魔法合戦は紅茶の後で
家康君オコ
睨み合う二人の女。
その間に挟まれるように、家康は途方に暮れた。
「どうしてこうなった!」
遡る事一時間前。
ある程度の修行鍛錬と、この世界での常識やら何やらをネイヤさんから手取り足取り腰取りな指導の後。
冒険者的な追加装備をガッツリ身に付けてから、ネイヤさんと一緒にキシュトア神殿へと転移した。
家康は、移動が馬車や徒歩や船旅とかを予想していたから。
目的地まで遅くて数年、早くても数ヶ月とかかかるのかなぁ。
などと覚悟をしていたのだ。
事によったら、俺の一人旅かなぁ?
などとちょっぴり淋しく考えてもいた。
が、きゅっとネイヤは家康を御構い無しに抱きしめた。
「あはっ、召喚する神殿は多分いつも一緒だから、のっこむわよん。」
「え?」
有無を言わさず、転移した。
瞬く間に、海の見える魔物の跋扈する大草原から。
景色が神秘的な古代神殿へと変わった。
「え?えっ⁈えー‼」
どう見ても、不思議な魔方陣が張り巡らされた、神殿内部、本拠地だった。
キョロキョロ辺りを見回すと、裏の扉がバタバタと開かれる。
数人の中に、見覚えのある人が某然と呟く。
「侵入者?…え?家康君?」
榛名さんが、そう呟いた後にネイヤさんを見て固まる。
地味に魔方陣を壊しながら、ネイヤさんは不敵に嗤って家康の頬に口付けた。
「ちょっと、ネイヤさん。
知り合いの前でやめてくださいよ。」
「ウフフ。」
抵抗も虚しく、キスの嵐を降らせる。
何故か、榛名さんへ向けての判りやすい挑発だと俺でも気づく。
すると、ザラリとした気配か、榛名さんからじんわり漂い始めた。
「ねえ、家康君。
その女はだぁれ?」
脈打つような濃密な気配。
不意に、異様な違和感を受け家康は首を傾げる。
「見覚えのある、その女狐はだぁれ?」
姿も声も榛名さんだった。
なのに、異様な違和感が拭え無い。
何より、榛名さんは聖なる巫女姫。
あんな禍々しい気配だっただろうか?
いや…榛名さんの姿の君は誰だ?
そう問いかけようとした家康を、ネイヤさんが右手を上げて制した。
「女狐はあんたじゃないの?
お間抜けなお嬢さん。」
煽る言葉を最後まで言う前に、閃光が轟く。
バーストするように、榛名さんの身体の周りに、小さな稲妻がばちばちと音を立て始めていた。
妖艶なネイヤさんとは正反対な清廉な気配だったはずの榛名さんが、魔王と呼ばれたネイヤさんよりも禍々しいのだ。
何かがおかしい。
「君は誰だ?」
小さく声に出してしまう。
すると、榛名さんからは歓喜の表情をほんの一瞬浮かべ。
けれど、すぐにそれが掻き消える。
「馬鹿っ!完全に乗っ取られちゃったじゃない!」
ネイヤさんが俺を叱りつける。
「完全に乗っ取られた?」
「彼女、榛名って娘は辛うじて自我を保って居たの。
でも、彼女の抑えて居た感情が、イエヤスの言葉でブレタ。
あの子は巫女姫ね?
巫女姫は神や魔神を降臨させられるの。
巫女姫が能力が高ければ感情制御で自我を保てるわ。」
「え?じゃ、じゃあネイヤさんが煽ってたのは…。」
「そうよ、榛名って娘では無く。
乗っ取ってる自称女神。
イエヤス達を無理矢理召喚して。
好き勝手やろうとしている、馬鹿なのぼせあがった異世界転生者を挑発してたのよ。
アレが感情的になれば、乗っ取られた榛名って娘が動きやすくなるもの。」
「そ、そんな…。」
「仕方ないわね…こうなったら叩きのめして榛名って娘から追い出しましょう。」
ネイヤの言葉に迷う家康を見て、苦笑する。
「召喚者は、こちらで死んでも元の世界に生きて戻れるわ。
巫女としての加護の能力は喪失するでしょうけど。
このままあの馬鹿な自称女神に操られて居る方が厄介よ。
心が殺されるわ。」
「でも…。」
それでも迷う家康。
「助けたくないの?」
ビクッと震えた。
「見捨てるの?」
家康は動けなかった。
「そう…なら、私がヤルわね?
