deta,61:あなた今まで何見てたの?
「今日は夜風が気持ちいいわね。昼間はうんざりするほど暑いけど」
「そうなの? でも、本当にまた来てくれるとは思わなかったわ」
「まぁ! セレアったら薄情ねぇ~! あたしは約束はきちんと守る男よ!」
これにセレア・メイランドは愉快そうにクスクス笑う。
「それで、さっき一人でぼやいていた“恋”って、何の話か聞かせてみなさいよ」
水沢堂魁に訊ねられたセレアは、少し考えてから口を開いた。
「私の妹がね、恋をしたみたいなの。まだ14歳なんだけれど」
「あら、セレア妹がいたのね」
「血の繋がりはないの。でもその子が生まれた時からずっと一緒で……姉妹と言っても過言じゃない仲なの。今も私の部屋で眠ってるわ。きっと今頃、恋した相手の夢でも見ているに、違いないわ」
言うとセレアは水筒を手に取ると、紙コップに中身を注いで魁に差し出す。
「アイスティーだけれど」
「ありがたく頂くわ」
魁はセレアから紙コップを受け取る。
「それで、セレアの方はどうなのよ?」
「恋愛のこと? クス……全っ然! だって出会いの場がないもの。私みたいな夜の人間は周囲にはいないし、人見知りだから街にも行かないし。仮に私みたいな女が彼女になったって、堪らなく退屈でつまらないわよ。“死にたくなるくらい”」
「そうかしら? そんなの付き合ってみないと分かんないんじゃない? あらヤダ何これ。美味しいわよこのアイスティー」
突然話が飛躍する魁に、セレアは一瞬キョトンとしてクスクス笑う。
「オレンジを絞ってハチミツを入れてあるの。そうだ! 良かったら私が作ったお弁当も食べない? せっかく作ったし、一人よりも二人の方が楽しいだろうから」
「じゃあお言葉に甘えて頂くわ。でも、ほら、やっぱり二人の方が楽しいって気持ちはあるのね」
「え?」
「人見知りとか言い出すから、一人の方が楽しいのかと思っちゃって」
「カイとはなぜか、不思議と会話が弾むのよ……」
「そう言ってもらえて嬉しいわぁ~!」
魁の反応に、またセレアはクスクス笑う。
「これ、サンドイッチ? 食べてもいい? 食べても大丈夫? 食べたら死んだりなんかしないわよね!?」
「え? ええ、当たり前じゃない!」
「だってさっきセレア、“死にたくなるくらい”とか言うから、毒でも入ってんじゃないかしらとか思って」
これに一瞬間を置いてから、セレアは盛大に大笑いし始めた。
そんな彼女に、魁も一緒に笑い始める。
そしてひとしきり笑ってから、魁が言葉を発する。
「それだけ笑えれば、元気になれるわよ。体が弱くったって」
「だといいけど。そうね。カイには、話しておこうかな……私の病気のこと」
こうしてセレアは、自分がポルフィリン症で、尚且つ溶血性貧血、更には色素減少であることを魁に説明した。
クローンであることは伏せていたが。
「色素減少。だからね! 初めて会った時セレアの色の白さに、一瞬見失ったかと思ったわけは」
魁のジョークにまたもやセレアはケラケラと笑う。
「ホント! カイったら! こんなに面白い人に出会ったのはあなたが初めてよ! 今まではみんな、私の症状を聞くとまるで、腫れ物に触れるように接してきて、つまらなかったもの!」
「幽霊でもいいわよ。闇に浮かぶ幽霊」
言いながら手つきを幽霊に真似る魁。しかし。
「……それは笑えないわ」
セレアの顔から笑いが消えた。
「……あら。調子に乗っちゃったかしら?」
「ジョークよ! カイをからかってみたかっただけ!」
そうして愉快そうにセレアは、手を叩いて笑った。
「人前でそれだけ笑ったところ、見せたことある?」
「……んー、ないわ」
「フフ、じゃああたしだけの物ね。その笑顔は。大切にしなさいよ~!」
魁は言って人差し指でセレアの口端を二度つつくと、サンドイッチへと手を伸ばした。
セレアは自分を初めて誰かに触れられて、不思議な気持ちを覚えた。
エレイン・ローレンスが触れてくる時と、科学者や研究員などが触れてくる時とは全く違う感覚だった。
「ヤダちょっと美味しいじゃないの! 安心しなさいセレア。あなた100パー男の胃袋つかめるだけの料理の腕前あるわよ」
「そんな男なんていないわよ……」
「あら。じゃああたしじゃダメかしら?」
「え?」
「あたしよ。あなた今まで何見てたの? あたしこんな口調だけれど、しっかり男よ?」
「気付かなかった……!」
暫しの沈黙の後、同時に大爆笑する魁とセレア。
「ユーモアセンスもばっちり持ってるじゃない。何が“死にたくなるくらい”退屈でつまらないわ、よ! 逆に自意識過剰よ!」
「私でもそんなの、気付かなかったわ。確かに、言われてみればそうかも知んない」
「いいことよ。それって。“死にたくなるくらい”にあたしを笑わせて、殺してごらんなさいよ。今度から」
「……私みたいな病弱な女でもいいの? カイは……」
「だから、そんなのそれだけ笑ってりゃ気にもしなくなるわよ! 大体こんな所で夜に笑い転げてんのって、あたしとセレアだけよ」
「クスクス……それもそうね。ホント、悲観的な自分がバカバカしくなってきたわ」
その調子よ。――“姫”。
魁は内心、密かに思った。
彼は“情報屋”なのだから。
ちなみに一緒にライフサイエンス研究所へ来た氷室遊弥は、さっさと先に帰らせていた。




