第1話 「弟子 はじめました」③
ブリジットが連れて行かれたのはニーロの自室の隣にある小部屋だった。いつも扉がしまっていたため、その奥に何があるのかブリジットは知らない。
どきどきしながらニーロに続いて室内に入れば、部屋の奥にある机と、その上の水晶がまず目に入る。続いて、入り口と対面の壁にかけられた五枚の鏡、そして扉を入ってすぐの場所に置かれた椅子を認識した。どうやらこの部屋は、この椅子に座り正面の鏡や水晶と相対するように作られているようだ。
「そこに立っていなさい」
指示され、ブリジットは椅子の斜め後ろに直立になる。そんなに固くならなくて大丈夫ですよ~と気軽に話すファーラは、椅子を挟んだ反対側に立った。ふたりがしっかり自分の位置につくと、ニーロはそれを見回す。
「ファーラはさすがにもう気付いているようだが、今から他の魔女たちにブリジットの事を紹介する」
告げられた言葉に、ファーラは「わー」と賑やかすような声を上げ、ブリジットは「えぇっ!?」と衝撃の声を上げる。
「えっ、えっ、こ、ここに他の魔女様たちが来るんですか?」
きょろきょろと周囲を見回すブリジットに、説明を補足したのはファーラだった。
「いえいえ。今から行われるのは魔女会義と呼ばれる魔女様たちの話し合いなのですが、それは部屋の奥にある魔道具を使って行われます。水晶は『伝達の水晶』という魔道具で、遠く離れた者同士が会話出来るようになるものです。鏡は『映し身の鏡』という魔道具で、同じ鏡を持つ者同士の姿を写すことが出来るのです」
説明の最中、ファーラの小さい指先はまず鏡に、続いて水晶に向けられる。
「水晶にも映りますが、何分小さいので多人数で話し合うのには向いてません。なので、鏡とリンクさせて使うのです。ちなみに、うちは狭いから五枚だけですが、広い魔女様のお宅だと魔女の枚数分鏡がある所もあるんですよ」
もう一度鏡を示され、ブリジットもそちらに視線を向けた。
魔女は確か50人いるのではなかっただろうか。自分の分を引いても49枚。それだけの鏡が並んでいる様を想像して、ブリジットは頬を引きつらせる。
「さて、そろそろ約束の時間だ。いいかブリジット? 名前と心がけることを話しておけば十分だから、あまり気負わなくていい」
「はっ、はい!」
まだ心の準備が出来ていないが、時間が迫っている、と言われては待ってくださいとも言えない。どくどくと鳴り続ける心臓を服の上から押さえるブリジットの表情は、緊張で強張っている。
ファーラは「最初から予定してたなら早く言ってあげればよかったのに」、と父の連絡不足に呆れた。待望の初弟子のために、ファーラは後でその辺りの教育をしっかり父にすることを決める。
「ではつなげるぞ」
椅子に座ったまま水晶に手を差し出すと、水晶にぼんやりとした光が灯った。昼からの修行の成果か、僅かながらニーロの手から魔力が放出されたのが感じ取れた自分に気付き、ブリジットは少しだけ緊張を忘れる。
水晶の内部で光がぐるぐると回ると、応じて鏡にも影が生じた。ファーラがこっそりと「枚数が少ない時は映像を選別してしまうので喋るまで映らないのです」と教えてくる。
ややあって、鏡に何人かの女性たちが映し出された。同時に、水晶の上に「20」という数字が浮かび上がる。ファーラ曰く、参加している人数らしい。
「急な召集にも関わらず集まってくれたことを感謝します」
ニーロが丁寧に頭を下げると、中央の鏡に映っていた、花が付いた白いフードを被っている金髪の女性が黄金に輝く双眸を細めた。
『構いませんよニーロ、あなたが召集をかける時はいつも大事な話がある時ですからね』
後ろでやり取りを聞いているブリジットははてと内心で首を傾げる。敬語ではあるが、まるで目上の者のような口振りに聞こえる。しかも、ニーロのことは呼び捨てだ。見たところ30代前半から半ばほどにしか見えないのだが、もしかして魔力至上主義者のひとりで、魔力がとても強いのかもしれない。何せ能力は見た目では分からないのだから。
