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ヴェルデドラードの日常  作者: 雨根
本編幕間
17/74

幼女は見た

拍手小話No.49

本編92話直後のデイジー目線

 薄闇の中、デイジーはそろりと瞼を持ち上げる。

 それから体の欲求に従って目を閉じかけ、またゆっくりと開いて。

 もう何度それを繰り返しただろう。

 多少の夜更かしなど慣れっこだったはずの彼は今、諸々の精神疲労のためか、はたまた幼子の体故か、抗い難い睡魔に襲われている。

 場所もよくない。

 今デイジーがいるのは、例の2つ仲良く並べられたベッドの片方。柔らかなシーツの上に身を横たえていては、寝ろと言っているようなものである。

 家主であるリコリスも就寝を勧めてきたし、別に寝てしまっても咎める者はいないわけだが、それでもデイジーは意地で意識を保っていた。

 彼には、確かめたいことがあったのだ。


 薄目を開けて見つめる先、テーブルには赤い髪の女が突っ伏している。

 客であるデイジーを先に寝かしつけたリコリスが、相棒を待つのだと言って、結局テーブルで寝落ちしたのだ。

 部屋の隅に佇む妖精は主の意思に従い、リコリスをベッドに運ぶようなことはしない。デイジーにもできない。何と言っても幼女だから。

 まあ、それはいい。あの狂犬が帰ってきたら、リコリスは無事ベッドに収まるだろう。

 問題は、その狂犬のことだった。


(どういうつもりなんだかな、あの野郎)


 デイジーは、ちょっとばかり苛々しながら、記憶を遡る。

 あの酒場でのこと。もっと言えば、彼が指輪について言及した時。

 あの男は、確かにデイジーたちに意識を向けていた。

 デイジーもまた、ライラックが酒を口に含み、静かになる瞬間を狙って発言した。

 つまり、デイジーたちの会話は聞こえていたはずなのだ。

 なのに、あの男は聞こえていないフリをした。


 一緒に飲んでいた相手も悪かった。

 (中身は年下でも)兄貴分であるカンファーは、空気の読める男だ。ライカリスがデイジーの発言をスルーしたのを見るや、触れてほしくないのだといち早く察して、話を合わせてしまった。

 いい男だと思うが、今回はデイジーにとって間が悪い。

 せっかくデイジーが、最高のタイミングで一手を投じたというのに。


(何なんだかなぁ、アレは)


 男がこの手の話題を前に決定打を避けるのは、照れているか、都合の悪いことを隠しているか、遊びの関係であることを女に知られたくないか……あるいは逆に、本気だからこそ慎重になっているか。大体そんなところだ。

 照れているというのはないなと思う。どう見てもそんな反応ではなかった。

 慎重に……というのも違う気がする。

 リコリスの気持ちなど見ていれば丸分かりだし、あの指輪まで嵌めてもう逃げられる心配もないようなもの。その上慎重にと言われても、何を慎重にするのか理解できない。そんなのは据え膳に手を出せないヘタレの極みである。

 散々同衾しておいて手を出していない時点でお察しな気もしたが、見ていて苛々するでは済まなくなりそうなので、この線はないと思いたい。


(……つっても、遊びにも見えなかったし。てことは、何か隠してやがるか)


 あの男がリコリスを弄ぶとも思えない。

 そもそもそんなキャラではなかったはずだし、こちらに来てから見た短いやり取りですら、それが分かった。

 あの男は、それはもうリコリスを大事にしているのだ。冗談でなく痒くなるくらいに。

 いくらなんでも、あれで遊びということはないはずだ。


(つーか、そうだったら許さねぇわ)


 リコリスは大切な友人だ。

 画面越しとはいえ、短くない付き合いがある。

 リコリスの話では、今は忘れているだけで、こちらの世界でもゲーム中と変わらぬ関係を築いていて、デイジーもおそらくそれは本当だろうと考えていた。

 だから、もしあの男がリコリスを傷つけるなら、デイジーはあの男を締めなければいけなくなる。

 スキルや体の使い方に慣れさえすれば、デイジーにはそれだけの力があるし、訳を話せばソニアも絶対に協力してくれるだろう。デイジーとソニアが揃えば、たかが狂犬の1匹や2匹、大した敵ではない。