インフェルノ!」
答えを聞かずにネイヤは動いた。
練り上げた焔の魔法をネイヤは榛名に叩きつける。
急に始まった魔法合戦を、家康は呆然と見上げた。
ごうっと焔が巻き上がり、収束するように小さな球体になったあと、爆発する。
「やはり、キサマ魔王か。
裁きの雷撃!」
大きな雷がネイヤを襲う。
ひらりと避けると新たな魔法を紡ぐ。
神殿を破壊しながら、二人は戦って居る。
初めはただ呆然と眺めて居た。
だが、じわじわと家康は言い知れぬ怒りを感じていた。
理不尽な力の行使だ。
召喚もこの闘いも。
そこに、榛名さんや俺の心がどこにもなかった。
「いい加減にしろや!」
気付いたら、叫んで居た。
二人の起こした甚大な被害が、まだ可愛い位にナバリア山頂が吹っ飛んだ。
ミシミシと空間が軋む。
次元の亀裂が巻き起こって居る。
家康の身体の周りに、不思議な魔方陣が巻きついて居る。
「う、ウロボロスの庭?
嘘?家康お兄ちゃんが居る?
何で家康お兄ちゃんがあんな神話クラスの魔法を使ってんの⁈」
黒魔導師姿の奈美が、空中魔法合戦のネイヤと榛名からの被害がを避けつつ、家康を見つけて呆然と見上げた。
神々しく太陽を背に、次元魔法のレアな魔法を無詠唱で仕上げた姿に驚愕したのだ。
「あれがぶつけられたら、異世界ごとうちらも対消滅しちゃうよ…。」
「あんなに怒ってる三河っち初めて見た…どうしよう、止めないとヤバイ気がする!」
白魔導師姿の里奈も一緒に狼狽えていた。
だが、二人の心配の後に、更に何か知らない力で強引に小さくウロボロスの庭を纏めた。
「イエヤス?」
ネイヤが振り向かずに固まる。
見なくても、彼が何かしようとして居るのはわかって居た。
わから無いのは、彼が最後の封印を解いたのだと気付いたが、膨れ上がるソレは、ネイヤに微かに恐怖を覚えさせた。
それは、人の身で解いてはいけないナニカだと感じられたのだ。
「ネイヤさん、下がってください。」
家康の命令口調に、何も答えず榛名から距離を置いた。
「榛名さん、あんたの身体の持ち主なんだから、しっかりしろや!」
そう言って殴るかと思わせて。
羽のように軽く、家康は榛名の額にトンと指を触れた。
ブワッと榛名の髪の毛が逆立つと、白目を向いて榛名はばたりと倒れた。
美少女顏が台無しだから、目は閉じさせた。
「何をしたの?」
恐る恐るネイヤが聞くと、何も言わず手のひらの水晶玉のようなものを家康はネイヤに見せた。
「封じたの?あの自称女神を?」
水晶玉もどきには、女神が入って居た。
中で暴れて居るが、声は聞こえない。
少しすると、女神の姿が霞み、水晶玉もどきごと消滅した。
「封印じゃないです。
ウロボロスの庭を纏めて内側に力を向けたものを作って倒しました。」
いつもの優しい家康の行動とは乖離した、どこか過激な対応にネイヤは狼狽えた。
ゾクリとする危険を孕んだその冷ややかな瞳は、ネイヤの知らない家康だった。
「イエヤス…貴方…。」
「軽蔑しましたか?
俺は他人の心や尊厳を踏みにじる愚か者が、昔から嫌いなんです。
特に、大切な俺の仲間達迄巻き込んだこいつが許せなかった。
それだけです。」
淡々と告げるが、何処か淋しそうな家康に、一瞬キョトンとした後、満面の笑顔を浮かべて抱きついた。
「ううん、素敵!イエヤスサイコーよ!」
魔王様は、少し驚いただけで、すぐ通常運転に戻った。
やはり、人生の場数が違うからなのか。
負の感情へも特に嫌がることはなかった。
「それより、最後の封印解けたのね。
貴方、古代神の血筋?
