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ヴェルデドラードの日常  作者: 雨根
偽りの詩
47/74

暗殺者注意報 前編

拍手小話No.35 その1

異変前

双子注意

「あんたたち……」

「あれ、こんなとこで奇遇だねぇ」

「お久しぶりです」


 ――何の変哲もないはずの挨拶が、その日波乱の幕開けとなった。




■□■□■□■□




「このっ、本っ気で鬱陶しいのよ! さっさと死んでくれない?!」

「あぁ……っ、素敵です気持ちいいです、ウィステリアさんっ! もっと!」

「こっちは気持ち悪いわ!」


 悲鳴に近い罵声と、鋭い剣戟音が、薄暗い裏通りに響き渡る。

 大都市の裏側とあって、普段から治安のいい場所ではないが、今日は輪をかけて危険地帯だった。


 男が2人、互いの得物を激しくぶつけ合う。どちらもほぼ完璧な黒ずくめだが、扱う武器と、そして何より表情が全く違っていた。

 一方は2本の短剣を手に、ひどく不愉快そうな、嫌悪の表情を浮かべ。

 もう一方は、長剣を力強く振り回しながら、自身の体に傷がつくたびに恍惚の表情を見せる。決して浅くはないはずの傷に幸せそうに顔を崩し、しかし瞬きの間にその傷が癒えていた。繰り返し、繰り返し。




「ああああっ! もうっ、いい加減にしてよっ!!」


 あまりのキリのなさと、そして気持ちの悪さが積もりに積もって、ウィステリアが叫ぶ。

 叫びながら、背後に向けて短剣を振り抜いた。


「おっと。さっすが。――ふふ、その嫌がってる顔、そそるなぁ」

「この変態共っ!!」


 振り向きざまの攻撃を上半身を反らすことで避け、その体勢でくるりと器用に身を翻したリビダが、流れるように一歩を踏み出す。あえて距離を取らなかったのは、挑発をウィステリアの耳元で囁くためだ。

 当然の追撃でようやく後ろに飛び退りながら、繰り出された相手の短剣を、自身のそれで弾く。


「……ちっ」

「俺のこともは放置ですかっ? あぁ、それもいいっ! でももっと斬りつけて……っ」


 舌打ちすらの隙と、何やら悩ましげなことを叫んだビフィダが長剣を振り下ろす。

 避ける動作は最小限。しかし、その一瞬を狙って、また兄の方が身を寄せてくる。


「く……っ」


 本気の殺し合いに、双方共に無傷ではない。だが、神官(プリースト)の回復能力を有するビフィダがいるのだ。

 キリがないように見えて、圧倒的に不利なのはウィステリアの方だった。

 そもそも3人の実力は拮抗している。2対1でこうも戦いが長引くのは、双子がその余裕ゆえに遊んでいる証拠だった。


 さすがに不味い。

 ウィステリアが内心で歯噛みした時、ふと、そこに紛れ込む、場違いなそれは。


「あ、歌」

「――っ!」


 リビダが声を上げ、ウィステリアが目を見開いた。


 そう、歌だ。

 女の声でありながら低く、しかし特有の柔らかさと、心地よさを伴って、それはこの修羅場に響き渡った。

 声の主は現れない。ただ、その歌だけが圧倒的存在感で。


(ロータス……!)


 その歌の意味にウィステリアが即座に気がついたのと同時に、彼の傷が癒え始める。更に、あらかたの傷が癒えたかと思えば曲調が代わり、力強くなった旋律がウィステリアの身体能力を目に見えて向上させた。

 吟遊詩人(バード)であるロータスは、回復以上に能力上昇のエキスパートなのだ。彼女がついたとなれば、少なくとも負けることはない。

 だが――、


(あの、馬鹿女っ)


