↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者たちがチートに酔いしれる世界で、俺だけは生身の知恵と和洋折衷呪術でラグナロクを阻止する  作者: あやと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/40

第29話 地下アトリエの微光

鉛色の雲が重く垂れ込める皇神学園の中央広場は、絶対的な暴力を誇る転生者管理機構のバリケードによって完全に分断されていた。

冷え切った石畳の間にこびりついた或の血痕は、鋭い霜柱に縁取られて赤黒く凍りつきかけている。或の肉体は既に意識の浮力を失い、重力の底へと沈み込んでいた。だが、その絶望の谷底で周囲の喧騒が遠ざかる中、管理機構の網の目を縫うようにして一筋の影が動いていた。


風祭鈴音は両手を拘束されたままではあったものの、管理機構のエージェントたちがヴォルフガングの誇示する処刑劇に気を取られているその一瞬の隙を見逃さなかった。鈴音は足元に転がっていた銀色の神楽鈴を、拘束された手首の布地に隠された細工で巧みに引き寄せると、周囲のネイティブの生徒たちへ鋭い視線を送った。

「……今よ。あそこの排水口の格子を外して、或の身体を引き上げるわよ」

鈴音の静かな指示に呼応するように、新校舎の陰で身を寄せ合っていた生き残りの生徒たちが一斉に動き出した。彼らは学園内の魔力センサーを攪乱するために、或が以前から地下水脈の保守回線に仕込んでおいた微小なノイズ発生装置を作動させ、監視ドローンの赤外線索敵を一瞬だけ逆相のノイズでくらませた。


エージェントたちの視界がわずかに揺らいだその隙間を突き、ネイティブの生徒たちは倒れ伏した賀茂の或の身体を冷たい石畳の上から素早く引き剥がし、旧校舎の基礎を支える地下配水暗渠の保守口へと滑り込ませた。

冷徹な鉄格子の向こう側で、ヘレナ・フォン・エッダはその光景を青ざめた唇を噛み締めながら見守っていた。ヘレナの足元から這い出す死の女神ヘラの黒い霜は未だに消え失せていなかったが、彼女は誰にも気づかれないようにそっと視線を逸らし、管理機構の注意が自分に向かないように身を縮こまらせた。


こうして、ヴォルフガングの狂気的な暴力の嵐が吹き荒れる中央広場から、半死半生となった或の身体は、旧校舎の地下深くに隠された古いアパートメントの廃材を流用した秘密のアトリエへと運び込まれていた。


――地下アトリエの微光は、素焼きの灯火皿から立ち上るわずかな油煙と、古びた配管の隙間から漏れ出す湿った冷気の中に揺れていた。


賀茂の或は、硬い板張りの床の上に横たえられたまま、激しい呼吸のたびに胸の奥で砕けた骨が擦れ合うような鈍痛に襲われた。全身の至る所から滲み出た血が古びた作業着の布地を染め抜き、右手首のサラシの下で脈打つ青黒い呪印は、痛みの限界を超えて鈍く熱を帯びていた。

「……起き上がれるかい、賀茂の或」

頭上で響いたのは、風祭鈴音の静かで冷ややかな声だった。鈴音はすでに魔導拘束具の留め金を自前の小さなルーン刻印ナイフで器用に外しており、一対の銀色の神楽鈴を再び指先に構え直していた。その制服の裾や袖口には暗渠の泥がこびりついていたが、その黒曜石の双眸には一瞬たりとも動揺の色は浮かんでいなかった。


或は奥歯で舌の側面を強く噛みしめ、口の中に広がる生生しい鉄錆の苦味を頼りに、麻痺しかけた意識の重心を無理やり現実へと引き戻した。

「……あぁ。……骨が何本か折れているが、思考回路まで焼き切られたわけじゃない」

或は掠れた低い声で応じると、泥と血にまみれた右手を這わせ、作業台の端に散らばっていた新しい木製の符板を引き寄せた。自動回復の加護もなければ、潤沢な魔力タンクもない。或の肉体は今や限界の瀬戸際にあったが、だからこそ、その指先の感覚だけは研ぎ澄まされていなければならなかった。


アトリエの薄暗い空間には、旧校舎の地下水脈から這い上がってきた数名のネイティブの生徒たちが、息を潜めて静かに集まっていた。彼らはそれぞれに古びた測量地図の切れ端や、配給所跡地から持ち出した木簡の束を抱え、或の作業台の周囲を取り囲むようにして座り込んでいる。誰一人として声を荒げる者はおらず、ただ窓のないコンクリートの壁の向こう側で巡回する管理機構のドローンの羽音に耳を澄ませていた。


「外の包囲網は日増しに厚くなっている。新校舎から中央広場にかけての位相結界は、奴らの魔力回路によって完全に二重化されたわね。この地下水脈の保守回線がいつまで持つか分からない」

