ヤバい人
「お待たせしました〜」
「…!」
試着室前の椅子に座り、足をぶらぶらと揺らしている。花乃に気付くと目を丸めてスっと立ち上がり、にっこり笑顔で駆け寄った。
「ほほー、それが我に合うサイズなのか??」
花乃の手に持っている服をまじまじと観察する
「んー…とりあえず着てみてください」
「了解です!」
服を受け取り陽気に試着室に入っていく。
(魔王ちゃんの角ってだいぶ大きいよね…。あの服プルオーバーだし…ちゃんと頭入るかな…?)
「また何かありました何時でもお呼びください〜」
「了解だ!」
最近の服は丈夫だ。無理に引っ張ったとしても、そう簡単には破れないよう作られている。だがそれは、人間が着用した時の話。角あり人型が着用する事など企業は想定していない。
無理やり通して破れない事を祈りながら、花乃は売場のメンテナンスに向かった。
売場の服を畳み直し、床や鏡を綺麗に掃除する。そうこうしているうちに二十分が経った。
(流石に遅いよね…?)
在庫管理をしている途中に思う。数分前に試着室の近くを通った時にはまだ扉に鍵が掛かっていた。そして今、花乃は試着室にある鍵の掛かった扉の前に立っている。
部屋から音はしない。誰も入っていないようにも感じる扉の先には、確実に魔王が居る。
コンコン。ノックを二回する。だが返事は無い。
「お客様〜……?」
「…………はい」
鳥が鳴いたか?と思うほど小さく掠れた声
花乃も薄々気付いてしまっているが、まずは現状を把握しなくては
「着替え済みましたか…?」
「………はい」
ガチャリと鍵が開く
「開けていいですか…?」
返事は無い、だがもう行動しなくてはならない。魔王には悪いが返事が無くとも開けさせてもらう。
一歩前に出て手をドアノブに乗せる。しっかりと握り重い扉を開いた。
「…」
ペタリと床にへたり込み、涙目になりながら目を逸らす。震えている身体を隠すように壁に身体を預け。腕の中で花乃の渡したワンピースを隠している。
花乃のは入口で軽く正座の姿勢になる
「壊しちゃった…?」
ビクッと身体を震わせ目が泳ぐ
「……うん」
腕の中から痛みの少しある潤った声で言う
「そっかぁ……、服…見せられるかな…?」
また目が泳ぐ。服をギュッと抱き、甲殻類のような殻を作っていた。だが次第に解れていき、ゆっくりと前に出る。膝を地面に擦りながら花乃に近付いていき、両手でソッと服を手渡した
元々襟ぐりが狭かった、少し頭の大きい人では髪の毛がボサボサになってしまうだろう。角があるのなら通る事すら出来ないはずだ。
ワンピースを広げると首周りがほんの少しだけ破れていた。だけど、ただ小さな穴が一二箇所空き、生地がちょいと裂けているだけで、遠目で見れば新品同然。上半身部分はネイビー色、首周りの穴を更に見えずらくしている。
「ん…まぁ…、んー…。弁償は無くていいからさ…大丈夫…うん…、元気出そっか…?」
この状況で励ましの言葉を考えられない。もし、花乃が言われて気分が少しでも楽になる方を選択する。それが最善だとは思わないし、なにか変わるとも思っていない。だがやらないよりはマシだと、そう自分に言い聞かせている。
「ごめ…っ…ごめんっなさい…ぅ」
瞳を潤ませ上目遣いで花乃を見上げる。今にも号泣してしまいそうに唇を震わせ、零れた涙を猫の手で拭う。
(あ…可愛い…)
魔王の泣き姿を見ていると、つられ泣きしそうな心が下へと引っ込んでしまった。粘性のある温かな液体が体の内側から湧き上がる。肺がどこか虚しくなり心臓が高なった。
「あぁ…」
ノイズが走ったような気がしたが気にしない。無性に抱き締めたくなった、それを止める者はここにはいない。
自分の本能のままに力の加減を忘れて抱きしめた。魔王の頭からは一ヶ月風呂に入っていない匂いが香り、吸い込む度に脳みそが解される。
服越しでも分かる柔らかな体。丸まり少し浮き出た腰椎を腕に沈ませ、遠慮なく服の中に手を忍び込ませる。魔王の温もりを感じながら意識的に横腹を揉んだ。
「…????」
魔王は困惑した。抱きしめられたこともだが、体をモニモニと揉みほぐされている事実を頭が処理出来ていない。
涙すら困惑して体外に出る事を躊躇い。花乃の吐息混じりの声が頭上から幾度も聞こえ、普通に髪の毛を食われている。




