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円環の聖女と黒の秘密  作者: 藤瀬京祥
二章 クラカライン屋敷
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105 ある騎士が見たもの

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

 緑の領地(ベルデ)赤の領地(ロホ)白の領地(ブランカ)青の領地(アスール)

 マルクト国を分けるこの四つの領地には、それぞれを治める領主がいる。

 かつては覇権を巡る戦乱の時代があったが、【円環の聖女】 によって 【四聖(しせい)の和合】 が結ばれ、四人の領主による合議制で治められることになったからである。


 そのため王はいない。


 だがそれで悠久の平和が訪れたかといえばそうでもなく、不穏な空気を常にそこはかとなく漂わせ続けている。

 四人の領主も一年に一度、中央宮で円卓を囲むのだが、顔を合わせては小競り合いを繰り返していた。

 その小競り合いも、ここ数年は緑の領地(ベルデ)を治めるアールスル家の横暴により深刻化している。


 古狸と呼ばれるアールスル家の現領主は50~60歳くらいで、さらに歳上なのが死に損ないと言われる青の領地(アスール)を治めるラディーヤ家の現領主である。

 70歳以上というからかなりの高齢なのでとうに代替わりをしてもおかしくはないが、未だ現役を務めているのは後継者に問題があるのだろう。


 そして後継者には恵まれたものの、先代の領主が若くして事故死してしまったのが赤の領地(ロホ)を治めるロードレリ家である。

 落馬という不慮の事故である日突然亡くなってしまったため、遺された領主夫人は領主一族(ロードレリ家)から領主の地位と幼い息子を守るために戦っている。

 そのため他の三領主だけでなく、赤の領地(ロホ)内からも彼女は女狐といわれている。


 さらには一見平穏無事に代替わりを行なったようで、実際は成人の儀を迎えたその日に父親である先代領主から、祝いの言葉代わりに譲位を言い渡されたのが白の領地(ブランカ)を治めるクラカライン家の現領主である。

 赤の領地(ロホ)の先代領主が存命当時のことだったから、セイジェル・クラカラインは最年少領主としてわずか15歳の若さで領主となったのである。。


 それから6年ほどが過ぎるあいだに赤の領地(ロホ)の先代領主が事故死し10歳そこそこの息子が跡を継いだが、実権は母親である先代領主夫人とその父親が握っているため、実質的には白の領地(ブランカ)の領主セイジェル・クラカラインが21歳となった今も四領主最年少といってもいいだろう。

 そんなセイジェルを 「古狸」 と 「死に損ない」 は 「青二才」 とか 「小僧」 などと呼ぶ。


 赤の領地(ロホ)の少年領主が成人して政務を執るようになればそれらの称号は譲られることになり、セイジェル・クラカラインには新たな称号がつけられることになるだろうが、いったいどんな称号をつけられることになるのか?


 そもそもその頃には 「死に損ない」 は退位、あるいはこの世から去っているかもしれない。


 もちろん 「古狸」 が 「死に損ない」 の称号を得る前にこの世から去っている可能性も十分にあり、赤の領地(ロホ)の少年領主が、領主のまま成人を迎えられるとも限らない。

 だが 【四聖の和合】 は他領への不可侵条約でもあり、後継者問題への口出しも無用。

 ただ年に一回、四つの領地が接する場所に建てられた中央宮で顔を合わせ、嫌味の応酬をするのである。


 ちょっとした政策のミスをあげつらい、アドバイスという名目でマウント合戦を繰り広げる。

 そもそも四つの領地はそれぞれに気候などが違うため、根本的な政策はともかく、天災などの対処は全く異なる。

 それをわかっていて、あえて 「そういった場合、わたしたちは……」 などと高説ぶるから聞かされる側はたまったものではない。


 セイジェル・クラカラインが口の減らない側仕えたちの嫌味や当てこすりに動じないのは、そうやって倍以上も歳上の 「死に損ない」 と 「古狸」 に鍛えられてきたからかもしれない。

 いや、実際のところセイジェル・クラカラインが出逢ったのは側仕えたちのほうが先だったから、あの五人のおかげで 「死に損ない」 や 「古狸」 の嫌味に動じない冷静さを修得出来たのかもしれない。


 セイジェル・クラカラインは先代領主ユリウス・クラカラインの一人息子で、わずか15歳で即位した若き領主である。

 普通ならその若さを不安に思うだろうが、セイジェル・クラカラインの即位は領民から広く歓迎された。

 父親であり先代領主だったユリウス・クラカラインの施政があまりにも酷いものだったからである。


 もちろん若さへの不安はあったが、それを祖父である先々代領主ヴィルール・クラカラインが後見につくことで払拭した。

 そのヴィルールもすでに亡いが、セイジェル・クラカラインは非常に勤勉な領主として今も広く領民の支持を受け続けている。


 その中でも一際強く支持しているのが騎士団である。

 貴族や魔術師団、神殿では階級意識が高く派閥争いもあるが、騎士団でそういったことが少ないのは平民出身が多いからかもしれない。

 もちろんリンデルト卿フラスグアやその息子アーガンなど貴族出身の騎士も決して少なくはないが、その多くは下級貴族や第二公子、第三公子など家を継がない者、あるいは魔力を持たない者たちである。