 ただそれをするとリコリスを余計に悲しませてしまうので、やはり遊びなどであってもらっては困るのだ。


 ……で、そうなると何か隠しているという線が濃厚だ。

 まあ、その辺りはデイジーの予想というか想像なわけで、確定ではない。

 だからデイジーは今、死にそうな眠気に耐えている。

 あの男が帰ってきて、眠っているリコリスにどんな態度を取るのか。そこにきっと見えるはずの本心を、見極めてやるために。


(だからとっとと帰ってこいっての! ギリギリなんだよ! 頼むよ、マジで!)


 幼女の体に、どれだけ鞭打たせれば気が済むのか。

 本当にギリギリのラインで踏みとどまって、時刻は午前3時を回ってしまった。

 まさか、今夜は帰ってこないのだろうか。

 あの過保護っぷりからして、絶対、どれだけ遅くなっても帰宅すると思っていたのに。だから、ここまで頑張っていたのに。

 やる気が空回って悲しくなり、もう諦めて寝てしまおうと、不貞寝の態勢に入る……その直前。


「!!」


 デイジーは、はっと目を開けた。

 彼の耳が、ほんの微かな物音を拾い上げたのだ。

 リコリスの妖精が落ち着き払っているから、不審者ではない。

 ならば、こんな時間にこの家のドアノブを捻るのは。


(キタキタキターッ)


 ややあって、扉が音もなく開き、影がするりと中に滑り込んできた。

 ランプの光に照らされ、薄闇に赤い髪が揺れる。

 それは間違いなく、デイジーが待ち望んだ相手だった。


 幼女の体になってよかったと思うのは、視力が非常に上がったことだ。元は眼鏡を手放せないほど目が悪かったのに、今は本当に視界がクリアだった。

 テーブルの小さなランプが部屋を薄く照らしているのもあって、寝たフリをしながらの覗き見には完璧なシチュエーション。

 それを証明するように、ライカリスの動きだけでなく表情までもがよく見えて、デイジーの平たい胸が高鳴る。

 眠気など、既に彼方に吹っ飛んでしまった。


 部屋に入ってきたライカリスは、すぐにテーブルのリコリスに気がついた。というか、リコリスしか見ていなかった。

 軽く目を見張り、それから僅かに顔を顰めると、扉の横に立っていた妖精に頷いてみせた。

 妖精が頷き返し、入れ替わりに外へと向かうのを背後に、ライカリスがリコリスに歩み寄る。怖くなるくらいに、足音も気配もない。


「……リコさん?」


 テーブルに伏したリコリスの背にそっと手を添え、呼びかけた声は密やか。起こすためでなく、起きているかを確認するためのものだ。

 案の定、リコリスからの反応はなく、ライカリスはため息をついてランプの灯りを消し、リコリスを抱え上げた。


「……もっと早く帰るべきでしたね」


 すみません、と。

 リコリスがテーブルの所にいたのを見て、自分を待っていたことを察したのだろう。

 小さな小さな声が、吐息に混じって聞こえた。

 灯りが消され、すぐには暗闇に慣れない目の代わりに、耳が拾ったその声は。


(え、待って。声、超優しいんだけど)


 リコリスに対しては異常に優しいとは思っていたが、今のはそれ以上だ。リコリスしかいないと、ここまで違うのか。

 デイジーの知る、超絶性格の悪い狂犬はどこへ行った。

 というか、ライカリスの気持ちなどもう確認するまでもないのでは。


(……つーか、結構普通に見えるな)


 これ以降は音声のみのお楽しみかと思いきや、窓からの月明かりのおかげか、溢れる若さのおかげか、デイジーの目は意外と早く暗さに慣れてくれた。

 むしろ、薄目が分かりにくくなって、覗きに有利になったかもしれない。

 小柄とはいえ人を1人抱えて、欠片の不安定さも見せないライカリスがベッドに近づいてくるのが分かる。


 わくわくするデイジーを余所に、まるで宝物か何かのように運ばれたリコリスが、並んだベッドの上、壁際にいるデイジーの隣にゆっくりと横たえられ、次いで上掛けが被される。

