狙いを定めて
拍手小話No.29
……耳元で不快な音がした。
「…………」
夏の夜、布団で横になっていると不意に聞こえてくる高い音といえば――奴だ。
リコリスは酷く不機嫌な表情で上半身を起こした。
倒すまで眠れない。戦争の時間だ。
(蚊取り線香とっとけばよかったなぁ、もう)
以前の夏のイベントで期間限定配布された蚊取り線香は、虫系のモンスターを退けるアイテムだった。
思いの外使い勝手が良かったこともあって、使い切ってしまった。
それが今悔やまれる。心から。
よく眠っている相棒に申し訳ないと思いつつも、明かりをつけて周囲を見回す。
白い壁紙に一点の違和感を探して。視線を右へ左へ。上へ下へ。耳を澄ませて。
(くっ……)
手強い敵だ。
空振りした手を虚しく握りしめて、リコリスは唇を噛む。
寄ってきたところを捕らえようとするも、ひらりと避けられ、ふらふらと高いところに飛び去っていく。
天井近くに行かれると、リコリスには手が届かないのだ。
どれくらいそうしていただろう。
眠気も手伝って、イライラを順調に募らせながら――、
(いた! ……今度こそ)
しかし、チャンスはやってきた。
手の届く高さの壁に落ち着いた蚊を睨みつけ、リコリスがにじり寄る。
逃げられないようにじっくりと手を構えて。
狙いを定めたら、一息に。
「――あぁっ」
何てことだ。
憎き敵は、またしても指の下をくぐり抜けてしまった。
延長戦か……、とリコリスがため息をついた時。
――ダンッ
「!」
鈍い音共に、黒い短剣が目の前の壁に突き立った。
刺さった余韻で僅かに震える短剣の先は壁の中に入ってしまっていて見えない。
けれど、これがここに刺さったということは……。
「……」
そろりと振り返れば、先ほどまで枕に突っ伏していたはずのライカリスが、顔だけ上げてこちらを見ていた。
目が合うと、彼は気怠げに前髪を掻き上げる。その口元には苦笑い。
「声をかけてくれればよかったのに」
結局起こしてしまったのか。
リコリスは申し訳なさに眉尻を下げた。
「ごめん。起こしちゃって」
ベッドを降りた相棒は、その言葉に首を振る。
リコリスの隣に来て短剣を引き抜いて、
「起きてましたよ」
一言告げてから、切っ先にふっと息を吹きかけた。
「え?」
「起きてました。だから、声をかけてくれたらよかったんです」
訝しげに見上げた先、若干眠そうな気配はあるものの、しっかり覚醒している瞳が、悪戯っぽく瞬いた。
「必死なのが可愛くて……つい」
眺めていたと。
盛大に顔を引き攣らせたリコリスに、ライカリスは苦笑しながら「すみません」と言った。
「まぁ、その……とりあえず寝ましょうか」
「むぅ」
「はい、布団に戻りますよ」
ふくれっ面で唸るリコリスを、ライカリスが抱え上げた。
「……」
ベッドまで数歩の距離なのに、甘やかしてくれるから……、
――復讐への足がかりになる。
今度の狙いは、下ろされた長い髪の間に見える、耳。
リコリスはそこに顔を寄せ、迷わず歯を立てた。
「ぃ……っ?!」
「仕返しだよ!」
意地悪には意地悪を。
緩んだ腕からベッド目掛けて飛び降りてから、振り返ったリコリスが目を細めて笑う。
耳を押さえて固まっていたライカリスの顔が、真っ赤に染まった。




