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転生者たちがチートに酔いしれる世界で、俺だけは生身の知恵と和洋折衷呪術でラグナロクを阻止する  作者: あやと


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第24話 旧図書館の凍える影

皇神学園の旧図書館は、かつての華やかな蔵書の香りの代わりに、凍りついた埃と異界の死臭が漂う閉ざされた墓場のような空間と化していた。窓の外では血赤色の空が分厚い吹雪に削られ、時折遠くで響く警報の音がコンクリートの壁を伝って低く唸っている。


ヘレナ・フォン・エッダは、その巨大な書架が作り出す最奥の暗がりで、両膝を強く抱え込むようにして身を小さく丸めていた。周囲を埋め尽くす分厚い専門書や古びた魔導の教本は、忍び寄る絶対零度の冷気によって表紙の端からバリバリと凍りつき、白い霜の結晶に覆われている。純白のゴシック風コートは泥と血の滲んだ染みで無残に汚れ、彼女のトレードマークであったプラチナブロンドの長髪は乱れ、冷え切った湿気の中で重く肌に貼り付いていた。


内側から頭蓋を割り割るような激しい疼きが、ヘレナの意識の重心を容赦なく引き裂いていく。それは外部からの物理的な攻撃による痛みではなく、彼女の肉体に寄生するように根を下ろした死の女神ヘラの神気が、精神の奥底から理性を踏みにじりながら肥大化していくときに生じる拒絶反応に他ならなかった。


(……やめて、お願い……。頭が割れそう……これ以上、ボクの身体を勝手に動かさないで……!)


ヘレナは震える両手で自らの両耳を強く塞ぎ、歯を食いしばってそのうめき声を喉の奥へと押し込んだ。かつて転生者特権階級の「神民」として、絶対的な優越感と尊大な笑みを浮かべていた少女の面影は、今のその冷え切った暗がりの中には微塵も残されていなかった。周囲の空間は、彼女自身が恐怖のあまり制御できずに漏らし続けているヘラの冷気によって、確実に温度を奪われていく。


背後からは、漆黒の翼状を模した不気味な霊力牙の影が、書架の木肌を削り取るようにユラユラと揺らめいていた。システムが与えてくれたはずの絶大なチートスキルは、今や彼女自身の魂をすり潰す最も残酷な呪いの檻と化し、一歩でも気を緩めればそのまま自我を呑み込んでしまうほどの圧倒的な圧迫感を放ち続けている。


管理機構のエージェントたちも、学内に響く反逆の鐘の音と烏丸小路スラムから這い上がる瘴気の混乱のなかで、この旧図書館の最奥にうずくまる崩壊しかけた人形の存在などとうに忘れているかのように誰も近づこうとはしなかった。誰も助けに来ない。誰もこの冷酷な恐怖から救い出してくれない。その孤独な絶望が、ヘレナの胸の内で冷たい泥水のように澱んでいた。


どれほどの時間が経過したのか、感覚の麻痺した頭の中で時間の流れさえも曖昧に溶けていく中、ふと、旧図書館の入り口付近で重い木の扉がごく微かにきしむ音が響いた。


キイイ……という乾いた摩擦音は、吹雪の風圧によるものではなく、何者かが意図的に鍵を外して慎重にその古びた扉を押し開けたときに生じる生々しい人の気配を伴っていた。


ヘレナの血走った赤い双眸が、暗がりの向こう側――書架の隙間から伸びる微かな光の筋へと鋭く向けられた。心臓の鼓動が耳の奥で激しく暴れ、恐怖に満ちた全身の神経が臨戦態勢のトゲのように逆立つ。


(……誰……? 管理機構の査察官……それとも、あの狂犬の仲間……?)


足音が聞こえた。それは管理機構のエージェントたちが踏み鳴らすような威圧的な軍靴の足音ではなく、雪に濡れたスラムの麻布の裾が床の埃をかすめるような、押し殺された慎重な足取りであった。


書架の角を回り込み、通路の影から一人の人影が姿を現した。それは学園の厳格な制服のあちこちに古い麻布を縫い付け、手製の防寒具を纏ったネイティブの生徒の姿であった。その顔立ちは疲弊と緊張に青白く染まっていたが、その両手には、或から密かに託された古びた毛織りの外套と、スープの入った素焼きの小さな木製の容器が大切そうに抱えられていた。


