~黄~
~黄~
一般的なイメージは
明朗、希望、喜び、暖かさ、幸福、躍動、賑やか、幼稚、注意、軽率、騒がしい、臆病、太陽、光、子供、お金、信号
黄色の幼稚や軽率、注意などといったイメージは子供が黄色が好きであるためつながりが強かったと思える。
黄の顔料イエローオーガこと黄土は紀元前四万年ごろの洞窟壁画などでも登場する最も入手しやすく、古くからある色である。事実黄色の穀物麦、その中でもコムギ、オオムギは最も歴史の古い穀物であり約一万年前、西アジアから中央アジアで栽培されていたらしい。
ヨーロッパではサフランのめしべが、日本ではウコンの根や梔子の実などが染料とされてきた。意外と黄色というのは漢方薬などで割と多いらしい。
古代の黄色のイメージは白と同様、基本的には光に通じる。太陽の光は命の基本、白が光の明るさならば、黄色は光の温かさである、また腐食しない黄金は永遠や不死性を意味し黄色の光とともに人々を魅了してきた。加えて穀物の色や大地の色と結びつき、さらに意味が深まった。
例えば麦。麦は聖書の中でも頻繁に出てきて重要な作物であることがうかがえる。中国でも古来より五穀に数えられてきた。
麦は生産性の高い物、ゆえに農耕のみに専念する必要がなくなり、人はそれ以外の生き方、神官や職人など農耕に関与しない職種が生まれ文明が広がっていったもの麦という存在のおかげだと考えれば文明の発達の先駆者と言えよう。
例えばトウモロコシ。マヤ文明ではトウモロコシの神は青年の姿で表現され、アステカではケツァアルコアトルがトウモロコシなどの作物、およびその栽培法を人間に教えたとされ、ペルーではインカの初代の王が伝えたともされてるなど、トウモロコシは神話歴史に強い関係を持っている。
こういった光や輝き、食物の色が明るさや普遍性、喜び、希望、幸福などというイメージを与えた。
黄色はアジア、エジプトでは永遠の豊かさの象徴とされていた。
黄色は中国の五行思想では万物の中心で太陽と富の象徴。大地の色として最高権力者、中心に位置する色である。また日本でも沖縄の王朝が同様に黄色を王家の色とし、どちらも他の使用を許されなかった禁色である。仏教国では僧侶の衣の色でヒンドゥー教でも修行僧が黄色の衣を身に着ける宗派がある。
また、古代エジプトでは黄金はマスクや装飾品に多くつかわれ、黄色はミイラを包む布となり永遠の象徴であった。これらの地域では太陽の光や黄金の光のイメージとして農耕民族の方策の色、大地の色と指摘が連動して大いなる力、神の世界や永遠性、豊かさの象徴色として光の色というイメージを保ってきた。
さてそんな黄色だがヨーロッパ中世期には狂気や裏切り、偽善、異端、妬み、臆病など負のイメージへと一転した。その背景には黄色が持つ日蟻のイメージが白と黄金で表現できてしまったことがあるだろう。光沢のない黄色の布は白が黄ばんだように見え、ベージュは当時身分が低いものが身に着ける羊毛の色のようであった。またくすんだ黄色は糞尿の色にもつながった。
強い黄色は派手で目立つことから宗教の影響を受け、異端者や娼婦など被差別者が着用する色に指定されていき、やがて絵画ではユダの衣の色が黄色で表現されていく。
こうして中世末の紋章協定では『全ての色の中で最も醜い色』と規定されてしまった。現在でも英語の『yellow』は俗語で臆病者を意味する。
そんなもっとも醜いと言われた黄色だがルネッサンスを経ると良いイメージが復活していき、近年の画家、ゴーギャンやゴッホが好んで使う色となった。世界的には現在、黄色は光のイメージ、躍動、生命にあふれる子供、元気さやにぎやかさのイメージにつながっている。一方、それが増長され、幼稚、未熟さなどといったネガティブな広がりも見せている。
黄色には集中力の発揮、判断力や記憶力の向上、また注意を促すなどの効果がある。テストや勉強などは黄色のシャーペンなど黄色のものを身に着けるとよいだろう。人の気分を明るくしたり、気分をほぐしてくれるだろう。しかしだからと言って告白に使ったりするのはやめたほうがいいだろう。黄色には見方によっては危険という意味もある。無自覚にそう思わせてしまうこともあるかもしれないし、子供というイメージは大人には似合わないだろう。




