想像だけで熱帯夜
拍手小話No.32
「ああああぁぁぁぁ~……」
「ちょっと、動かないでくれます? 首ごと刈られたいんですか?」
「ひぃいいい……」
椅子に縛り付けられ、その上に白い布を被されたファーが、それでも小刻みに震えるのを、その後ろに立ったライカリスが睨めつける。
その手には彼愛用の短剣――ではなく櫛と鋏が握られているのだが、それでもファーとしてはさぞ生きた心地がしないのだろう。
何をしているのかといえば、単なる散髪である。
生えそろうたびに毟られるファーの髪を、ライカリスが実に嫌そうに切り揃える。
例の牛事件以来、定期的に見られる光景だった。
そして、顔面蒼白のファーと、随分手際よくその髪を切っているライカリスを、対岸の火事とばかりに野次馬しているチェスナットとウィロウが意外そうに眺めている。
「大丈夫だぜ、ファー。まだ首は繋がってるからな!」
「うるさい」
「ひっ」
音もなく飛んだナイフが足元に突き刺さり、チェスナットが飛び上がる。
「……次は、チェスナットさん。その鬱陶しい頭を何とかしますから」
「ひぃっ?!」
全く対岸の火事でなくなったところで、ふとウィロウが首を傾げた。
「つーか、ライカリスさん。髪切るの上手いっすね」
それは感心した響きの言葉だった。
純粋に、他意なく。
しかし、ライカリスの動きを止めたのも、その言葉だった。
「……ど、どうしたんすか?」
何か言ってはいけないことだったのか。
ウィロウの足が、じり、と逃げ道を求める。
だが、3人の恐怖を余所に、ライカリスは舌打ちひとつで、何事もなかったかのように散髪を再開した。
そうしておいて、ポツリと。
「……別に。昔、兄の髪を切っていたので、慣れているだけですよ」
そう、いかにも面倒くさそうに、それでも返答を口にしたのだから、以前とはやはり何かが違うのだ。
それを敏感に感じ取り、ウィロウはどこまで踏み込めるかを模索する。
重ねて問うてよいものか、適度な相槌の後、黙すべきか。
……という仲間の配慮など、真の勇者には関係がなかった。
「えっ? ライカリスさん、お兄さんがいたんすか? どんな人っすか?」
チェスナットが興味津々で声を上げ、ライカリスの顔に露骨に「うぜぇ」と書かれ。
仲間のこの遠慮のなさを、羨ましいとは思うまいと、ウィロウは心に決める。
一方、興味を持たれたライカリスは、長い長いため息をついた。
「……どんな………………むさ苦しくて、むさ苦しくて…………………………むさ苦しい人です」
どんだけむさ苦しい人なのか。
微妙な空気に更にため息を重ね、
「……カリステモンさんを覚えていますか?」
疑問のような確認を投げかけた。
覚えているも何も、とウィロウは思う。
「え、そりゃ……あんな強烈なの忘れられないっす」
「あのカリステモンさんからナルシストと口の軽さを抜いて、暑苦しさと涙脆さと筋肉を足したら兄になります」
『…………うへぇ』
想像し、そのあまりのむさ苦しさに、ウィロウはおろか、チェスナットまでも閉口し。
そしてファーですら、束の間恐怖を忘れることとなった。




