番外編「最強の魔法使いの甘すぎる朝」
◇クロード視点
朝日が塔の最上階の寝室に差し込む前、まだ薄暗い時間。
クロードは静かに目を覚ました。
長年の習慣で、どれほど深く眠っていても、一定の時刻には自然と意識がはっきりとする。
しかし、最近の彼はすぐにベッドから起き上がることをしなくなった。
その理由は、彼の腕の中にすっぽりと収まり、規則正しい寝息を立てている温かな存在のせいだった。
『……また、毛布を蹴飛ばしているな』
クロードは小さくため息をつきながら、リゼットの肩までずり落ちていた上質な羽根布団を、そっと首元まで引き上げた。
彼女は眠っている間、驚くほど無防備で、よく寝返りを打つ。
そのたびに彼の胸に顔を埋めたり、腕に抱きついてきたりするのだが、彼にとってそれは全く不快ではなく、むしろ胸の奥が甘く疼くような心地よさだった。
彼は布団を直したついでに、彼女の滑らかな頬に指の背でそっと触れた。
ほんのりと温かく、柔らかな感触。
出会った頃、森で倒れていた時の彼女は、今にも折れそうなほど痩せ細り、肌は冷たく青ざめていた。
あの時、なぜ自分が彼女を助けたのか、今でも明確な理由はわからない。
ただ、彼女から漏れ出す異常なほど純粋で透明な魔力が、自分の心の奥底にある何かを強く揺さぶったことだけは確かだ。
『今では、少しふっくらとしてきたか』
毎日、自分が厳選した食材で(彼女自身に作らせてはいるが)三食きっちりと食べさせ、冷えないように魔法で特注の服を与え、少しでも咳をすればベッドに押し込んで休ませてきた成果だろう。
彼女が健康で、自分の目の届く場所で穏やかに笑っている。
ただそれだけで、自分の内側が信じられないほど満たされていくのを感じる。
「……んっ」
リゼットが小さく寝言を漏らし、クロードの胸元にさらに深く顔をすり寄せてきた。
その無意識の甘えるような仕草に、クロードの口元が自然と緩む。
『本当に、俺がいないと何もできない無防備なやつだ』
実際には、彼女はすでに並の魔法使いを遥かに凌ぐ実力を持っており、一人で森を歩いても魔物を容易く払いのける力がある。
だが、クロードの脳内では、彼女は永遠に「自分が守らなければ生きていけない脆い存在」として変換されていた。
少しでも危険な真似をすれば叱りつけ、重い物を持たせようとせず、家事すらも自分が魔法で代行しようとしてしまう。
リゼットからは「過保護すぎます」と困ったように笑われるが、やめるつもりは毛頭なかった。
『俺が甘やかしたいから甘やかしているだけだ。文句は言わせない』
彼はリゼットの柔らかい髪に顔を埋め、そのかすかな甘い香りを肺いっぱいに吸い込んだ。
かつては他人の存在を疎ましく思い、誰も寄り付かないこの塔で一生を終えるつもりだった。
しかし今では、この小さな温もりを失うことなど、想像しただけで背筋が凍るほどの恐怖を感じる。
外の世界では、彼女の価値を見抜けなかった愚か者たちが没落し、這いつくばって生きているだろう。
だが、そんなことはもはやどうでもいい。
彼女は今、自分の腕の中にいて、自分だけに向かってその美しい魔法と笑顔を向けてくれるのだから。
「……クロード、様……?」
不意に、リゼットのまぶたがゆっくりと開き、まだ覚醒しきっていない潤んだ瞳が彼を見上げた。
「……起こしたか」
「いえ……おはようございます」
彼女がふわりと微笑み、彼の胸元にそっと手を添える。
その柔らかな温もりに触れた瞬間、クロードはもう、ベッドから出るのを完全に諦めた。
「もう少し、このままでいろ。今日は冷える」
「えっ、でも、朝食の準備を……」
「後で俺がやる。だから、今は動くな」
そう言って、彼はリゼットをさらに強く抱き込み、彼女の額にそっと唇を落とした。
この甘く満ち足りた日常が、これからも永遠に続いていく。
その確信を胸に抱きながら、最強の魔法使いは再び目を閉じ、愛する弟子の温もりに深く身を委ねたのだった。




