怖い夢の後には
拍手小話No.48
ちょっと大人な雰囲気注意
小さな声を拾って、ソニアの意識が浮上した。
重い瞼を持ち上げれば、そこは宵闇。カーテンの閉まっていない窓から、月の光が室内を薄く照らしている。
本来ならば、まだまだ寝ている時間。
特に昨夜は例によって無理をさせられて(何の、とは言いたくない)、体は倦怠感に包まれている。
けれども、ソニアは意思の力で睡眠の誘惑を振り切った。
「……う」
そうして再び聴こえた声に、ソニアはそろりと視線を上へと流す。
そこには、しっかりと彼女の体をその長い腕に抱き込んで眠るリビダの顔が、すぐ目の前にあった。
今、彼女の隣にいるのは1人だけ。
いつも近くにいるはずの片割れは、定期的な所用のため不在である。
こうして弟に気兼ねする必要のない夜はいつも、リビダはソニアを抱きしめて離さない。
「……リビダ?」
起こすつもりのない、静かで密やかな呼びかけに、リビダは反応しない。
普段ならばすぐにその目を開き、いつも通りの意地悪な笑みを浮かべるはずのその顔は、らしくもなく顰められている。
きつく眉を寄せて、額には汗。ソニアが頬を寄せている、裸の胸から聴こえる音は、いつもの余裕はどこへと思うほど早い。
薄く開いた形のいい唇から零れるのは小さな呻き声と、それから……ソニアの名前だった。
ああ、本当にらしくない。
ソニアはため息をつく。
「リビダ。起きなさい」
本音では絶対に起こしたくなどないが、放っておくことと天秤にかけると、どちらに傾くか。迷うことはなかった。
起こした後でどんな目に遭うか、分かっていても、である。
ただでさえ気だるい体を無理やり動かし、ソニアはリビダの頬に触れた。
遠慮なく起こすつもりの動きに、ようやくリビダの長い睫毛が震え、ぼんやりとした新緑の瞳が現れる。
「…………ソニ、ア?」
ソニアを映すそれは虚ろで、声には戸惑いがあって。
ため息などでは足りない。舌打ちしたい気分で、ソニアは上半身を起こした。
半ば覆い被さるようにしていた男の肩を押し、シーツに沈めてから、見上げてくる瞳を覗きこむ。
「リビダ、ワタクシはここにいるわ」
両手でリビダの頬を包み、告げる言葉は一切の不安を切り捨てるかのように、強く、強く。
実は、こうしてリビダが夜中に魘されるのは初めてではない。否、リビダだけでなく、ビフィダもそうだ。
それは今のように1人だけの時のこともあれば、2人が揃っている時もある。頻度はそう高くないから、両方同時に、ということはまだないが。
初めて目にした時は、それこそ眠気が吹き飛ぶほど驚いたものだが、今はただただ苦々しい。
だって、彼らはソニアを呼ぶのだ。魘されながら、泣きそうな声で。
それだけで、どんな夢を見ているのか、想像がついてしまう。
(悔しい……)
自分は戻ってきたのに。ここにいるのに。
それなのに、彼らの悪夢を消し去ることができないでいる。
日頃の行いが行いだけに、いつも元気でいてほしいとは口が裂けても言えないが、それでも苦しんでほしくなどない。
どうしようもなく厄介で、最低な相手、なのに。
「ワタクシを見なさい、リビダ」
こっちを見て。
気づいて。
お願い。
居丈高に命じながら、乞い願う。
してやれることはあまりにも少なくて、ただ祈るように触れるしかできない。それが悔しい。
繰り返し名を呼んで、命令して。
やがてリビダの目に光が戻ってきたのを確認してから、ソニアはそこに唇を寄せた。
瞼に、額に、頬に。最後は唇に。
ひたすらに優しい口づけは、途中小さなリップ音を伴って何度か途切れながら、長く続いていく。
珍しいソニアからの口づけに固まっていたリビダが、その腕を彼女の背に回してくるまで。




