだ、明確な時期は決めてないのだけれど。
おそらく近い内に決定すると思う」
「そうか、……なら、何があるか分からないから明日には首都に行かないとな私が留守の間は……」
店を閉じておこうかな、と言いかけた時だった。
その言葉を口に出す前にネロちゃんが遮るようにして私に向かいこう告げる。
「マスターが留守の間は私とケイで店番をしておく。
安心して任せて欲しい……」
「……良いのかい? お店を任せても」
「……ん」
そう言って、小さく頷くネロちゃん。
正直、店主である私が店を空けておくのはどうだかなと思っていたのだけれど、そう言って貰えるのは本当に助かるし頼もしい限りだ。
となると、シドは今回、この街に残ってもらっといた方が良さそうかなケイの事もあるしね。
「あの……。シド、今回は……」
「あぁ、わかってるよ」
「代わりにラデンを連れて行くからそんなに心配しないでおくれよ」
「してねーし」
私の言葉に対して不機嫌そうに答えるシド。
シドにも色々と思うところがあるのはわかるけどね、私が元婚約者の依頼を受ける事とか、お人好しだとかいうところに関してさ。
とはいえ、仕事として受けてしまった以上は仕事をしっかりとこなしてこそプロというものだ。
「出立は明日で良いのかしら……?
……ごめんなさい、私が聞くのもあれなんだけど」
「あぁ、明日にはバイエホルンに向かおうと思っているよ」
私のその言葉にシルフィアは静かに頷く。
今回はラデンも一緒に来るし、余程の事がない限りは大丈夫だとは思う、首都にはレイも居るしね。
それにしても、アルフィズ家のいざこざに自ら首を突っ込んで巻き込まれようとするとは私も本当にどうかしてるな。
でも、あれだけ覚悟を見せてくれたシルフィアのお願いなら断るわけには行かない。
私も覚悟を決めなくてはいけないからね。
「……それじゃ今晩はウチに泊まると良い。
部屋はあるからね」
「……ありがとうキネ」
「良いさ、気にしないでくれ」
私はシルフィアに淡々とそう答える。
シルフィアの言葉を信じると決めたのは私だし、彼女はきっと包み隠さず全て話してくれたと信じている。
もう、シルフィアに対する怒りも抱いていた複雑な感情も綺麗さっぱり吹っ切れたような気がした。
そう言った意味では、今回の依頼を受けて正解だったと言えるだろう。
ただ、残念なのは新しく作っていたコタシェ作りを中断しなくてはならなくなった事くらいか。
出来れば、完成させてから首都に向かいたかったところなんだけどね。
階段を登り、ネロちゃんがシルフィアを部屋に連れて行くのを見届けていたラデンは私にこう問いかけてくる。
「キネさん、本当に大丈夫なんですか?」
「……代理人の事かい?」
「そうですよ、場合によってはあの力を使うことになるかも」
「一応、アレは使うつもりは無いし余程じゃないとそんな事にはならないだろう」
ラデンの言葉に私は懐からタバコを取り出しながらそう答える。
きっとラデンが言っているのは、私がグリーデンと戦った時に見せた帝国の人体実験の末に得た爆破に特化した錬金術の能力を覚醒させる技の事だろう。
あの技は色々とリスクもあるし、そんなホイホイ使えるような代物ではない。
グリーデンの時は奴がエンパイア・アンセムという凄腕の錬金術師だったから使わざる得なかっただけだ。
「キネ、あんま無理すんじゃねーぞ?」
「大丈夫だって。……ちゃんと無事に帰るよ」
シドの言葉に私はタバコの灰を灰皿に落としながら笑みを浮かべて答える。
グリーデンとの一件で多少は実戦での体の動かし方というのも思い出してはきた。対戦相手が誰かはまだよくわかってはいないけれど無理をするつもりはない。
昔とは違って、こうして、ちゃんと私を待ってくれる人達がこの場所にいるからね。
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後書きにはなりますが、この場をお借りして読者の皆さま方にお礼を言わせてください、いつもありがとうございます。