(……それにしてもお綺麗な方)
そんな状況でないにも関わらず、ブリジットは思わずその女性に見とれてしまう。それほどまでに、精巧な容姿をしていた。
『それで、今日の用件は後ろのお嬢さんなのかしら?』
次に話し出したのは黒に近い銀色のストレートロングヘアーの女性だ。クールな眼差しも髪と同じ色をしている。と、そこまで彼女を観察してからブリジットは遅れて自分が相手側から見えていることを自覚した。咄嗟に背筋を伸ばすと、水晶の向こうから何人かの「そんなに緊張しなくていいよ」の声が聞こえてくる。
「ああ、彼女のことだ。実は」
ニーロが紹介に移ろうとするが、それに先んじて水晶の向こうの面々が喋りだした。一斉に喋っているせいか選別が追いつかず鏡は影を映している。
『また魔女裁判の被害者なのね』
『今月多すぎないか? もうその子で三人目だろ』
『何でも最近王都とか副都の教会の執行部隊があちこちに遠征 してるんですって。そいつらと、あとは多分その煽りで各地の教会が点数稼ぎしてるんでしょ』
『迷惑な話ですわ~』
『でー、その子の引き取り先よね? 前回に引き続きで悪いけど、うち今引き取れる余裕ないのよね』
『うちも』
『あたしは平気だよ』
『私も大丈夫です』
次から次へと差し出される「うちで引き取るよ」の声に、ブリジットは慌ててニーロに視線を向けた。「私他の魔女の元に送られるんですか」と悲壮な顔をするブリジットを軽く見上げてから、ニーロは少し大きめに咳をする。魔女たちの会話が少し間をおいて止まると、改めて口を開いた。
「今回は引き取り先を探しているんじゃない」
聞き逃しがないように、とでも考えているのか、ニーロははっきりかつゆっくりと言葉を紡ぐ。水晶の向こうでは何人かが気付いたのか「まさか」とそわそわした声をあげていた。その予測は、すぐに答えが示される。
「この娘、ブリジットを私の弟子として迎え入れることにした。今日は、その紹介だ」
言いきられると、溢れていた声が一気に凪いだ。だがそれも束の間。次の瞬間、爆発するような驚きの声と歓喜の声、そして非難の声が一気に溢れ出てくる。小部屋にいるため音がよく反響し、女性の高い声というのも助け耳が痛いほどだったが、さすがに失礼なので耳は塞げなかった。
『えええええっ、嘘ついに? ついに弟子取るの? やったじゃん!』
『よかったー、私ニーロ様魔女を継承しないつもりなのかとばっかり思ってました』
『馬鹿ね、そんなわけないでしょ。こんなに魔女のこと真剣に考えてる方なのに』
『まあまあまあ、ついに弟子を取るのね! お祝いしなくちゃ』
そんな比較的良い声が聞こえてくる反面、
『ちょっと、あんたが弟子? 本気で言ってるの? どうせ育てられやしないんだから他の魔女の弟子に継がせなさいよ』
『切羽詰って無理やり言うこと聞かせてんじゃないの~? 魔法にかけてないか調べさせた方がいいんじゃない』
『魔女狩りの恐怖よりマシとでも思わせるように騙してるんじゃないのか? まったく、やり方が姑息だな』
――そんな、批判的な声も聞こえてくる。
そのまま当然のように、ニーロに対して好意的な面々と批判的な面々が音声越しに喧嘩を始めた。当の本人は沈黙を貫き、黙っているように見えるファーラは小声で好意的な面々を応援している。
しばらく続くかと思われたその喧騒は、しかし唐突に止まった。
そのきっかけとなったのは、ドンッ、という大きな音。まるで固いものを殴りつけるか蹴りつけるかでもしたかのような音は、小さな部屋を反響し、増幅して姦しく騒ぎ立てる魔女たちの言葉を封じる。
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