 家督の相続など重責を負わない分第二公子や第三公子は貴族社会で軽く扱われるが、平民がほとんどを占める騎士団で問われるのは剣の技量(うで)と品性だけ。

 もちろん討伐に行けば死ぬこともある。

 それでも出生順も魔力の有無も問われず自分の努力だけが評価される騎士団は、下級貴族や第二公子、第三公子、あるいは魔力を持たない貴族の子弟といった日頃日の目を見ることのない者たちにとって自分らしくいられる場所なのかもしれない。


 だがそれは領主も同じだったのか、執務の合間に遠乗りに出掛けたり、騎士団の修錬場にやってきては剣の稽古に精をだしていた。

 騎士たちと同じ古びた修錬用の防具を纏い、刃を潰した剣を手に、突然ふらりと騎士団の修錬場にやってくるのである。


 それがあまりにも自然で最初は誰も領主だと気づかないのだが、目ざとく見つけて近づいてくるのが教練師団の手練れたちである。

 しかも彼らは相手が領主でも容赦がない。

 その強さを全力全開にしていきなり斬り掛かるのである。

 決して負けない領主との迫力ある打ち合いに周囲の騎士たちは見惚れるが、こちらはこちらで手を止めたら最後。

 やはり目ざとく見つけた教練師団の手練れに容赦なく打ち込まれる。


「どこ見てんだ?

 あぁ~?」


 若い騎士テゼル・ワーグナーもうっかり見とれてしまい、マリス・ハウェルの痛烈な一撃を食らって沈められた経験を持つ一人である。

 刃を潰しているから斬れないけれど、その衝撃は防具を通過して骨や筋肉を打つ。

 あまりの痛みに気絶したテゼルは医務室に運び込まれ、その時すぐそばで繰り広げられていた領主とリンデルト卿フラスグアとの勝敗を知らないまま肋骨二本にひびが入る重症を負い、半月ほど任務を離れることになってしまった。

 そんな経験をしたテゼルだが領主の護衛騎士に抜擢され、今は日々を領主のそば近くで身辺警護に努めている。


「今日は遅くなられるんですか?」

「ああ、そう聞いている」


 護衛騎士の朝は、執務のためクラカライン屋敷から公邸へと向かう領主の護衛から始まるのだが、この朝はクラカライン屋敷から遣いがあり、領主の出立が遅くなると伝えられていた。

 もちろん理由はわからないし詮索も無用。

 しかも 「遅くなる」 という言葉だけで時間などの明確な指示はない。


 ではどうするのか?


 答えは簡単である。

 いつもの時間にクラカライン屋敷に向かい、ただただひたすらに領主が屋敷から出てくるのを待つのである。

 もちろんいつものように退屈を持て余す馬をなだめながら、隊列を乱すことなく直立を維持し続けるのである。

当然のことだが、それが雨の日であっても、雪の日であっても、である。

 どんなに領主の出立時間が遅れても、護衛騎士たちは忠実に待ち続けるのである。


 おそらく領主もこのことは知っているはず。

 だがだからといって領主が護衛騎士たちに気を遣い、用を残したまま出立することはない。

 だから護衛騎士たちはただただひたすらに待ち続けるのである。


 この朝もいつもの時間にクラカライン屋敷に赴いた護衛騎士たちは、ただひたすらに領主の登場を待ち続けた。

 もちろんそのあいだも周囲に気を配ることを忘れない。

 そうして待ち続けている内に、屋敷の使用人たちが見送りのために玄関を出てくる。

 ようやくの領主の出立に護衛騎士たちも改めて気を引き締める。


 だがこの日は領主が出てくる前に、若い女性に連れられた子どもが出てきたのである。

 若い女性と子どものそばに付き添う二人は、衣装から見て側仕えだろう。

 若い女性は護衛騎士たちのほとんどがよく知っているリンデルト卿フラスグアの娘。

 つまりリンデルト卿家の令嬢である。


 なぜ彼女がここに?


 護衛騎士のほとんどがそう思ったはず。

 だがそれ以上にわからないのが彼女が連れている子どもである。


 なぜあの子どもがクラカライン屋敷にいるのだろう?


