はやる気持ち(美樹視点)
ミュンヘンから日本に帰国し、小柳社長の秘書として働きはじめてから約一週間。今は仕事を覚えることで精一杯だ。体力的には少し余裕があるが、かなり気疲れしている。疲れた頭で車のハンドルを切る。
俺が今、会社の車で向かっている場所は、別に俺の家ではない。一日の仕事は終わったが、小柳社長との会話で今から向かいたいところができた。
今朝、社長とふとしたきっかけでプライベートの話になった。そのとき社長がいま再婚を考えていることを知り、その相手の名前が戸田涼子さんで、娘は慈という名だということを知った。
俺の心は沸き立った。小柳社長にはやる気持ちでその家族の話を聞いたところ、娘はいま21歳で、彼女の家は道場だったそうだ。これは偶然ではないだろう。きっと、間違いなく慈だ。俺は社長が執事に毎日彼女の送迎を任せていることを聞き、今日は俺に迎えにやらせてほしいと申し出たのだ。
信号が青に変わり、アクセルを踏んだ。今、俺は慈の職場であるショッピングモールに向かっている。俺は慈に会いに行く。慈と六年ぶりの再会を果たす。
(どうしよう......き、緊張する......)
ハンドルを握る手に汗が滲んだ。
戸田家の道場を訪ね、旧家がすでに売り払われていたことを知ったとき、俺はもう慈に会えないのだと覚悟した。彼女とは幼馴染みだが、電話番号もメールアドレスも交換したことはなかった。
だけど慈の居場所が分かり、今こうして彼女の職場へ迎えに行っている。
(なんていう巡り合わせだろ......)
俺は小柳社長との出会いに感謝した。




