第16話「あはっ。」
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佐伯ルナは鈴村龍之介に恋をしている。級友達はそう勘違いしている。
ルナが龍之介に執着する理由--それは恋では、決してない。
チートスレイヤーズが「ジャッキー」と呼ぶ存在、彼に命じられて日々二人の観察を続ける中で、ルナが龍之介に対して抱いた感情はたった一つ。
「憎悪」とこの世界の住人は呼ぶ。
誰からも愛されず、誰からも嫌われない。故に、敵も味方も作らない。
それが佐伯ルナの持つスキル「雌豚」だった。
こことは異なる世界「コンプリートレックス」で、ルナは娼婦の娘として生まれた。
何不自由ない暮らしだった。腐りかけの食物で腹を下し、周囲からは嘲笑される。彼女はそれを当たり前のように「恵まれた暮らし」だと信じていた。
齢十四を迎えたある夜、痩せた身体を冷たい床に横たえて、ルナは死を迎えようとしていた。誰からも愛されることのなかった人生の終わりを迎えて、その時初めて彼女は己の生涯に疑いを持った。
そして、彼女は思念体と出逢う。神の導きでも運命の悪戯でもなくそれは、雪が解けて水になるくらいのつまらない必然だった。後悔という感情を、彼は特に好むからだ。
今際の際の走馬灯。そう思ったが、それは言葉を発した。
復讐したくないの~? 手伝ってあげるからさ。
もう身体は動かない。今にも消えそうな意識の中で、彼女は肯定の意思を示した。
目が覚めた時、彼女はベッドに寝かされていた。赤子の姿の自分を、知らない男と女が自分のことを愛おしそうに眺めていた。
やり直せばいいんだよ~。その代わり、手伝ってね~。
転生、というらしい。全く新しい生命として異なる世界に誕生した彼女は、今世でこそ誰かに愛されよう。そう誓った。
「雌豚」の能力は思念体によって上書きされていた。
曰く、全ての人間に愛される、けれど自らは誰を愛することも出来ない。
地獄のような日々だった。誰も彼もが彼女に愛を求め、救いを乞うてくる。けれど、彼女はそれが気持ち悪くて仕方ないのだ。
それでも、前世での暮らしよりはずっといいとルナは思った。そう思わないと生きてはいけなかった。生きていたかった。
虫に触るように人を抱き、汚物を褒めるように人を褒める。他人を愛せず、己のことも愛せない。それでも生への執着だけが、呼吸を続けさせた。
思念体は言う。
いいぞ、いいぞ、もっと愛されちゃえ~。
十七歳を迎える頃、ルナはすっかり壊れてしまった。
壊れたまま死んでしまえばよかった。
生き続けて、鈴村龍之介と出逢ったことで彼女は新たな地獄を見つける。
鈴村龍之介、「静」の力。あらゆるチートスキルの無効化。常時発動型。
ルナの「雌豚」は一切の効果を失う。全ての人間に愛されることなどなく、自らが誰かを愛さないこともない。
つまり、彼女は十七歳にして初めて「愛さなければ愛されない」という価値観を知った。
もちろん、それは一部の人間だけが持つ思考ではあったのだが……ルナはそれに囚われてしまった。
「愛さなければ」「愛さなければ」「愛さなければ」……「愛してほしい」。
身体を与えれば刹那的な「愛」は得られる。若い女だと喜ばれ、しかしそれはすぐに失われる。
「やめろよ。つまんねーよ、そういうの」
愛ではなく優しさで、龍之介はルナにそう言った。けれど、愛を求めるばかりのルナはそれに憤る。
愛しても愛してくれない。お前は要らない。
二度の地獄と歪んだ思想によって、佐伯ルナは鈴村龍之介を憎んでいる。
誰にでも優しく平等に接する龍之介。彼はわたしを愛してはくれないから、と愛を求めるだけの佐伯ルナ。
湧き上がる感情をしなやかに首に回して、それでも「雌豚」は愛を求める。
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「ルナルナ、やめろっつーの」
「あはっ。いーでしょー、龍之介ー」
前話から続けてモノローグ風にお届けしました。少し、日常に戻ります。
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