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転生者たちがチートに酔いしれる世界で、俺だけは生身の知恵と和洋折衷呪術でラグナロクを阻止する  作者: あやと


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○○への宣戦布告

烏丸小路スラム街の濁った暗渠を這う泥風は、凍てつくアスファルトの割れ目を縫うようにして、トタン屋根のバラックの群れを通り抜けていく。賀茂の或は隠れ家の小さな板戸を静かに押し開き、冷え切った夜気の中へその身を滑り込ませた。背負った麻の布袋の中には、血と墨で染め上げた数十分の逆相ルーン呪符と、使い古された木製の呪具が重く収まっている。右腕のサラシの下で、半神半魔の崩壊の名残である青黒い呪印が微かな熱を帯び、帝都全域を網羅する魔導インフラの周波数と微弱な摩擦を繰り返していた。このままスラムの暗がりに身を潜めていれば、システムの監視網や異端審問官の魔の手から一時的に逃れることはできるかもしれない。しかし、頭上でうねる黄泉比良坂の紫黒い裂け目は日々その広がりを増し、北方の聖域拡張実験による地殻変動は南部の下層地帯へと確実に破滅の圧力を送り込んでいる。ただ這いつくばって息を殺しているだけでは、いずれ世界を飲み込む神々の黄泉還りの波に呑み込まれ、何の足跡も残さずに塵へと変貌するだけだ。或は下駄の鼻緒を踏みしめ、路地裏の泥道を離れて表通りへと通じる石畳の坂道を見据えた。


スラムの狭い路地を抜けた先にある大通りは、普段であれば転生者特権階級の高級な魔導浮遊車が滑るように行き交う華やかなコンクリートの回廊である。しかし、夜の帳が完全に下りた現在の帝都中央大通り周辺は、異様な緊張感と混乱の気配に満ちていた。遠方の官庁街から響くはずの防災無線を模した警報音はすでに途絶え、代わりに低く唸るような地響きがアスファルトの底から伝わってくる。或は古びた陰陽寮制服の襟元を立て、煤色の瞳を細めながら、影から影へと身を隠すようにして歩を進めた。前方の交差点では、転生者管理機構の紋章を掲げたバリケードが突貫工事のように築かれ、武装した特務部隊員たちがピリピリとした殺気を発散させながら通行人の検査を行っている。その背後では、帝都の中央裂け目から漏れ出した漆黒の霧が夜空を焦がし、北欧神話の死の女神ヘラの眷属に由来するのか、底冷えするような絶対零度の気圧階梯が周囲の建物の窓ガラスに白い氷の結晶を這わせ始めていた。


或がバリケードの手前にある細い建物の陰に身をひそめ、状況を観察していたその時、背後の闇から冷ややかな声が投げかけられた。

「――こんなところでコソコソと何を隠し持っているのかしら、下級の虫けらさん」

不意に浴びせられた尊大なトーンに、或は反射的に右手を麻の布袋の口元へと滑らせた。視線の先、崩れかけた石壁の影から姿を現したのは、プラチナブロンドの長髪を揺らし、純白のゴシック風コートを纏った少女――ヘレナ・フォン・エッダであった。彼女の瞳には、かつて或を嘲笑した時のような絶対的な優越感の色はなく、むしろ自らの内側から溢れ出すコントロール不能な冷気の余波に怯えるような、微かな焦燥の揺らめきが宿っていた。彼女の左耳で揺れるプラチナのピアスは、極度の緊張からか小刻みに震え、その白い指先は冷え切ったコートの裾を強く握りしめている。


「……ヘレナとか言ったか。お前がそんなところで震えているようでは、特権階級の『神民』様方の誇りも地に落ちたものだな」

或はあえて低いトーンのまま冷徹な皮肉を返し、ヘレナの動揺を値踏みするように鋭い視線を向けた。その言葉にカッとなったのか、ヘレナは血のような赤い双眸をカッと見開き、凍てついた息を白く吐き出しながら或の前に一歩踏み出した。

