非日常に潜む罠
拍手小話No.37
本編64話ライカ視点
「お待たせー! ごめんね、準備任せちゃって」
「あぁ、リコさん……」
そんな明るい声が響き、ライカリスはリコリスたちが戻ってきたことを知る。
普段のリコリスの趣味からして、さほど露出の大きな水着を選ぶことはないだろうが、それでも水着は水着。できれば控えめなものであってほしい。
そんな願いと、微かな不安を覚えながらも、彼は振り返った。
そうして、見たリコリスは、
「っ?!」
普段の趣味からは程遠い、可愛らしいが露出の多いビキニタイプの水着を着ていた。
まさかこんな水着を選んでくるとは思わず、完全な不意打ちに、リコリスから目が離せなくなる。
普段は表に出ることのない滑らかな肩のラインや、ジェンシャンが以前言っていた小さすぎず形のいい胸と、際立って細い腰、紺のショートパンツからすらりと伸びた足。
それらを勝手に視線が辿り、呼吸を忘れそうにすらなって。
――背後の物音で我に返った。
咄嗟に振り返れば、チェスナットたちは皆、砂に頭を突っ込むなり、シートに巻かれるなりして、自衛に走ったようだった。
彼らはリコリスの水着姿を見ただろうか。
それとも、目にする前にこれなのだろうか。
判断がつかなかったが、殺意を覚えるよりも先に、やらねばならないことがある。
「……えぇと」
戸惑うリコリスに大股に歩み寄れば、微かに怯えの気配があった。
「ラ、ライカ?」
「……」
だがそれにも今は構わず答えず、ライカリスは着ていた白いパーカーを脱ぐ。
それをそのまま、何事かと目を丸くするリコリスの肩にかけた。
「え?」
そうして前をしっかりと合わせてしまえば、2人の体格差から、パーカーはすっぽりとリコリスの太股までを覆ってしまう。
何とか大部分は隠せたことに安堵し、しかし当のリコリスが肩を落とした。
パーカーを確認し、ライカリスを見上げた彼女は、悲しげに眉尻を下げる。
「……そんなに変だった?」
まさかそんなことを聞かれるとは思わなかった。
そうではない。そんなはずがない。
思いもよらない言葉に、ライカリスは慌てて首を振る。
「いえ! そ、そうではなく」
咄嗟に否定して、それで何を言えばいい。
確かに自分の行動は、リコリスからすれば勘違いしてもおかしくなかったかもしれない。
けれど実際には、こんなにも――。
(言って、いいのか……?)
変に思われたりはしないだろうか。もし軽蔑されでもしたら。
そんな躊躇いは、結局は目の前の泣きそうにも見える瞳に負けるのだ。もとより勝ち目などない。
ライカリスは自身を落ち着かせるために一度大きく息を吐いて、ひたとリコリスを見つめた。
「……とても可愛いです」
「!」
それから、何と続けようか。
言葉を探す間に、ぽかんとして固まるリコリスの三つ編みに手を伸ばす。
ただ黙って彼女を見ていたら、何か言うより先に行動してしまいそうだったから。せめて、と髪に触れ、衝動を押し殺してそれを弄ぶ。
三つ編みの先が、さらさらと指先を擽った。
「可愛いですよ」
心からの言葉を、もう一度繰り返して。
「でも……だから、見せたくない、と言ったら――」
続けたこれも、紛れもなく本音だった。
できることなら、今この場から浚って、隠してしまいたい。
後ろにいる彼らだけでなく、誰の目にも触れないように。
――自分だけの、ものに。
「え、えっ……」
そんな思いを込めて目を逸らさずにいると、リコリスの顔が赤く色づいてくる。
ライカリスを見つめる緑の目は零れ落ちそうに見開かれ、頬だけでなく耳から首までが薄紅に染まる。
何かを言おうとして、唇が開閉する。その動きすら、今はライカリスを煽るようで。
(あぁ、まずい)
流されてしまいそうな己を自覚する。
それでどうにか思い留まり、無理矢理に代わりの言葉を探した。
「そもそも何故この水着なんです? あなたの趣味ではないでしょう。他の水着では駄目なのですか?」
情けない自分のために、リコリスを責めるような言葉を吐いたことにまた情けなくなるが、これもまた本音だった。
できれば着替えてくれないだろうか。
そんな希望を言外に告げるが、対するリコリスは申し訳なさそうに肩を落とす。
「それは、その。どうしようもない事情っていうか、……蝙蝠様がね」
最後まで言われずとも、それで全てを理解した。
掲げられた手提げ蝙蝠が不敵に笑う、それだけで十分だ。
(嫌がらせか……!)
無理をしなくてもいいと言ったくせに。
目の前の笑みに向かって、ライカリスは呪いの叫びを上げた。
……もちろん、心の中で。