生徒はヘレナの姿を認めると、恐怖に震えながらもそっとその場で足を止め、慎重なトーンで声を絞り出した。


「……ヘレナ様……ここにいらっしゃるのですね。……その、或さんから頼まれて……これを……」


だが、その言葉が最後まで紡ぎ出されることはなかった。


極限の精神的圧迫感と情報の非対称性、そして周囲を支配する死の眷属の冷気が生み出している強烈なパニックの中で、ヘレナの脳裏には目の前の人物が敵の尖兵であるという誤認と、自分を屠りに来た処刑人であるという恐怖の錯覚しか描き出されていなかった。目の前で動くすべてのものが、自分の内側から這い出そうとするヘラの眷属の牙に見えて仕方がなかったのだ。


「――来ないでっ……!!」


ヘレナの喉の奥から、絶叫とも泣き叫びともつかない鋭い悲鳴が弾けた。その瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、凍てついた頬を伝って冷たい床へと落ちる。


反射的に振り上げられたヘレナの両手から、制御を完全に失ったヘラの冷気魔力が、暴風のような激しさとなって全方位へ向けて一気に爆発的に解放された。


「……っ……なっ……!?」


ネイティブの生徒が驚愕に目を見開き、身を引こうとした瞬間、空間全体の温度が絶対零度へと急激に引き下げられた。床面に染み込んでいたわずかな水分や空気中の埃の粒子は、一瞬にして硬質な氷の針へと変化し、周囲の空間を容赦なく切り裂いていく。


バリバリバリッ、とすさまじい破砕音が旧図書館の静寂を打ち砕いた。

ヘレナの周囲を取り囲んでいた重厚な古書の書架が、その冷気の直撃を受けて内部の水分を一瞬で凍結させ、白い霜の亀裂を走らせながらメキメキと音を立てて崩壊していく。何百冊もの専門書や魔導教本が雪崩を打ったように床へと崩れ落ち、無数の氷の結晶にまみれて粉々に砕け散った。


「あ……がっ……!」


突如として襲いかかった絶対零度の気圧階梯と、崩れ落ちる書架の圧倒的な質量の前に、ネイティブの生徒は身をかわす暇もなく吹き飛ばされた。持っていた毛織りの外套と木製の容器が空中で宙に舞い、スープの温かい液体が一瞬で凍りついて無数の氷片となって四方へ飛び散る。生徒は辛うじて旧図書館の重い木製の扉の隙間へと転がり出るようにして身を滑り込ませ、恐怖に歪んだ顔のまま、バリケードのように凍りつき始めた通路の暗がりへと慌てて逃げ去っていった。


重い扉が冷たい風圧に押されるようにしてバタンと音を立てて閉じられ、旧図書館の中には再び、信じられないほどの静寂と凍てつく暗闇だけが取り残された。


静まり返った書架の影の中で、ヘレナはその場にへたり込むようにして両膝を突いた。呼吸は荒く乱れ、吐き出す息は白い霧となって天井の梁へと溶けていく。背後で荒れ狂っていた漆黒の翼状の霊力牙の影は、エネルギーを使い果たしたかのように小さく縮こまり、やがて彼女の震える背中の中へと溶けるようにして消えていった。


だが、その圧倒的な冷気の暴走と引き換えに残されたものは、完全なまでの孤立と、自らの制御できない力の恐怖によるさらなる深い絶望にほかならなかった。


「はぁ……はぁ……っ、こないでよ……ボクは……悪くない……っ!」


ヘレナは両手で自らの顔を覆い、震える肩を小さく鳴らしながら誰にも聞こえない声を絞り出した。目の前には、自分が無意識に破壊した書架の残骸と、先ほどの生徒が残していった凍りついた木製の容器の欠片が無残に転がっている。助けを求めたわけでもないのに、差し伸べられた微かな温もりさえも自分の手で拒絶し、すべてを凍りつかせて追い払ってしまったというどうしようもない事実が、冷たい氷の杭となって彼女の胸の奥を突き刺していた。


周囲の空気は、彼女の纏う死の女神ヘラの気圧階梯によってさらに冷え込み、旧図書館の床全体が完全に白銀の氷の床へと変貌している。


誰もいない。誰も助けてなどくれない。この凍てついた学園の片隅で、自分はいつか完全にその神話の怪物に精神を乗っ取られ、ただの破壊の人形として消え去るのだという耐えがたい予感が、少女の細い体を容赦なく震わせた。


その冷え切った旧図書館の最奥の暗がりで、ヘレナが一人震えていた時、彼女を内側から蝕むヘラの神気のさらに深い奥底から、それまでとは明らかに異なる異質な感覚が波打つように這い上がってきた。


それは単なる恐怖の幻覚や、人間としての疲労から来る錯覚などではなかった。


チチチ……という、極めて微細で冷徹な電子音に似た周波数が、ヘレナの頭蓋の深部で直接共鳴し始めたのだ。それは、学園の魔導インフラのどこか、あるいは頭上でうねり続ける黄泉比良坂の裂け目の最深部から発信されている、管理機構のシステムとも、生身の人間たちの逆相ルーンとも異なる、古の神話の残滓そのものが刻み込んだ古い磁場の記憶であった。