「なっ……! 誰が震えているっていうのよ! 私の神聖な『死の抱擁』の力が少しばかり過剰に共鳴しているだけだわ! あんたみたいなシステムすらない下級民風情が、私に指図する権利なんてないでしょ! ……それに、その先の中央大通りへ行こうなんて本気じゃないでしょうね。今そこを抜ければ、リッターたちの部隊や管理機構の検問に捕まって、一瞬で存在ごと消し炭にされるのがオチよ。無謀な犬死になんて、勝手に一人でしなさいよ!」

ヘレナの言葉には、表面的な高飛車さの裏に、自らのチートスキルの暴走によって取り返しのつかない事態を引き起こしていることへの隠しきれない恐怖がにじみ出ていた。彼女は或を止めているつもりであり、現実的な脅告をもってこの場から立ち去らせようとしている。しかし、その必死な拒絶の裏にある脆さを見抜いた或は、冷ややかに唇の端を歪めるだけであった。


「犬死にか。……お前らが面白半分で引き起こした空間崩壊の尻ぬぐいをさせられ、地べたで血を流してきた俺たちにとって、じっと待っているだけの選択肢など最初から存在しない」

或がそう言い放ち、一歩を踏み出した瞬間、右腕の呪印が激しく脈打ち、周囲の魔導インフラの周波数と共鳴して鋭い放電音が大気を揺らした。その異様な気配に気付いたヘレナは、息を呑むように後じさりし、青ざめた顔で或の右腕を見据えた。

「なに……今の、その不気味な脈動は……? あんた、いったい何を持ち歩いてるの……っ!」

「お前らの甘ったれたシステムを内部から引っぱたくための、泥臭い牙さ」

或はそれ以上言葉を交わすことなく、ヘレナの制止を完全に振り切るように、身を翻して影の中へと駆け出した。背後でヘレナが何か叫ぶ声が聞こえたが、或は振り返らなかった。彼女の警告通り、この先の中央大通り周辺は転生者管理機構の厳重な警戒網と、暴走する死の眷属の気配が渦巻く極限の危険地帯である。だが、そのリスクを承知の上で前へ踏み出すことこそが、理不尽な神話の理をハッキングして引きずり下ろすための最初の転換点なのだから。


大通りへと続く石畳の坂道を駆け上がった或の視界に、幾重にも張り巡らされた魔導バリケードと、その中腹で目を光らせる特務部隊の姿が飛び込んできた。パニックに陥った群衆が逃げ惑う大通りの波を、或はあえて逆行するようにして真っ直ぐに歩みを進める。すれ違う人々は恐怖に顔を引きつらせ、或のような陰陽寮の煤けた制服を着た雑兵の姿など目もくれずに我先へと走り去っていく。その群衆の喧噪と喧騒の隙間を縫うように、北欧の熊皮の獣衣を無造作に羽織った巨体の男――ヴォルフガング・リッターが、魔導ガントレットの爪を不気味に噛み合わせながらバリケードの検問所から姿を現した。銀色の短髪を揺らし、黄色い双眸を獣のようにぎらつかせたヴォルフガングは、逃げ惑う群衆を面白そうに見回しながら低く笑い声を上げる。


「ガハハハハッ! いいぞ、もっと逃げ惑え! 弱者が怯えて血を流すこの光景こそ、ラグナロクの狂宴にふさわしい最高のエキサイトメントだぜ!」

ヴォルフガングの野太い笑い声が冷たい夜気に響き渡る中、或はあえて足取りを緩めず、その巨体の視線の先を横切るようにして前進した。すれ違い様、ヴォルフガングの鋭い黄色い双眸が或の煤けた姿を捉え、その巨体がぴたりと動きを止めた。