鈴音が冷ややかなトーンで現状の分析を告げると、或は作業台の上に木製の符板を平らに置き、懐から取り出した特製の朱墨の皿に自らの左手の指先を深く浸した。

「……分かっている。奴らは俺たちの反逆ネットワークを中央広場の見世物で叩き潰したつもりでいるが、お前がスラムの端末へ分散させた監査ログのデータは、すでに帝都全体の末端端末の深部にまで根を張り始めている。……奴らがどれほど鉄格子を固めようとも、情報の波及そのものを物理的に消し去ることはできない」


或の言葉には、絶望の谷底を這いずり回った者特有の、冷徹なまでの実利的な確信が込められていた。

或は痛む右手首のサラシを左手でさらにきつく巻き直し、神経を逆撫でする鈍痛をねじ伏せながら、真新しい木製の符板の表面に朱墨を含ませた細筆を走らせ始めた。


符板の木肌に描き込まれていくのは、東洋の「五行相生」の巡り合わせと、西方の「エルダー・ルーン」の破壊・転換の刻印を複雑に組み合わせた、或独自の『和洋折衷・呪符結界術』の極限型であった。

通常の陰陽道では相容れないとされる東洋の理と北欧の神話的位相を一つの符板の上で無理やり接続するためには、術者自身の生命力と血流の微細なコントロールが絶対不可欠となる。符板の溝に朱墨と或自身の鮮血が混ざり合うたびに、木肌の表面で微弱な霊的スパークがパチパチと音を立てて火花を散らした。


「……無理をするなよ、或。その符板の刻印、今のあなたの出血量では霊力の定着が追いつかない」

配管室の隅で控えていたネイティブの生徒の一人が、心配そうに声を漏らした。だが、或はその忠告を冷徹な視線で制し、筆を止めることなくさらに深く符板へと血をにじませていく。


「……黙って見ていろ。俺たちがここで止まれば、あの広場で鈴音が奪われかけたように、すべての自由が奴らの靴底に踏みにじられて終わりだ。……システムに依存しない人間が自らの手で明日を選ぶための回路を、ここで俺が完全に繋ぎ直してやる」


或の指先が鋭く動き、符板の最後の端に「ハガラス(破壊と刷新)」のルーン文字を刻み込んだ瞬間、アトリエの薄暗い空間全体がわずかに身震いした。

東洋の相生の理が北欧の破壊刻印を内部から包み込み、符板の表面で青白く不気味な光が明滅する。しかし、異端の術式の融合は互いの霊力を激しく反発させ、或の体内から新たな内出血を引き起こした。或の喉元から再び熱い血の塊がせり上がり、或はそれを歯を食いしばって床板へと吐き出した。完成間近の呪符の端が、微かな炭素の匂いを伴って黒く炭化しかける。


「っ……!」

「またはっ……!」

鈴音が素早く手を伸ばし、炭化しかけた符板の端を冷徹な手際で指先で押さえて霊力の逆流を食い止めた。鈴音の神楽鈴がチリリと小さく鳴り響き、その微弱な鈴の音色が符板の周囲の魔力波長を調律して、崩壊寸前の呪符の構造を辛うじて安定させる。

「……相性の悪い理を一つの木片に無理やり詰め込むからそうなるんだよ。もう少し私の神楽鈴の共鳴タイミングを計算に入れなさい、或」

鈴音は冷ややかなトーンで言いつつも、その黒曜石の双眸には、命を削りながら反逆の網目を紡ぎ続ける或に対する深い信頼と、抑えきれない緊張の色が滲んでいた。


アトリエの天井を這う古い配管の継ぎ目から、水滴がコンクリートの床に落ちる音が規則正しく響く。

集まった生徒たちは、或が血に染まった手で作り上げたその新しい反逆の呪符を見つめながら、それぞれの胸の内に次なる作戦の輪郭を思い描いていた。中央広場の鉄格子と処刑の脅威がどれほど厳重であれ、学内の魔導インフラの根幹である中枢サーバーと神代回廊の実験炉の接続点には、依然として管理機構の目が届かない「保守回線の隙間」が残されている。


「……或、私たちが次に狙うべきターゲットは、旧校舎の地下最深部にある『神代回廊の実験炉』のメインバルブだね」

風祭鈴音は一対の銀色の神楽鈴を指先で優雅に回しながら、冷ややかに微笑んだ。

「奴らは中央広場で私たちを圧倒したつもりでいるが、学内のエネルギー供給と魔力搾取のデータ構造は、あの地下の実験炉からすべての特権階級の端末へリアルタイムで同期されている。……その中枢の動線をこの新しい逆相呪符で内側からハッキングし、一斉に逆流させることができれば、学園全体のシステムだけでなく、管理機構の管理網そのものを完全に麻痺させることができる」


