第26回 華麗なるロックオペラ クイーン 1973年~
「あなたが一番好きなロックバンドは?」という質問に、「クイーン。」と答える人は、世の中にどのくらいいるでしょう。
もちろん、熱烈なクイーンファンは少なからずいるでしょうから、そういう人たちは、迷わずクイーンを選べるとして、そのほかの、様々なバンドを愛聴していたり、あまり洋楽に詳しくないという人たちの中で、クイーンがとりわけ好き、という人が、どのくらいいるか、気になります。
あの、オペラチックな華々しい音楽性は、女性に特に人気があるのではないでしょうか?
クイーンが1973年、イギリスからアルバムデビューした時の、欧米の音楽メディアの評価は、今では想像できないほど、非常に低いものでした。
「手が込み過ぎたロック。」という批評に加えて、ファッション重視のグラム・ロックの一種とみなされたことから、伝統を好むロック・ジャーナリズムから毛嫌いされたのです。
そんな中、いち早く彼らの音楽を評価したのは、日本の音楽雑誌であり、レコードを買い求めたのは、日本の女性ファンだったと言います。
やがて、シングル「キラー・クイーン」やアルバム『シアー・ハート・アタック』(1974年)といったヒット作に恵まれた彼らは、アメリカやヨーロッパでも徐々にファンを増やして行きますが、その頃になると、日本での人気はもはやアイドル的なものになっており、1975年の初来日時には、空港に大挙して詰めかけたファンの熱気や、行く先々での歓待や歓迎ぶりに、バンドメンバーが感銘を受けたという逸話が残っています。
こういう経緯から、クイーンのメンバーは、日本に対して特別な親しみを抱いており、1976年のアルバム『華麗なるレース(A Day at the Races)』では、歌詞の一部を日本語で歌う「手をとりあって(Teo Torriatte)」という曲が収録される事になりました。
この、「手をとりあって(Teo Torriatte)」の日本語歌詞が、実に良いのです。
外国のバンドが、日本語で歌うと、どうも取ってつけたようなかっこ悪い日本語になっている事が多いんですが、この曲の歌詞は、とても美しい、詩的な仕上がりで、歌詞としての魅力がとても大きく、しかも、歌っているフレディ・マーキュリーが、違和感のない日本語の発音で歌ってくれているので、日本語ネイティブが聴くとなおさら感動ひとしおなのです。
ウィキペディアによると、〈来日時に通訳を担当していた鯨岡ちかがフレディの依頼を受け英語だった歌詞を翻訳して完成した。〉との事です。鯨岡さん、素晴らしい歌詞を、ありがとうございます。
ちなみに、この曲は、海外のライブでは披露しないようですが、来日時のコンサートでは取り上げられていたようで、ブートレッグで観客と一体になった大合唱を聴く事ができます。
1979年発表のライブアルバム、『ライブ・キラーズ』にも、「手をとりあって」は収録されていません。1979年と1982年の東京公演のビデオで、観る事ができますが、この曲のライブバージョンを聴くのは、意外と難しいのです。
このバンドの華は、何と言っても、オペラチックでドラマチックな美声の持ち主、フレディ・マーキュリーのボーカルですが、もう一つの魅力は、ギタリストのブライアン・メイが、ギターの録音を幾重にも重ねることで合奏をしているかのような効果を生み出す、ギター・オーケストレーションという手法による、豪華なサウンドです。
この手法は、彼らの代表曲、「ボヘミアン・ラプソディ」「キラー・クイーン」「ユー・アー・マイ・ベスト・フレンド」「ウィ・ウィル・ロック・ユー」などはもちろん、その他の多くの楽曲でも聴く事ができます。あまりに自然なサウンドなので、聴き流してしまいがちですが、ギターソロの部分など、よく聴けば、多重録音による分厚いギターサウンドになっていることが分かります。
天上の音楽のような、透き通ったコーラスワークも、特筆すべき特徴です。
「ウィ・アー・ザ・チャンピオン」の冒頭から全編にかけての、素晴らしいコーラスの編曲。聴き込むほど圧倒的な構成力です。それに加えて、器楽演奏を埋もれさせずにボーカルを引き立たせるという、ミックスワークの冴えにも気が付きます。
むしろ、これほど高度な才能を持ったミュージシャンの価値を、見いだし、高く評価する事ができなかった、当時の音楽ジャーナリズムとは、いったい何なのでしょう。
結局、物の良し悪しは、誰がなんと言おうと、自分で判断するしかない、という事ですね。
そして、当時彼らの音楽をいち早く評価したのが、日本の音楽ファンだったという事に、後年の日本人があまり酔いしれるのも、考え物です。
それはある意味、他者の功績で虚栄心を満たし、ナショナリズムを満たす、さもしい行為ですからね。
できるならば、今、不遇にある、才能ある人々の価値を、あなたの感性で見いだしてあげて下さい。
それでこそ、あなた自身の本当の功績となるのですから。
以下のURLは、フレディ・マーキュリーの歌声を研究してそっくりに歌う事で知られる、カナダ人のMarc Martel(マーク・マーセル)さんが歌う、クイーンのバラードの名曲、「You Take My Breath Away」の動画です。
私は、こういった、本家そっくりに歌い奏でる、いわゆるトリビュートバンドが好きで、才能ある人を見つけてはよく聴いています。
日本では、こういう、本家を再現しようとする趣向を、「物まね」とか、「コピー」とか呼んで、ちょっと色物的な、ジョークとして捉えている人が多いですが、本物そっくりに似せる、というのも、極めて高度な技術であり、一つの確固としたエンターテイメントなのです。
そして、どんなに似せたとしても、本家のファンは本家の素晴らしさとは違う部分に気付き、本家のたぐいまれな素晴らしさを改めて認識する、という点で、彼らは本家の魅力の核心を伝える、究極のファンであり、伝道者でもあります。
(ただし、この演奏に関しては、マークさんの歌唱に、オリジナル以上の強い魅力を感じるので、ぜひご自身の耳で確認してみて下さい。)
https://www.youtube.com/watch?v=PT9MrSnarFk




