第25話「やっと二人きりになれたね」
◇
「ルナさんのスキル『雌豚』は、近くにいるすべての人間をランダムに選別して影響を与えます。近付いてしまえば、その時点で終わりですね」
ルナルナが持つ能力について、葵はいつもと変わらないゆったりとした口調で話す。
「それでも、私のスキルを使えば安全な距離を保つことは出来ます。向こうからは近付けず、こちらからは近付ける。それが私のスキルですから」
「『ゴールデンウィークポイント』だね。それで、近付いてどうしようか? 殴って佐伯さんの意識を奪う、とかかな?」
「おいおい……」
サギーが物騒なことを言いやがった。ルナルナを殴るって、お前……。
「うん? どうしたんだい鈴村くん? 君だってたくさん生物を傷付けてきたじゃないか」
異世界でのことを言ってるんだろう。まるで俺達の行いを見てきたかのようにサギーは続ける。
「関係ない奴らは殺してもよくて、友達は傷付けちゃダメ? 何だいその道理は? 君は神様なのかい?」
華奢なティーカップから立つ湯気からは甘い匂いがする。
テーブルを囲んで座る俺達は葵を除いていつもの制服姿で、豪奢な部屋からは完全に浮いていた。
「それでも、友達だから……」
異世界でチート達を傷付けてきた罪は負うし、罰も受ける。でも、自分の世界の、自分の友達は守りたい。
願いが、叶わなくなってもいいから……。
「友達を傷付けたくない、ということについては同感です」
葵が柔らかく微笑んで、言葉を紡ぐ。
「私は『平穏』を守りたい。ただそれだけです」
「『平穏』?」
「そうです。私は産まれは鈴村くんと同じ世界で、育ったのはこっちの世界です。私にとってこっちの世界は『仕事用』、あっちの世界は『休息用』ですから」
「教室での友達ごっこも『休息』ってことだね、赤瀬川さん」
「否定はしません」
葵はカップに口を付けて、小さく喉を鳴らした。
「それでも、『雌豚』はなんとかして止めないと仕方がないんじゃないかな?」
いつの間にかサギーが議長のような立場になっていて、俺は苦笑した。まるでいつかの倫理の授業みたいだ。
「あたしも、佐伯さんを傷付けたくはない……です。でも、佐伯さんがクラスメイトを傷付けるのも嫌だよ……」
そうアリスは泣きそうな声で意見を述べて、
「アリス……説得、しに行こうよ……。わたしと一緒に……」
日々子がそれを支えるように提案した。
「葵のスキル……ルナのスキルを遠ざけたまま、ルナに近付くこと……出来る……?」
「うーん、長時間は無理かも知れませんけど、やってみましょうか」
「それなら、ね……アリス……」
「……うん。ありがとう。ヒビィ、むぅちゃん」
あたし、佐伯さんと話してみる。
そう言って顔を上げたアリスの目は真っ赤で、けれどそこには意思の光が宿っているように見えた。
「それじゃあ、早い方がいいですね。私とアリスと日々子さんと……」
「僕はパス」
サギーが片手をひらひらさせて断った。
俺は数秒悩んでから、
「俺も、やめとく。女子だけの方がいい気がするし」
ルナルナが呟いた「いらない」という言葉が頭を過ぎって、そう決めた。
女子だけの方が、とか体のいいことを言って、結局俺は逃げたのだった。
◇
闇色の渦に包まれて、女子達は現実世界へ向かう。
煌びやかな部屋には、俺とサギーの二人だけが残された。
「やっと二人きりになれたね」
「……そういう台詞は女子に言われたいな」
「ははっ。鈴村くんは冗談がうまいなぁ」
「お前は存在自体が冗談みたいだよな、サギー」
そして、俺は友達、鷺沼正義に問い掛ける。
「いや、サギーじゃない。お前は……ジャッキーだな?」




