第4章 : 境界の向こう側
岩場での試験を終え、三人はゾヤの家へ戻った。
路地が静けさを帯び始める郊外に建つその住居は、一見したところ目立つものではなかった。飾り気のない、直線的な外観。学者の隠れ家というより、実用性を重んじる人間の住まいのようだった。
玄関ホールを抜けたところで、みおは驚いた。
内部は道具で埋め尽くされているのではなく、むしろミニマルな雰囲気に満ちていた。滑らかな壁、明るい色調、そして暗色の金属を組み合わせた磨き木製の家具が、まるで外科手術のような精密さで配置されていた。
そこは、異なる要素が融合した空間だった。
居間の中央には、簡単な調整ひとつで診察台へと変わるリクライニングチェアがあり、その周囲では、輝く記号が浮かぶガラスパネルが低い唸りを発していた。
それでも、空気には金属と、淹れたばかりのお茶の香りが混ざり合っていた。
脇のテーブルには、湯気を立てるティーポットが、書き込みでいっぱいのノートと、肘掛け椅子の上に畳まれた毛布の隣に置かれていた。
「私の家へようこそ」
ゾヤは短く微笑んで言った。
「神殿でも工房でもないけれど、ここなら余計なものに気を散らされず、必要なものを観察できるの」
みおは視線を巡らせた。
精巧な品々に囲まれながらも、ゾヤが今なお静かにこの場所を家と呼び続けていることに、そこに宿る優しさを感じ取った。
午前中の大半を岩場で過ごしていたため、疲労が重くのしかかっていた。
最初に沈黙を破ったのはアレクサンドラだった。
「どんな試験をするにしても、まずは何か食べないと」
ゾヤは頷き、台所へ向かった。
そこも家のほかの場所と同じく、飾り気のない空間だった。
鍋も釜もない。
彼女は金属製の収納区画から、小分けにされた食事の入った小さなトレーを取り出した。
濃縮された味を持つ半透明の球体。噛むと香辛料が放出される立方体。そして、圧縮したスープのように溶ける薄いシート。
みおは信じられないという顔でテーブルを見つめた。
「これ……食べ物なの?」
爪ほどの大きさのカプセルを手に取り、彼女は尋ねた。
「最適化された食事よ」
ゾヤは陶器のカップにお茶を注ぎながら答えた。
「一食分に必要なものがすべて含まれている。余分なものはないわ」
みおは小さな真珠のような粒を指で押した。
人工的な弾力を残してへこみ、次の瞬間には弾けて舌の上に広がった。
森と塩を思わせる味は、現れたときと同じくらい素早く消えていった。
「私の世界では、空腹は時間と火で癒やすものだった。ここでは……空腹は計算なのね」
彼女は悲しみと驚きの入り混じった眼差しでゾヤを見た。
「食べ物の重みを手の中に感じることもないのに、どうやって味を楽しめるの?」
「効率だって、ひとつの芸術になり得るわ」
ゾヤはかすかに微笑んだ。
食事の間、心地よい沈黙が続いた。
時折、カップの触れ合う音だけが静けさを破った。
外では風が窓を叩き、世界が今も動き続けていることを思い出させた。
食事を終えると、ゾヤはリクライニングチェアを指し示した。
「よし。力も戻ったところで、続きを始めましょう。テネブリオの指輪の力を、管理された環境でどこまで使えるのか確かめたいの」
みおは唾を呑み込んだ。
期待の重みは、疲労よりも大きかった。
その瞬間、ミサオの声が彼女の心の中に響いた。
穏やかだが、確かな強さを帯びていた。
<みお、無理をしすぎないで>
ゾヤはアルカナ・ログに残された最後の記録を確認した。
外部センサーはパルスケーブルに交換され、みおの皮膚にある接続点へ直接つながれていた。
今回は読み取りの損失は起こらない。
肉体と金属の結びつきが、今まさに記録されようとしていた。
アレクサンドラは部屋に残り、落ち着かなさと静かな信頼が入り混じった表情を浮かべていた。
