第26話「臆病者さ」
◇
「当てずっぽうで言ってるのかな?」
教室では見たことのないニヤニヤした笑顔を張り付けたサギーに、俺は答える。
「まぁ、そうだな。フツーに怪しすぎるんだよお前」
「失礼なこと言うね、鈴村くん。それと、おめでとう。半分くらいは正解だよ」
僕はね--。俺から視線を外して、遥か遠くの世界を眺めるようにしながらサギーは語り始めた。
「意識、思念体、真理、信仰、思想--呼び方は色々あるけど、僕はそれらの敗者。敗者達の抜け殻。弱虫の抜け殻さ」
中身はないんだよ、毟り取られたからね。そう言うサギーは、少し寂しそうな声音をしていた。
「君達が呼ぶ『ジャッキー』は抜け殻の一部だ。チートスキルを吸い込むけれど、満たされることはなく吐き出してしまう。傷つけた異世界を修復する『オートの力』とか、あいつは言ってるけど--」
「オート……『嘔吐』、か……」
回答を呟いた俺に視線を戻して、サギーは微笑んだ。
「正解だ。ジャッキー、あいつはね、神に憧れて敗北した者達の抜け殻だよ」
「じゃあ、お前は何なんだ? サギー」
サギー。鷺沼正義。ずっと仲良くやってきたこいつも、敗北者達の抜け殻なんだろうか。
俺の問いに、サギーは今度はあっさりと答えをくれた。
「僕はね、『友達になれなかったという敗北』の抜け殻さ。だから、僕を友達として扱ってくれた君達のことは何でも知ってるんだよ」
扱ってくれた、とサギーは過去形で言った。
「……扱うとか言うなよ。友達だろ」
俺が溜息を吐くと、
「いい奴だね、鈴村くんは。ラノベの冴えない主人公みたいだ」
冗談を言って、サギーは笑った。俺は笑わなかった。
「ん? サギー、お前は最初から鷺沼正義としてこの世界に生まれたのか? それとも、元々存在してた鷺沼正義という人間の身体に取り憑いてる、とか?」
ふと気になって質問してみた。ジャッキーと同じ思念体なら、元の身体なんてものはないはずだ。
サギーは少し間を空けて、俺の目を睨みつけるようにしながら答えた。
「後者だけど、取り憑くっていう言い方はやめてほしいかな。この身体の持ち主、鷺沼正義という少年は酷い虐めに遭って、十三歳で自ら生命を絶った。意識を失っていく中で彼が唱えた最後の願いを、僕は引き継いだだけだよ」
友達が欲しい、ってさ。
俺を睨みつけるサギーの瞳からは、音もなく涙が流れていた。俺たちがいる豪奢な部屋に飾られたどの絵画や彫刻よりも、俺にはそれが美しいもののように思えた。
「じゃあなんで、途中からワケあり皮肉屋みたいなキャラになってたんだよお前」
「……君たちがチートスレイヤーズを辞めたからさ。君が『静』の力を失えばあの教室がどうなってしまうか、僕にはわかってたからね」
佐伯ルナ「雌豚」。
小森日々子「マリオネットワーク」。
灰崎寅宗「ゲームオーバー」。
赤瀬川葵「ゴールデンウィークポイント」。
「それらのチートスキルを抑えていたのが鈴村くんの力で、彼らの力を自分では気づかないまま使っていたのが影島さんだったのさ」
そうまとめたサギーは、憑き物が落ちたような表情に変わっていた。
隠していたことを話してすっきりした、のか? それなら、俺は嬉しい。友達が苦しむ姿んて見たくないからな。
「サギー、お前にはスキルはないのか? あ、ないって前に言ってたっけ?」
「うん、チートスキルは持ってないし、魔法の力のようなものは何もないよ。ただ、僕はね--」
俺の友達の鷺沼正義は、教室にいる時と同じような明るい声を発した。
「『友達』が好きで、『友達』のことをなんでも知りたがるだけの臆病者さ」
「……それを『友情』って呼ぶんだろ、たぶん」
「……そうなの、かな? これからもよろしく、鈴村くん」
「ああ、よろしくな、サギー。ん、あと半分は……はじめまして、かな」
俺の言葉にサギーは一瞬驚いて、それから照れたように鼻の頭を掻いた。
十七歳まで成長した肉体に宿る、十三歳の少年の面影を、その時俺は確かに見つけた。
現実世界のアリス達は、ルナルナを説得出来たろうか。
「静」の力を取り戻すべきなのかもしれない、と俺はぼんやり考え始めていた。