「ん……? おい、そこの下級の雑種。お前、たしか烏丸小路の底で俺に奈落へ蹴落とされたあの陰陽寮のゴミ虫じゃねえか。どうやって這い上がってきた」

ヴォルフガングは獰猛な笑みを深く刻み、ずしりとした足音を響かせながら或の進路を塞ぐように立ち塞がった。その巨体から放たれるフェンリルの闘気は、周囲の空気の温度をさらに数度奪い去り、或の肌を細かな針で突くような痛みを伴って襲いかかる。


「……這い上がる理由くらい、お前のようなシステム寄生虫の脳みそでも少し考えれば分かるはずだがな。特務隊長殿」

或はあえて視線を逸らさず、冷徹な煤色の瞳でヴォルフガングの黄色の双眸を真正面から見据えた。その胆力にわずかに驚きの色を混ぜたのか、ヴォルフガングは不気味に首を鳴らし、ガントレットの金属爪をギリギリと擦り合わせた。

「ほう……いい目をしてやがる。奈落の底で死に損なった分際で、まだその小賢しい口を利く余裕があるとはな。だが、あいにく今は北方の聖域拡張とヘレナの暴走のせいで上層部もピリピリしてやがる。お前みたいな無資格の雑種がこんな中央大通りをウロウロしていること自体、今ここで俺がその首を噛み千切る十分な理由になるんだぜ?」

ヴォルフガングが凄まじい殺気を纏いながら一歩を踏み出し、巨大なガントレットの拳を振り上げようとしたその瞬間、或は懐に隠し持っていた素朴な木製呪具の端を指先で強く叩き、仕込んであった逆相ルーンの位相を一瞬だけ解放した。


ピリリ、と大気が微小な放電音を立て、或の右腕の呪印と帝都の魔導インフラの周波数が局所的に激しく干渉を起こした。バリケードの周辺に設置されていた管理機構の魔導モニターが一斉にノイズを走り、警告の赤色灯が激しく点滅し始める。

「なっ……なんだこのノイズは……! インフラの回路に変な干渉波が混じりやがったぞ!」

周囲で警戒にあたっていた特務部隊員たちが慌てふためき、手元の端末を確認しようと視線を逸らした。そのわずかな隙を逃さず、或は冷徹なトーンで言い放った。

「……お前のその派手なガントレットの出力も、基盤のノイズ一つでわずかに位相がズレるようだな。リッター隊長」

「てめっ……!」

ヴォルフガングが激昂して殴りかかろうとした瞬間、中央大通りのアスファルトの底から、北方の聖域拡張実験の余波に起因する大規模な地脈のうねりが地響きとともに突き抜けた。バリケードの足元が大きく揺らぎ、周囲の特務部隊員たちがバランスを崩して転倒する。その混乱の渦中を利用し、或はヴォルフガングの巨体の死角をかすめるようにして、さらに帝都中央の大通りへと踏み込んだ。


或が圧倒的な物量を誇る転生者管理機構のバリケードをどうにか突破し、帝都中央大通りの舗装路面へと足を踏み入れた瞬間、視界の隅に広がる光景はすでに近代都市のそれから完全に逸脱していた。高層ビルの窓ガラスはすべて凍りつき、その表面には北欧神話のルーン文字を模した青白い霜の結晶が幾重にも幾何学模様を描いて広がっている。頭上の紫黒い裂け目はさらにその口を大きく開き、そこから流れ出た重く冷たい霧が、大通りのアスファルトを完全に飲み込もうとしていた。転生者たちが築き上げた華美な管理システムと、世界を黄泉へと引きずり下ろそうとする古の神話の理が衝突し合うこの境界領域において、システムの魔力回路は至る所で微細なショートを起こし、パチパチと青白い火花を散らしている。


(……見せかけの平穏とやらも、ここまでだな)