まるで、目に見えない何かが、これから数秒間の成り行きを決めるのを待っているかのようだった。
最初のの発動は、乱れのないものだった。
みおは目を開いたまま、動かない天井を見つめた。
紫色の瞳に円環が灯り、内側から開かれる錠前のように、ゆっくりと回転し始めた。
世界が引き伸ばされた。
五秒間、彼女の知覚は半透明の膜のように広がった。
あらゆる動きが、驚くほど鮮明さを増した。パネルの振動から、アレクサンドラとゾヤの手がわずかに動く様子まで。
自分自身の呼吸さえも、正確な瞬間ごとに切り分けられたように感じられた。
すべてが均衡を保っていた。
脳の疲労は軽く、激しい旋律を聴いたあとに残る耳鳴りのようなものだった。
しかし、視界が消え去ると、もっと深い空虚さが明らかになった。
みおのマナが減少していたのだ。
まるで鼓動のたびに、自分自身の一部を差し出しているかのようだった。
みおはライラの調合薬を飲んだ。
ひとつは体力を回復させるため、もうひとつは蓄積した毒性を浄化するためのものだった。
その効果には代償が伴う。それでも、必要なことだった。
ゾヤは正確に記録を取りながら頷いた。
アレクサンドラは、知らず知らずのうちに息を吐いていた。
二度目の発動には、みおが出せるすべての力が必要だった。
瞳の中の円環が再び回転し始めた。
今度はより速く、周囲の空間が張り詰めたように感じられた。
異常な映像が現れたわけではない。
だが、みおの身体はまるで戦闘中であるかのように反応した。呼吸は荒くなり、肌は汗に覆われ、担架の上に置かれた指先が震えた。
感覚が鋭敏になった。
自らの核からマナが湧き出すのを感じた。
まるで身体が許可もなく、それを要求しているかのようだった。
いつもよりも激しい反応で、制御するのが難しかった。
マナは螺旋を描くように減少していった。
みおの身体が、長く続けてはならない何かを支えようとしているかのようだった。
ゾヤは眉をひそめ、アレクサンドラは緊張した面持ちで一歩踏み出した。
視界が五秒目に達すると、突然、空虚さがみおの身体を駆け抜けた。
生命力が一気に崩れ落ちたのだ。
筋肉は重くなり、頭がぐらぐらと回った。意識の糸が今にも途切れそうになった。
みおは息を切らしながら、担架にしがみついた。
やがて指輪が、熱に浮かされたような熱を放ち始めた。
まるで、彼女の身体を駆け巡る反応の激しさを、その合金が放熱しきれないかのようだった。
「大丈夫……」
そう言ったものの、みおの声は、今にも切れそうな弦のように震えていた。
世界が再び暗くなる前に、彼女は調合薬を探し出して飲んだ。
ゾヤは素早く記録した。
「疲労、危険域。休息により回復可能」
その後の沈黙には、敬意が満ちていた。
アレクサンドラとゾヤは視線を交わした。それ以上の説明は必要なかった。
二度の発動によって、みおの身体は限界まで追い込まれていた。
合計十秒間の。
「十秒……」
みおは繰り返した。
「ため息ひとつの間に溶けてしまう時間。それなのに、私はその一瞬で戦争に勝たなければならない」
「脳の活動が急上昇し、ノードは不規則な反応を記録したわ」
ゾヤが言った。
「技術的な故障ではない。あなたの身体が、代償を負わずに維持できる量を超えてマナを消費していたのよ」
アレクサンドラは近づき、みおの隣に腰を下ろした。
「マナと身体を安定させるために、食事をして一日休む必要があるわ。そのあと……テネブリオの鉱脈へ向かいましょう。そこで、あなたの装置を構造体相手に試すの」
「構造体?」
みおが尋ねた。
「金属の殻よ」
アレクサンドラが答えた。
「動き、殴りかかってくる存在。でも、その血管を流れているのは血ではない。生命を模倣する、空虚な残響なの」




