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無能と捨てられた令嬢は規格外の魔力持ち!?〜孤独な最強魔法使いに拾われて、なぜか異常なほど溺愛されています〜  作者: 黒崎隼人


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第1話「奪われた居場所」

 灰色の空から際限なく降り注ぐ雨滴が、硬い石畳を容赦なく打ち据えている。

 水しぶきが白く弾け、無数の波紋が水たまりの表面を絶え間なく揺らしていた。

 重々しい装飾が施された分厚い鉄格子の門が、耳障りな金属音を軋ませながらゆっくりと閉ざされていく。

 冷え切った鉄が擦れ合うその響きは、過去と現在の境界を永遠に切り離す宣告のように耳の奥へ突き刺さった。

 リゼットは手にした小さな布袋を胸の前に固く抱き寄せ、閉じられた門の向こうにそびえ立つ壮麗な屋敷をただ静かに見上げていた。

 色褪せた麻のスカートの裾は泥はねで汚れ、雨を吸った布地が重く足にまとわりついている。

 体温を奪い去るような冷たい風が吹き抜け、肩が小刻みに震えた。

 雨水が前髪を伝い、冷たい線を描いて頬を滑り落ちていく。

 瞬きをするたびに視界が滲んだが、それは雨のせいなのか、それとも別の理由なのか、彼女自身にもわからなかった。

 魔力こそが貴族の価値を決めるこの国で、由緒あるヴァレンティア侯爵家に生まれた長女である彼女は、かつて大きな期待の的だった。

 しかし、十歳の誕生日に神殿で行われた魔力測定の儀式で、その運命は完全に暗転した。

 純白の滑らかな大理石の台座に置かれた、透き通るような測定用の水晶玉。

 神官たちが期待を込めた眼差しで見守る中、リゼットは震える両手でその表面にそっと触れた。

 滑らかで冷たい硝子の感触が手のひらに伝わる。

 他の子供たちであれば、触れた瞬間にまばゆい光が内部からあふれ出し、その輝きの強さで魔力の高さを証明するはずだった。

 だが、リゼットの手が触れた水晶は、ただの石のように冷たく沈黙したまま、どれだけ待っても一切の光を放たなかった。

 静まり返った神殿の広間に、誰かの息を呑む音が響いた。

 神官たちの間に広がるざわめきと、両親の顔からさっと血の気が引いていく様子を、リゼットは今でも鮮明に思い出すことができる。

 期待は一瞬にして深い失望へと変わり、やがて冷ややかな軽蔑へと姿を変えた。

 それからというもの、彼女を取り巻く世界は一変した。

 日差しが降り注ぐ華やかな寝室から追い出され、暗く埃っぽい屋根裏の物置部屋が新たな居場所となった。

 肌触りの良い絹のドレスは奪われ、使用人が着古した粗末な服を与えられた。

 食事の席に彼女の椅子はなくなり、厨房の隅で固くなったパンと冷めたスープだけを口にする日々が始まった。

 すきま風が吹き込む冬の夜は、薄い毛布を頭から被り、膝を抱えて震えながら朝の光を待つしかなかった。

 数年後に生まれた妹のマリアンヌが、見事な魔力の輝きを水晶に灯したその日から、リゼットの存在は家族の意識から完全に消し去られた。

 マリアンヌは両親の愛情と期待を一身に受け、望むものは何でも与えられて育った。

 美しいドレス、煌びやかな宝石、甘いお菓子。

 彼女は姉であるリゼットを無能だと公然と嘲笑い、彼女が大切に隠し持っていた母親の形見のハンカチさえも、遊び半分で燃やしてしまった。

 それでも、リゼットは口元を引き結び、感情を押し殺して耐え続けた。

 いつか、政略とはいえ幼い頃から決められていた婚約者であるレオンの元へ嫁ぐ日が来れば、この冷たい家から抜け出せるのだと、そのかすかな希望だけを支えにしてきた。


◆ ◆ ◆


 豪華な調度品が隙間なく並ぶ応接室の、ふかふかとした毛足の長い絨毯の上に、リゼットは一人で立たされていた。

 目の前の豪華な革張りのソファには、最新の流行を取り入れた鮮やかなドレスを着飾ったマリアンヌと、隣接する領地の次期領主であるレオンが、肩が触れ合うほどに身を寄せて座っていた。