或は煤色の瞳に冷徹な光を宿し、胸の奥で静かに息を整えた。


激しく明滅する赤色灯の光が、凍てついたアスファルトの上で不規則に跳ね回っていた。或はバリケードの残骸から吹き付ける冷気を背に受けながら、なおも足元で微細な振動を続ける地脈のうねりを見据える。ヴォルフガングが放った闘気の余波か、あるいは北方の聖域拡張実験がもたらした負荷によるものか、大通りの路面には蜘蛛の巣状の亀裂が走り、そこから紫黒い異界の瘴気が間欠泉のように噴き出していた。転生者たちが誇る管理システムの防壁は、神話の理が直接干渉し始めたこの境界領域において、もはや意味をなさない。或は右腕のサラシの上から、じわりと熱を帯びる呪印を左手でしっかりと押さえ、呼吸の波長を周囲の乱れた魔力回路に同期させていく。


「……逃げ惑うだけでは、結局のところあの馬鹿どもと同じようにすり潰されるだけだな」


或の低い呟きは、周囲を駆け抜ける避難民たちの悲鳴と、遠方で反響する魔導浮遊車の警報音の中に掻き消されていった。しかし、その煤色の瞳に宿る光は、周囲の混乱が深まるほどに一層鋭く研ぎ澄まされていく。或は懐から麻の布袋を取り出し、指先でその結び目を緩めると、中から血塗られた一枚の逆相ルーン呪符をつまみ出した。表面に刻まれた五行相生を断ち切る相剋の網目は、周囲を漂う死の眷属の冷気と触れることで、微かに青白い微光を放っている。この一枚の紙切れに込められた労力と血の量は、特権階級の連中がボタン一つで発動する華美なチート魔法の規模には到底及ばない。だが、その華美な魔法の足元を支える中枢の魔力回路を内部から引っぱたき、理不尽なシステムの理を泥臭い現実へと引きずり下ろすための牙としては、これ以上の精度は求められなかった。


ふと、大通りの向こう側――北方の官庁街へと続く巨大な交差点の角で、ひときわ激しい魔力の奔流が空気を引き裂いた。

「――きゃあぁぁっ! 近寄らないで、いや……っ!」

若い女性の悲鳴とともに、鋭い冷気の波動が周囲の建物の壁面を凍てつかせ、逃げ惑う群衆が一斉に四方へと押し寄せるように散らばった。その中心に広がる白煙の向こう側で、北欧神話の死の女神ヘラの神気を身にまとった存在が、制御を失った絶対零度のフィールドを周囲に撒き散らしている。ヘレナ自身のものか、あるいは彼女の影から這い出した死の眷属の残滓か、漆黒の翼状の霊力牙がアスファルトを抉り取り、空間そのものを凍結させていく。特権階級としての誇りと傲慢の裏で、自らのチートスキルに精神を蝕まれ、恐怖に震えながら暴走を続けるその姿は、神話の寵愛という名の呪いに縛られた悲惨な人形そのものであった。


群衆の波が或の身体を押し流すように逆行していく中、或はあえてその潮流に逆らうように一歩、また一歩と前進を開始した。

避難する人々は誰も、この煤けた陰陽寮制服を着た地味な雑兵の存在に目を留めない。彼らにとって或は、特権階級の争いに巻き込まれたただの背景の一部でしかなかった。しかし、その無関心と情報の非対称性こそが、或にとって最も確実な武器となる。


「神様に選ばれた特権階級様よ……その無敵のバリアが、俺の泥臭いハッキングでどこまで持つか、最後まで見せてやる」


或は低い声で呟くと、懐の呪符をしっかりと握り締め、凍てつく中央大通りの闇の中へとさらに深く足を踏み入れた。背後で激しい爆発音が鳴り響き、夜空を焦がす紫黒の裂け目が一段と大きくうねりを上げる。或の履く下駄の音がアスファルトの亀裂に響き、不条理に満ちた世界へ向けた最初の宣伝布告の足音となって、冷たい夜気の中に吸い込まれていった。

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