或は血に汚れた符板を左手でしっかりと握りしめ、青黒く疼く右手首のサラシを荒い息のまま整えた。

「あぁ。……ヴォルフガングのような狂犬がどれほど暴威を振るおうとも、奴らの足元を支えているシステムの基盤が根こそぎ崩れ落ちれば、その圧倒的な暴力もただのガラクタの山に成り下がる」


或の煤色の瞳に、冷徹で鋭い復讐と生存の光が宿る。


地下アトリエの微光は、素焼きの灯火皿の油が小さく爆ぜるたびに、壁面に映る冷たい影を不規則に揺らしていた。

或の右手首のサラシの下で、先ほどまで脈打っていた青黒い呪印の熱は完全に引き、まるで冷え切った鉄の塊のような重い鈍痛だけが残されている。だが、その痛みを意識の外へと追いやるように、或は血と朱墨が染み込んだ指先で新しい木製の符板の端をしっかりと押さえていた。


「……五行の相生が北欧のエルダー・ルーンの破壊刻印を内側から包み込んでいる。この構造ならば、実験炉のメインバルブに仕掛けたとき、管理機構の自動浄化プログラムはただの通常の魔力変動と誤認するはずだ」

或の低いトーンの声が、狭いアトリエのコンクリートの壁に低く反響した。その言葉の端々には、先ほどの中央広場で味わった絶望の泥をそのまま飲み干したような、冷徹で容赦のない現実主義の響きが宿っている。


風祭鈴音は一対の銀色の神楽鈴を指先で器用に回しながら、冷ややかな黒曜石の双眸を或の血まみれの指先へと向けた。

「誤認させられたとして、その後に発生する魔力の逆流はどれほどの規模になるのかい、或。中央広場の鉄格子でヴォルフガングがあれほど威勢を張っている以上、奴らが地下の実験炉の異変に気づくまでの時間は、おそらく数分もあれば十分すぎるほどだ」

鈴音の問いかけに、或は煤色の瞳をわずかに細め、作業台の端に散らばった古い測量地図の切れ端へと視線を落とした。その地図の上には、帝都第七特区の地下を縦横無尽に走る下水暗渠と、神代回廊の実験炉へ直結する保守配線の動線が幾重もの鉛筆の線で書き込まれている。


「数分あれば十分だ。俺たちが狙うのは、あの実験炉のシステムを完全に破壊することじゃない。――奴らが転生者のチートスキルを維持するために無慈悲に吸い上げている『魔力搾取の同期信号』そのものを、この逆相の呪符で一時的にショートさせ、全校生徒の端末にエラーを叩き込むことだ」

或の言葉に、アトリエの隅で息を潜めていたネイティブの生徒たちが小さく息を呑んだ。彼らの顔には、管理機構の圧倒的な包囲網に対する恐怖の色がまだ消えてはいないが、その瞳の奥には、理不尽な特権階級の支配に一矢報いるための冷ややかな決意の色が灯り始めていた。


「……そうだね。私たちが中央広場でただ屈服したわけじゃないという現実を、あの高慢ちきな特権階級の頭上に直接叩きつけるには、これ以上にない手だ」

鈴音は神楽鈴の柄を優雅に握り締め、小さくチリリと乾いた音色を鳴らした。その澄んだ響きは、地下の淀んだ空気を切り裂くように、アトリエの隅々にまで緊張感をもたらす。


或は作業台の上に並べられた数枚の木製符板と、血塗られた逆相ルーン呪符の束を麻の布袋へと丁寧に仕舞い込み、ゆっくりと痛む上半身を起こした。全身の骨格から伝わる激痛は未だに消えず、呼吸をするたびに肋骨の古傷が疼くが、その足取りは以前よりも確実に地を捉えていた。

自動回復の加護も、底知れぬ魔力タンクも持たない。だが、この暗い地下アトリエの微光の中で研ぎ澄まされた知恵と、泥にまみれた手製の呪符の数々こそが、神話の狂気とシステムの暴力に抗うための唯一にして最強の牙である。


或は外套の裏地に符板をしっかりと固定し、煤色の瞳を旧校舎の地下暗渠へと続く重い鉄の扉へと向けた。

「……行くぞ。夜が明ける前に、実験炉の保守回線へこの逆相の網目を仕掛けにいく。……奴らの足元を支える不条理な神話の理を、今度こそ内側から完全に引き裂いてやる」


鈴音と生徒たちは無言のまま力強く頷き、それぞれの武器や端末を手に取って或の後に続いた。

地下アトリエの微光が背後で小さく揺らめく中、生身の人間たちの反逆を乗せた影は、冷たいコンクリートの闇の中へと静かに溶け込んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。