神とのハーフ、半神みたいだわ。」
ビクッと今度は家康が反応した。
何かビンゴのようだ。
「俺の両親は人間のはずです。
…でも、幼い頃亡くなりましたから、確かめようが無いんだ。」
淋しげに笑う。
「先祖返りか、君のご両親のどちらかが神の血筋でそれを知らなかったか。
どちらにしても、覚醒おめでとう。」
柔らかな笑顔でネイヤは抱きついた。
無邪気なネイヤの言葉に、いつもの家康の気配へと戻って抱きしめ返した。
「ありがとう…ネイヤさん。」
「ち、ちょっと三河っち!
その女は誰よ!
ツーか離れなさいよ!」
「家康お兄ちゃん…不潔です!」
「長谷川姉妹?無事だったのかってえ?
ちょっと、不潔って?えぇ?!」
いきなり再会した途端、詰られて家康は混乱した。
いつもの家康に戻っていたから、双子は安心していつもの通りに接することかできた。
少しすると、響達も地球人組に合流し、やっと榛名が取り憑かれて居た事を知る。
地球ではあり得ない程、ベッタリ甘えられてデレデレになった響とマーズは、気付く事が出来なかった事にショックを受けた。
特に幼馴染の響には、潔癖な榛名からの失望が、手に取るように分かるのだ。
話の流れで、目の前の家康が気付いた事にも絶望した。
家康が、榛名に何も邪な感情が無い事は知って居る。
けれど、結構前から榛名が無意識に家康を気にかけていた。
響は榛名の変化に気付けなかったのに、家康は気付いただけで無く救ったのだ。
もう、目覚めたら、フラグが乱立していてどうしようもなかった。
勝ち目が無いのは明白だ。
「俺フラレたな。」
どんより乾いた笑いを浮かべ。
白目になる響。
しかし、この召喚事故の顛末は。
この世界の神々と地球の神々への報告が上がるだろう。
榛名は別の世界の神々の加護も有る。
それ故彼女の巫女姫な能力悪用への抗議もだが。
色々召喚誘拐でやらかしたここの取り扱いが、今後手酷くなるだろう。
馬鹿な召喚をした世界の国は、遅かれ早かれ天罰が落ちる。
異世界の者を呼ぶための手順や対応は、本来かなり手厳しい。
召喚した側の神には、本人が望む望まぬに関わらずペナルティーが必須だし。
相手の神への統価交換的なお礼も必須。
人にしろその世界ごとの生き物や無機物の管理主はその世界の神々なので、無理矢理召喚は強奪盗難したような扱いなのだ。
召喚した者の人格を無視した対応をした召喚国には天罰が落ちるシステムになっており。
それを知らないのは神格の低い神擬きや、破綻した異世界の者の思考であり。
最悪その異世界の神は神格を取り上げられ、異世界ごと粛清リセット。
地球風に言うと、ハルマゲドンで滅びます。
今回は、神擬きがやらかしたケースなので、まぁ召喚国への天罰と、召喚やらかした者達への呪いとか何か壮大で物騒な話になるらしいが。
元の世界に戻った家康達が聞かされるのは、転移後な為、全てが完了していたりするので。
音便にと思ってたとしても、対応しようもない。
そんなドタバタ騒ぎに乗じて、地球組はこの傍迷惑な異世界から地球へと転移させてもらった。
誰にって?
魔王ネイヤさんに。
勿論彼女も一緒だ。
だいぶお待たせしました。
召喚事故を収束させやっと群馬に帰還です。
さて、フラグ乱立する家康君ですが、今のところネイヤさん圧勝デスね。
さて、双子ちゃん達ですが、召喚事故に巻き込まれた後に能力が覚醒したのは女神もどきの加護では有りません。
元々の才能です。
と言う事で、今後彼女らもストレンジャー見習い扱いになります。
ぶっ倒れた榛名さんは、帰還しても意識は戻ってません。
死んで居ないのですが、長い期間乗っ取られて居た関係で精神異常を治すのに時間が掛かってます。
再登場お待ちください。
それではまた。




