第23話「『雌豚』が使えなくなって」
◇
教室に戻ると、おかしなことが起こっていた。
「佐伯さん!」「佐伯さん……」「佐伯ルナ!」「ルナさん!」「佐伯!」
クラスメイトの半数ほどが、ルナルナを囲んで跪いている。
男女を問わないそいつらは皆、うっとりとした表情でルナルナに魅入っているようだった。
「……ないわー」
当のルナルナはそれを見下ろしながら、うろたえるでもなく、退屈そうに溜息をついている。
「……なんなんだ?」
「あ、龍之介ー。こっち来ない方がいいよー」
近付こうとする俺を片手で制して、ルナルナは言った。
「あたしの『雌豚』が発動しちゃってさー。こいつらもう、奴隷だわ」
目の前に跪く男子の頭に片足を載せると、彼は怒ることもなく「あへぇ」と嬉しそうに喘いだ。
「チートスキル『雌豚』。周囲の者からランダムに愛を得る能力。また、得た愛と反比例するように発動者の愛情は醒めていく。こんな説明でどうかな?」
教室の隅に目を遣ると、何かの解説を終えたサギーがひらひらと手を振っていた。どういうことだ……?
「おい、サギー。なんなんだこの状況?」
「それは今、説明したよね? 佐伯さんのスキルが発動したんだよ。常時発動型らしいから、本人にも止められないのさ」
「ルナルナの……スキル?」
「あれ? 知らなかったの? あんなに仲良さそうだったのに?」
少し嫌味っぽくサギーは笑った。それでも、不可解な顔をする俺を見て、説明を続けてくれる。
「佐伯ルナは、こことは異なる世界『コンプリートレックス』からの転生者だ。スキル『雌豚』についてはさっき説明したよね?」
ああ、なんで「今」こうなってるのかって?
頭の悪い友達を諭すような声音で、サギーは言葉を続けた。
「鈴村くん、君が『チートスレイヤーズ』をやめたからさ。君の『静』の力で抑えつけていたチートスキルが発動した、ただそれだけのことだよ」
「なっ……」
一気に与えられた情報が頭の中をぐるぐると回って、少し目眩がした。
ルナルナがチートスキル所有者で……俺がいたから、それを使えなかった……?
「あー。言っとくけど、龍之介ー」
いつもの明るいキャラクターとは正反対の冷たい声で、ルナルナは俺の名を呼んだ。げしげしとクラスメイトを踏みつけながら、冷笑して彼女は言う。
「どっちにしろ、わたしはあんたを恨んでたから。『雌豚』が発動してたら、わたしは誰も好きになれないし--」
踏みつけられた男子の額から血が滲んでいたけど、ルナルナは俺のことだけを睨みつけていた。
「『雌豚』が使えなくなって、わたしはあんたを好きになったけど--あんたは、わたしを好きになってくれなかったもんね」
だから、いらないよ、やっぱり。最後は小さくそう呟いて、ルナルナは天井を仰いだ。
「切ないねー。恋心って。ね!」
踏み付けていた男子から一度脚を離して、再度、強く踏み下ろす。
「どうする? 龍之介ー。わたしの奴隷になる? 影島さんも……。ね?」
「ひっ」と、アリスが俺の隣で悲鳴を上げた。
俺もアリスも、今は何の力も持ってない。ただの高校生だ。戦うことも、逃げることも出来そうにない。
「……アリス!」
珍しく大きな声を上げて、日々子がアリスに駆け寄った。
「……大丈夫、アリスは……アリスは、私が守るから……」
今にも倒れそうなアリスを、日々子は小さな身体で精一杯支えようとする。
「ヒビィ、あたしが悪いんだよ。あたしが悪いことしたから、」
「……そんなことないよ。アリスは……いい子だよ……」
溢れそうな罪悪感と教室の惨状に混乱するアリスを宥める日々子は、慈しむような瞳でアリスを見つめていた。
俺はその輝きから、アリスを守ろうとする日々子の強い意志を感じた。
「あれぇ? 使わないの? 『マリオネットワーク』」
「……うるさい、っ」
サギーが何かを日々子に訊ねて、日々子はそれに苛立つように答えた。
日々子も、何か隠してるのか……?
教室の中心に君臨するルナルナと、それに跪くクラスメイトの群れ。
それを遠巻きに眺める俺達は、寅宗の姿を探すどころか、呑気に鳴り響く予鈴に従うことさえ出来なかった。
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