第18話 「許されざる〝魔女〟」⑤
珍しく師まで焦っている姿を見て、ブリジットは驚きすぎて二の句が継げない。
「何よ体調って。魔力を動かすのと何か関係あるの?」
あれが魔力を動かすってことなのね、とひとり呑気に感心していたルネッタが、少し表情を引きつらせながら問いかけあちこちに視線を投げる。
すぐに説明しようとしたレナだが、衝撃が強すぎたのか中々言葉が出てこない。そんな中、最初に落ち着いたニーロが長めの息を吐きだしてから口を開いた。
「いや、焦りすぎたな。今こうして話しているなら大丈夫だろう。……教えていなかった私の落ち度だが、ブリジット、人の魔力を動かすというのは、やり方を間違えれば命を落としかねない危険な行為だ。特に、相手がルネッタのように魔力が強い者であれば」
え、とブリジットとルネッタの声が揃う。そんな彼女たちへの説明を引き継いだのは、追って冷静になったファーラだ。
「ええと、魔力が感知出来ない相手の魔力を揺らして知覚を促す、というのは、昔から魔女様達や弟子達の間で行われてきた行為です。ただしこれには条件があって、必ず動かす側の魔力の方が上でなくてはいけません」
初めて聞く話に、ブリジットは目を見開き、ルネッタはレナを振り仰ぐ。視線に気付いたレナはこくりと頷いた。そんなやり取りの横で、ファーラは説明を続ける。
「これが何故かというと、魔力を動かす時、動かした側は自分の魔力を相手に流して、相手の魔力にぶつけているのですが、相手の魔力の方が大きいと、この反発が非常に大きくなるのです。この反発が強いほど、衝撃となって動かした側に戻ってきます。ちなみに、ルネッタはお師匠様である研究の魔女様が一回一応軽く試したけど失敗した、という履歴があるはずです」
ファーラが説明しながらレナに視線を向けると、レナは再び頷いた。
「ええ、やっていたわ。ただ、あまりにも魔力差が大きくて本格的に行ったら危険、と判断されてその後は師匠も手を出さなくなったの。動かせないのならこのままの方がルネッタも周りも危なくない、ってなったのよ」
そんなことが、と驚くブリジットとルネッタは、続けて同じことに気が付く。
「じゃあ、応接室でブリジットがあたしの魔力動かそうとした時あんなに怒ってたのは、ブリジットのことを心配してたから?」
「それもあるけど……一応あなたのことも心配ていたのよ? 自分のせいで人が死んだら嫌でしょ?」
問われ、ルネッタはぞっと背筋を冷やした。
「ブ、ブリジット、あんた大丈夫? 体調悪いとかない? く、薬必要なら作るわよ?」
慌てて立ち上がってブリジットの袖を引くルネッタ。不安げに見上げてくるルネッタに、ブリジットは引きつりつつも笑顔を返す。
「だ、大丈夫ですルネッタ様。今のところちゃんと元気です。……ちなみに、後から来るなんてことは……?」
不安を灯しつつファーラに視線をやると、彼女はすぐに首を振った。
「過去の報告的にはありません。フィードバックはすぐに来ます。今何もないなら、今後も大丈夫だと思います」
「……ふむ、ブリジット。手をこちらに」
何事か思案していたニーロが空間に手を入れながら近付いてくる。ブリジットはすぐに数歩歩きだし、正面に来たニーロに手を伸ばした。
「この線をなぞるように軽く魔力を流してみなさい」
ぽん、と渡されたのは、葉っぱの形をした魔道具。葉の付け根から魔力を流せば、多岐に渡る葉脈の部分に光が灯る、とファーラが横から説明してくれる。
言われたままにブリジットは少しばかり回復した魔力を流した。線を辿るように流せば、葉脈の半分ほどが薄く淡く光る。
「……驚いた。あなた本当に魔力操作上手いのねブリジット」
「え、ちょっと見せなさいよ」
感心の声を上げたのは後ろから覗き込んでいたレナだ。その彼女に背中を押されるような形で同じ方を向いていたルネッタが、ブリジットの腕を掴んでくる。手を下ろして光ったままの葉を見せれば、ルネッタはそれに目をやってからファーラに視線を向けた。
「これどれくらい凄いのよ?」
「分かんないのに見せろって言ってたんですかお前。――これは魔力操作の練習用の魔道具のひとつですが、最初の頃に光らせられるのは精々中央の一番太い経路だけと言われてます。弟子になって1ヶ月の人がこんなに複雑な経路光らせられるなんて相当珍しいですよ」
へー、と返してから、ルネッタは笑顔でブリジットを見上げる。
少し前までなら嫉妬と情けなさで睨みつけていたかもしれないが、彼女のこの才能のおかげでルネッタは魔力を動かせた。感謝の方が強い。
「あんた凄いわね、ブリジット。……あたしからもお礼言っておくわ。ありがとう、あたしの魔力動かしてくれて」
笑って、ルネッタが礼を述べたことに、レナとファーラが衝撃を覚えた顔をする。ルネッタが、あのルネッタが!
「……師匠……おじいさん……やっとルネッタが成長しました……」
「ちょっと変な報告しないでよ! ……ってこんなことで泣くんじゃないわよ! どれだけ駄目だと思ってたのよあんた!!」
顔を覆って空の2人に報告を始めるレナ。鼻をすする音が聞こえ、ルネッタはレナの服を引っ張りながら文句を言う。
そんなやり取りの横で、魔道具を回収したニーロはじっと弟子を見つめた。その視線の意図が掴み切れず、ブリジットは自然と背筋を伸ばす。
「――これは確かに才能だ。これに関しては誇っていい」
褒められた、とあって、ブリジットはパッと笑顔を咲かせた。しかし
「ただし、危険な行動であるのも事実だ。調子に乗らず、慎重に行動するように。いいな?」
「は、はい。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」
しっかりと釘を刺され、またブリジットは頭を下げる。呆れられてしまっただろうか、と気分を沈ませていると、軽く頭を撫でられた。
驚いて顔を上げると、ようやく優しいいつもの視線がブリジットを迎えてくれる。
「危険ではあったが、ルネッタを守らねば、と思い行動したその善性は誇るべきものだ。私もお前を誇りに思おう。……無事でよかった」
安堵を込めて口にされた言葉に、ブリジットは想像以上に師を心配させてしまっていたことを自覚した。褒められた嬉しさと、それと同じか上回る申し訳なさ。
返すべき感情に迷ってぐっと言葉に迷っていると、「そうだ!」とルネッタがブリジットを振り向く。
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