 ウィステリアの機嫌は、更に下降の一途を辿る。

 ロータスに助けられるなど、悔しいで片付けられるものではないからだが、それ以上に。


 確かにロータスが現れて、戦況は変わった。どちらが勝ってもおかしくない状況になり、双子の余裕ぶった態度が微かに改められ。

 しかしそれは同時に、勝敗がつきにくくなったわけでもある。

 ……そして、それはつまり。


「あははっ、キリがなくなっちゃったね!」


 ビフィダの回復が追いつかず、先ほどよりも傷が増えてきたリビダが笑う。

 相変わらず疲れは見えない――悪魔の笑みで。



「先にロータスちゃん、殺っちゃおうか」




■□■□■□■□




「――って、そろそろ思う頃かしらね」

「いやー、むしろ口に出して反応見て楽しむと思うけどね」

「………………そうね」


 裏通りに面した、高い建物の屋上で、女が2人。

 柵に肘をついて、延長に延長を重ねる戦いを眺めていた。

 戦況が長引く中、当然出てくるであろう意見を読んで、ソニアがため息をつく。


「助けに……」

「私が行くよ。ソニアがあっちの味方したら、双子がキレちゃうから」


 ソニアの言葉に、リコリスが首を振った。

 いくら同じ同盟(クラン)メンバーとはいえ、双子よりも優先したとなれば、嫉妬に狂った変態たちが何をするか、想像するのも恐ろしい。

 ただ戦いを止めるだけでも、双子はそう判断しかねないのだ。斜め上だから。

 それを誰よりもよく理解しているソニアは、げんなりと肩を落とし、申し訳なさそうに呻く。


「ごめんなさいね、リコリス……」

「いいよ。ロータス呼んだの私だからね」


 ソニアが割って入れば、双子の逆鱗に触れるだろう。

 かといって、自分のパートナーが関わるのでなければ、積極的な横槍は望ましくない。暗黙の了解がある。

 ウィステリアのパートナーであるロータスに状況を知らせるのが筋だろうということで、連絡を取ったわけだ。

 助ける許可が出ればリコリスが動けたし、ロータス本人が出てきたなら、それはそれで同じ同盟メンバーを助ける口実ができる。

 リコリスがそんなことを考えていると、


「……やっぱり行く気なんですね」


 うんざり、という感情を隠しもしない声がリコリスの背にかかった。

 声の主を肩越しに振り返って、リコリスは苦笑する。


「ライカは待っててもいいよ。私だけでも平気だし」

「首に紐でもつけられたいですか」

「いや、そういう特殊な趣味は……」


 この状況が既に面倒なのだろう。不機嫌に睨みつけてくる相棒に、慌ててリコリスは首に手を当てる。

 有言実行しかねない気配に、気温が下がった気がした。


「嫌なら、無意味なことは言わないでください。不愉快です」

「……はいはい」


 肩を竦め、話を打ち切るように、リコリスは視線を戦場に戻した。




■□■□■□■□




「先にロータスちゃん、殺っちゃおうか」

「……っ」


 ウィステリアの表情が、一瞬歪む。短剣を握る手に力が入り、流れるようだった動きがほんの僅か強張った。

 それを見て、悪魔の嘲笑は高らかに。


「いいね、動揺して可っ愛~い。ロータスちゃん、大事なんだね」

「っ、うるさい!! 誰が、あんな男女……!」

「そう? じゃあ、僕がもらっちゃおうかな。ソニアの次くらいに可愛がって――殺してあげる」


 一度火のついた双子は、特に兄は見境がない。結果など何一つ考えず、ただ己の快楽を追求するのみ。

 最愛の(はずの)パートナーの友人を、容赦なく殺害すると告げ、大きく後退したリビダは弟の背を勢いよく叩いた。


「あっ」

「じゃ、ここよろしく」


 嬉しそうな声を上げたビフィダに、ウインクひとつ。

 背を向け、今にもロータスの元へ向かおうとするリビダに、ウィステリアが短剣を振りかぶる。


「待ちなさいよっ」


 しかしその切っ先は、体を割り込ませたビフィダの頬を抉り、本命の背には届かず。

 首だけ振り向いたリビダは、ウィステリアを見て唇を歪めた。


「……いい顔」

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