 そう、護衛騎士たちはリンデルト卿家の令嬢が連れた黒髪の子どもを以前に見たことがあった。

 ひと月かひと月半ほど前、遠乗りに行くという領主のお伴をした時にである。

 あの時に比べてずいぶんと小綺麗になっていたが、あの黒髪を忘れることはないだろう。

 緑色のぬいぐるみを抱えた子どもは、リンデルト卿家の令嬢や側仕えたちに囲まれてずいぶん大事に扱われているのが遠目に見ていてもわかる。


 本当はいけないのだが、うっかり凝視してしまったテゼルは偶然子どもと目が合ってしまう。

 焦ったテゼルが (逸らさなければ!) と思うより早く、子どもが怯えた表情を見せる。

 隣に立つ同輩の騎士に 「テゼル」 と小声で注意をされてさらに焦るが、運良く領主が登場して子どもの注意が逸れる。

 テゼルは周囲にも気づかれないように安堵の息を吐くが、あとで隊長のお説教は逃れられないだろう。

 少しばかり落ち込むテゼルの耳に、領主の落ち着いた声と子どもの少し舌足らずな声が聞こえてくる。


「どうかしたのか?」

「ノエル、セイジェルさま、おみおくりする。

 みどりちゃんとする」

「そうか」


 テゼルと目が合った瞬間に怯えた子どもだが、玄関を出てくる領主を見ると嬉しそうな顔をして出迎える。

 そして掛けられる言葉に嬉しそうに答える。

 年齢は5歳か6歳くらい。

 リンデルト卿家の令嬢や側仕えたちの様子や着ている衣装を見れば、大事にされていることは間違いないのに酷く痩せていて顔色もあまりよろしくない。


 なにかおかしな感じである。


 だが領主も子どもに求められるままぬいぐるみを撫でてやったり、ついでに子どもの頭を撫でてやったりと可愛がっているし、頭を撫でられた子どもも喜んでいる。

 なによりも子どもが領主を名前で呼んでいる。

 その事実が子どもの正体を護衛騎士たちに予想させた。


 なぜならこの白の領地(ブランカ)で領主を名前で呼べる人間は少ない。

 父親である先代領主と、クラカライン家の血を引く三人の従兄弟たちとその母親。

 他には数人だろう。

 それこそ三人の従兄弟たちの父親であるラクロワ卿やアスウェル卿ですら 「閣下」 あるいは 「領主(ランデスヘル)」 と呼ぶくらいである。


 そんな領主を 「セイジェルさま」 と呼ぶことを許された黒髪の少女。

 髪の色はともかく、年齢もずいぶん離れているが、先代領主はクラカライン家の直轄領アベリシアより南東にある保養地で悠々自適に暮らしており、すでに先代領主夫人は亡くなっているが、気に入った女性を侍らせて派手に遊んでいるという噂は領都(ウィルライト)にもよく流れてくる。

 つまり領主を 「セイジェルさま」 と呼ぶ黒髪の少女は、おそらく先代領主が愛妾に産ませた子なのだろう。


 残念なことに先代領主は、生まれてすぐに母親を亡くした息子に興味を示すことはなく、代わって祖父母に当たる先々代領主夫妻が現領主を育てた。

 おそらく先代領主は愛妾が産んだ子どもにも興味を示すことはなく、別邸の使用人たちからもいい扱いを受けてこなかったのだろう。

 そう考えればあんなに痩せているのもわかる。


 子どものことや、その子がよくない扱いを受けていることを耳にした領主がクラカライン屋敷に引き取るため、従兄弟であるアスウェル卿家の公子を自分の代わりに迎えに遣らせ、リンデルト小隊がその護衛を務めた。

 以前に護衛騎士たちが遭遇したのは、おそらくその帰途だったのだろう。


 そう考えれば合点が行くのである。


 ラクロワ卿家やアスウェル卿家に預けず、クラカライン家に引き取って領主が自分の手許で育てていることを考えると、いずれその存在は公表されることになるだろう。

 だが母親の身分のことなどを考えると色々と根回しなどが必要になる。

 そんな貴族社会の面倒さとは無縁な平民出身のテゼルだが、そう考えれば居合わせた護衛騎士に箝口令が敷かれたことも納得が出来る。

 子どもが領主のことを 「お兄様」 と呼ばないことも。

 これは次の新緑節に一波乱ありそうな予感である。

 だがその前にテゼルは討伐に征くことが決まっていた。


 白の領地(ブランカ)は四領地の中で唯一開けた国境を持っており、隊商の出入りも多く、警備のために四領地最大の兵力を持つ。

 当然国境警備の砦などでも普段から訓練は行なわれているが、教練師団が遊撃(ゲリラ)的に砦などを訪れることもある。

 もちろん訓練のためである。

 それどころか有事にはそのまま駆け付けて大暴れし、兵士たちを鼓舞する役目も担う。


 教練師団と同じくウィルライト城を拠点とする騎士たちも、長く実戦を離れていては勘が鈍り、いずれは戦い方を忘れてしまう。

 このマルクト国の国境警備を担う主力として、そんな使い物にならない騎士は必要ない。

 だから常に戦いを忘れないように、白の騎士団は領主の護衛騎士であっても討伐に征くことが決まっている。

 テゼルの任期はこの白の季節の終わりから始まり、任地での魔物の出現が治まるまで。

 波乱が予期される次の新緑節には戻ってこられる予定である。


 ところが討伐を終えたテゼルたちが無事に帰還してみれば、ウィルライト城ではとんでもない発表が待っていたのである。

【ラクロワ卿家公子ルクスの抗議】


「待て!

 セイジェルが僕に命じた写本は10回だ!

 なぜ20回になっている?

 いつ増えたっ?

 なぜ増やされたっ?!

 僕は増やされるようなことはしていないだろう!

 僕はこんな理不尽には断固抗議するぞ!!」

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