(……聞こえるか……器の少女よ……)


頭のなかに直接流れ込んできたのは、言語化された音声ではなく、凍りついた深海の水圧のような圧倒的な質量を持った「意志の残響」であった。


ヘレナはそのあまりの重圧に息を呑み、血走った赤い双眸を大きく見開いて虚空を睨みつけた。彼女の意志とは無関係に、凍りついた床の表面に刻まれた氷の結晶が、その響きに呼応するかのように奇妙な幾何学模様の亀裂を広げていく。


氷の結晶が幾何学的な亀裂を広げていく床の上で、ヘレナは両手でこめかみを強く押し押さえ、頭蓋を内側から引き裂くような異質な響きに身悶えした。視界の端が白濁し、現実の旧図書館の冷たい風景が、北欧の果てしない荒涼とした吹雪の幻影に塗りつぶされていく。


(――違う、やめて……! ボクは、そんなものの器じゃないわ……っ!)


少女の喉の奥から漏れ出たうめき声は、凍てついた大気の中で瞬時に霜と化して消えた。頭の深部で直接共鳴する意志の残響は、もはや単なる幻聴の域を超えていた。それは、死の女神ヘラの神気がこの学園の地下深く――神代回廊の実験炉の奥底でうねる黄泉比良坂の裂け目と共鳴し、彼女の肉体と精神を完全に飲み込んで北欧神話の終末劇を現実世界へ定着させようとする、具体的な「侵食の合図」に他ならなかった。


全身の毛穴という毛穴から冷や汗が噴き出し、それが瞬時に凍りついて細かな氷の粒となってコートの裾からパラパラと剥げ落ちる。ヘレナは自分の体が自分のものでなくなっていく恐怖に抗うように、震える指先で凍りついた床板を激しくひっかいた。爪の隙間からにじみ出た血が一瞬で凍り、赤いルビーのような氷の珠となって転がる。


その時、旧図書館の重い木製の扉が、先ほどよりもさらに慎重に、しかし確かな意思を持って再び押し開けられた。


きい……と、凍りついた蝶番が悲鳴を上げるような摩擦音が響く。扉の隙間から流れ込んできたのは、冷たい吹雪の気配と、微かに漂う血と古いスラムの泥の匂いであった。


(……また……来たの……? 今度は、一体誰よ……)


ヘレナは血走った赤い双眸をドアの方へと無理やり向け、震える上半身を持ち上げた。そこには、先ほど彼女の冷気魔力によって吹き飛ばされたはずのネイティブの生徒が、震える両手で新しい毛布の包みを抱えながら、再び暗がりへと足を踏み入れようとしている姿があった。


その生徒の顔には明らかな恐怖とためらいの色が浮かんでいたが、それ以上に、冷え切った暗がりで凍え死にかけている少女を見捨てられないという、泥臭いまでの生存の連帯感が宿っていた。生徒は冷気で白くなった息を吐き出しながら、声を殺してこう告げた。


「……怖がらないでくれ……。或さんから……これを渡すように言われたんだ。……あなたを、ここで凍え死なせたりしない……」


その言葉の中に響いた「或」という名前が、ヘレナの混乱しきった頭の中で鋭く引っかかった。

先ほどまで恐怖の対象でしかなかったその名前は、あのスラムの底から這い上がり、絶対零度の聖域のコアを冷徹な眼差しでこじ開けてみせた、不気味で泥臭い陰陽師の姿を脳裏に呼び起こした。


ヘレナの胸の内で、過剰な選民思想のプライドと、助けを求める少女としての切実な依存心が、激しくぶつかり合いながら音を立てて砕け散っていく。


(或……あの、下級民の陰陽師が……ボクにこれを……?)


だが、その思考の深まりを遮るように、頭の奥で共鳴していたヘラの神気の残響が再びけたたましく脈打った。少女の瞳の奥で、鮮やかなプラチナブロンドの髪が凍てつく冷気によって逆立ち、背後には再び目に見えない漆黒の牙の影が不気味にうねり始める。


極限の恐怖と、押し寄せる侵食の波に耐えかねたヘレナは、生徒の掲げた毛布の包みに向かって、か細くも鋭い拒絶の声を張り上げた。


「……こないで……! 近づいたら、ボク……何をされるか分からないわ……っ!」


その声に応じるように、少女の足元から再び強烈な絶対零度の波紋が放射状に爆発し、旧図書館の残された書架や床の板を根本から激しく凍結させていった。


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