 レオンの仕立ての良い上着の袖に、マリアンヌの白い手が親しげに添えられている。

 その光景を見た瞬間、リゼットの胸の奥で何かが冷たく崩れ落ちる音がした。

 レオンは冷ややかな目をリゼットに向け、薄い唇を開いた。


「君との婚約は、本日をもって破棄させてもらう」


 感情の読めない冷たい声が、静かな部屋の空気を震わせた。

 リゼットは息を呑み、足元の精緻な織物の模様を見つめたまま、指先をわずかに動かすことしかできなかった。


「次期領主たる私の妻に、魔力を持たない無能はふさわしくない。マリアンヌ嬢のような美しく、優れた魔力を持つ女性こそが、我が領地を導く光となるべきだ」


 マリアンヌはレオンの腕にさらに深く絡みつき、姉を見下ろして唇の端を歪めた。


「お姉様、そういうことだから諦めてね。無能なお姉様には、こんな素敵な方、もったいないもの」


 甘ったるい声の裏に隠された明確な悪意が、肌をチリチリと刺す。

 部屋の奥に座る両親も、止めるどころか当然だというように深く頷いていた。

 父親は葉巻を灰皿に押し付けると、氷のような視線を長女に向けた。


「我が家の恥をこれ以上さらし続けるわけにはいかない。リゼット、お前は本日をもってヴァレンティア家から追放する。二度とこの門をくぐることは許さない」


 その宣告は冷たく重く、一切の情を含んでいなかった。

 反論する気力すら、もはや残っていなかった。

 言葉を返せば、さらなる冷笑と暴力が待っているだけだと、長年の生活で嫌というほど体に刻み込まれていたからだ。

 ただ黙って頭を下げ、部屋を後にするしかなかった。

 荷物をまとめる時間すら与えられず、小さな布袋にわずかな日用品を詰め込んだだけで、裏口から放り出された。


◆ ◆ ◆


 雨足は次第に強まり、濡れた衣服が体温を容赦なく奪い去っていく。

 吐き出す息は白く濁り、布袋を握りしめる指先はすっかりかじかんで感覚を失いつつあった。

 もう、ここには何の未練もない。

 リゼットは閉ざされた門に背を向け、ぬかるんだ土の道をゆっくりと歩き始めた。

 どこへ行けばいいのか、見当もつかなかった。

 貴族の身分を剥奪され、金貨一枚も持たない少女が一人で生きていけるほど、外の世界は甘くない。

 通り過ぎる町の人々は、ずぶ濡れで歩くリゼットに怪訝な視線を向けたが、誰一人として歩みを止めて声をかける者はいなかった。

 皆、自分の生活を守ることで精一杯であり、関わり合いになるのを恐れるように足早に通り過ぎていく。

 石造りの家並みがまばらになり、風景が次第に荒涼としたものに変わっていく。

 泥濘に足を取られ、何度かよろけそうになりながらも、彼女はただ前へ前へと足を踏み出した。

 肺の奥が焼けるように痛み、息をするたびに乾いた音が喉の奥から漏れる。

 冷たい雨粒が睫毛を重くし、視界はかすんでいく。

 やがて、町の外れを示す古い石碑の向こうに、重く立ち込める灰色の雲の下、黒々とした樹海が広がっているのが見えた。

 足を踏み入れれば生きては戻れないとされる、禁忌の領域。

 人々が恐れ、決して近寄ろうとしない魔の森。

 リゼットの足は、まるで目に見えない糸に引かれるように、その深く暗い口へと向かっていた。

 恐怖は不思議と湧いてこなかった。

 誰にも必要とされず、誰にも愛されないこの冷たい世界に留まるよりは、すべてを終わらせてくれる闇の方が、はるかに優しく思えたからだ。

 彼女は一度だけ振り返り、雨にかすむ町の灯りを遠くに見つめると、静かに森の境界を越えた。

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