 その動作の全てを丁寧に丁寧に、それはもう殊更丁寧にやってのけたライカリスは、リコリスから手を離すと、ベッドの端に腰かけた。

 髪を束ねていた紐を解き、シャツのボタンをいくつか外すと、やたらと自然にリコリスの隣に滑り込む。


(あ、当たり前に一緒に寝るのな……やっぱこいつら、距離感おかしいだろ)


 もうそろそろお腹いっぱいのデイジーだが、ここまできたら最後まで見てしまおうと、腹を括る。

 今更寝たフリをしてみても、どうせ気になってしまうのだから。怖いもの見たさというやつは、全くもって厄介だ。


「んん……?」


 間近に収まった気配を感じとったのか、リコリスが僅かに声を上げ、ライカリス側にあった左手を宙に彷徨わせた。

 何かを探すようなその動きに、ライカリスが柔らかい笑みを浮かべる。

 そうして何とも幸せそうに微笑んだまま、細い手を流れるように掬って自らの口元に引き寄せると、薬指の例の指輪に静かに唇を寄せた。


(気障かよ! これだからイケメンはっ)


 こんな阿呆みたいなやり取りが様になるなんて、イケメン怖い。あと無性に腹立たしい。

 一部始終を間近で目撃してしまったデイジーは、状況がでなければ枕をぶん投げているところだと、心の中で唸る。

 しかし、デイジーが脳内でこれでもかと悪態をつき、何かの衝動と戦っている間にも、ライカリスは慣れた様子でリコリスの額にキスをして、そのまま彼女を抱き込んだ。

 目は閉じられてはいなくて、どうやらもうしばらくリコリスの寝顔を眺めるつもりらしい。


 草木も眠るこの時間、闇に差す月明かりに、薄らと照らされるベッド。

 酒場でシャワーでも浴びてきたのか、長めの髪をしっとりと濡らし、服は緩く着崩したイケメンが、無防備に眠る美少女を腕の中に囲う。

 見てはいけないものを見ている気分にさせる光景だ。

 これから何か始まりますと言われても、デイジーは多分驚かない。……始まっても困るけど。


(いや、えー? ……リコリス気づかねぇの? そんな感じじゃねぇとかないだろコレ、完全にそんな感じなんだけど。つーか、ライカリスもリコリスが起きてる時にやれや。ヘタレか)


 今のこの、居たたまれなくなるほどの色気を、普段のライカリスはどれだけ上手く隠しているというのだろう。

 リコリスが起きている時にこの一面を見せれば、何もかもが解決の運びになるはずなのに、そうしないのは何故か。

 リコリスが、ああも頑なに恋愛感情ではないと言い切るほどに、隠されているとなると。


(やっぱ何かあるな……んー、何だ?)


 何か、それなりの理由がないとおかしい。

 では、その理由とは。

 これだけリコリスにベタ甘で大事にしているライカリスが、そのリコリスの気持ちを後回しにしてまで、その手の話題から遠ざかるのは何故なのか。

 覗き見をやめて目を閉じると、すぐさま襲ってきた睡魔に浚われかけた意識の片隅で、一抹の不安が新たに頭をもたげる。


(………………まさか、こいつ……勃たねぇんじゃ……)


 リコリスには散々あんなことを言っておいて何だが、まさかのまさかで機能不全だったらどうしよう。

 デイジーは経験がないが、反応しなくなるだけで性欲がなくなるわけではないと聞くし、だからこうしてリコリスを抱きしめるだけで終わっているとか。


(いや、でもそうだとしたら色々納得だし…………あー、そうかぁ。そういうことかー)


 そうだとすると、カウンセラーでも何でもないデイジーには、とてもではないが手が出せない。デリケートすぎる。

 ライカリスの気持ちは確かめられたし、もう十分だ。

 友人としてリコリス寄りだった心の天秤が、同情からライカリスに傾いていくのを感じながら、デイジーはこの一件から手を引こうと決めた。

 後はもう、リコリスとライカリスの努力次第なのだから。

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