deta,62:夜しか目覚めませんよ姫は
時は半日前に遡る――。
「水沢」
「何よ」
一緒に揃ってローテーブルを挟んだそれぞれソファーの上で伸びていたラフィン=ジーン・ダルタニアスが、痛む全身に鞭打つように上半身を起こすと、二本指で挟んだ一万円札をピッと水沢堂魁に指し示した。
「もう判りますね?」
「まぁ~、あたしも安く見られたものね! あたし便利屋兼情報屋よ? そこら辺の警備員の日給の方がまだ高く貰えるわよ!」
魁は氷袋を枕にして言うと、ツンとそっぽ向いた。
「……」
これにラフィンはもう一万円札、魁へと指し示した。
「ま、これでも他より安い方だけど、まけたげるわ」
魁は起き上がると、テーブル越しにラフィンから二万円を受け取る。
「じゃ、見失わないうちに行ってくるわ」
その言葉を残して魁は、颯爽とこの場を後にした。
「で、用件は一体何スか水沢堂さん」
魁に呼び出されて氷室遊弥が、複合商業施設の駐車場へとタクシーでやって来た。
「この中に、今うちの美誠が最近出来たお友達とやらと一緒に、入って行ったのよ」
車内で待機中だった魁が車から降りてくる。
「……つまり俺にそいつとの会話を探れと?」
「ご名答☆」
「まぁ、いいっスけど、水沢堂さん昨夜での打ち付けられた頭はもう大丈夫なんスか?」
「痛いわよあのアシュラ野郎! だけど寝込むほどではないからこうして動いてんのよ」
「ひとまず、悠貴さんの声を探ってみますね」
二人は言葉を交わしながら、ショッピングモールの中へと入って行く。
「――見つけました。5階にいます。しかしこの一緒にいる相手の声……どこかで聞いたような」
「あんたが知ってる相手かもよ~?」
そうして5階までエスカレーターで上がると、遊弥からの誘導で離れて見える場所へと移動したが。
「――ゲッ! マジで知ってる相手だ!」
遊弥が顔を青くする。
「何でも名前、えれいんとか言うらしいけど」
「うちのお嬢っスよ……」
さすがラフィン。勘が鋭いわね相変わらず……。
魁は内心ふと思う。
「お嬢? 前にあのライフサイエンス研究所に探りに行った時に、チラッと言ってた子?」
「うぃっス。うちの副所長みたいなもんっス。鮫島さんが決定したんスよ」
遊弥の話を聞きながら、魁の視線は悠貴美誠とエレイン・ローレンスへと向けられている。
二人は楽しそうにはしゃぎながら、洋服選びに勤しんでいた。
「あたしそこが不思議なんだけど、どうして鮫島はその所長にならなかったの」
「上の椅子に座っているより兵力として動く方が性に合っているらしいです」
「……――っ! ちょっ! 今は笑わせないでよ! あの二人を、特にそのお嬢って子を探ってる最中なんだから!」
遊弥の言葉に、必死で笑いを堪える魁。
「……昨夜の悠貴さんから受けた一撃KOの話、聞いたんスね……」
「当たり前じゃない! これを笑わずにはおれるかっての! それで兵力ってどんだけ自惚れてんのよクスクス……イツツ……! 頭に響くわ……」
その時エレインは試着室に入って行った。
美誠はその近くで他の服を見ながら待っているようだ。
「おそらくですけど、うちのお嬢、何か企みがあって悠貴さんに近付いたんでしょうね……」
「何でも男性恐怖症とか聞いたけど?」
「そうなんスよ……これが情けない話なんスけどね……」
遊弥はその経緯を話して聞かせた。
「そりゃ殺されて正解だわ……男性恐怖症にもなるわね確かに」
話を聞いて、魁は前所長の行いに呆れ果てる。
「だからそれ以来、お嬢は俺らをも恐れて顔も合わせていませんもん。だから所長である“姫”に伝達してます。まぁ、特別命令とかしてくるわけじゃあない人なんですけどね」
するとエレインが試着室から出てくる。
少ししてから、美誠がレジへと向かう。
「スッゲ! 悠貴さん、お嬢にあの服自腹で買ってあげるみたいっスよ」
「何、男前なことをやってんのよあの子ったら……」
これに魁は嘆息吐く。
美誠とエレインが動き出したので、二人も見失わないように離れた位置から後を付ける。
すると二人は店内テラスタイプになっているカフェに定着した。
「じゃあエレインは、最初から美誠の正体を知っていて近付いたってことかしら?」
「間違いないっスよ。少なくとも俺と鮫島さんが“姫”に悠貴さんの存在を伝えてるっスからね」
「じゃあ“姫”からの命令であの子、うちの美誠に近付いたのかしら……」
「そこが俺も謎なんスよね……」
「何であんたが分かんないのよ。姫のことはあんたが一番詳しい筈でしょ」
「うちの姫はただのお飾りみたいなもんで、そういう器のタイプじゃないんスよ。特に妹同然のお嬢に何かを命令するのは考えにくくて……前所長みたいな卑劣な何かがない限り……実質、研究所を動かしているのは鮫島さんスからね」
「真の目的は美誠よりもラフィン……ダルタニアスの筈。美誠を利用するにしてもこれらの行動、無駄でしかない筈だし……」
「会話の様子だと、珍しいくらいに純粋にお嬢、悠貴さんに懐いてますよ?」
「仕方ない。その姫とやらも探ってみるかな」
「夜しか目覚めませんよ姫は」
「夜……?」
遊弥の言葉に、魁は小首を捻った。




