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円環の聖女と黒の秘密  作者: 藤瀬京祥
二章 クラカライン屋敷
107/110

104 縦と横と三角と四角と丸

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

「ノワール、こちらへ来なさい」


 朝食の後、一番最初に席を立つのは屋敷の主人であるセイジェルである。

 続いてセルジュが立ち、そのセルジュに椅子を引いてもらってミラーカが立ち上がる。

 その向かい側でウルリヒに椅子から下ろしてもらったノエルがニーナからしろちゃんを受け取ったところに、テーブルを挟んだ向こう側からミラーカがご機嫌に声を掛ける。


「姫様、わたくしはセルジュのお見送りをしてから参りますわ。

 閣下とお先に行っていてくださいまし」


 ミラーカの顔を見て黙って話を聞いていたノエルは、まずはニーナを見る。

 するとニーナはノエルと一緒に行ってくれるという。


「わたくしは姫様の側仕えですから、ご一緒に参りますわ」


 すでにセルジュは食事室を退室しており、ルクスは、扉から一番遠い席でアルフォンソに肩を押さえ付けられている。

 理由は……


「公子の退室は一番最後にお願いいたします」


 ノエルに意地悪を出来ないように……ということはもちろんだが、主人の邪魔をさせたくなかったのかもしれない。

 あるいはただアルフォンソとウルリヒがルクスに意地悪をしたかっただけなのかもしれない。

 またあるいはその両方だったのかもしれない。

 わからないが、ルクスは他の四人が退室するまで食事室を出ることが出来ないらしい。


 もちろんノエルがそんなルクスに目をくれるはずもなく、ニーナの次に、すでに席を立っているセイジェルを見る。

 だがなにかを問うことはせず、またミラーカに視線を戻す。


「わかった。

 ノエル、セイジェルさまといく」

「わたくしもすぐに参りますわね」


 ミラーカの柔らかな返事にノエルが大きく頷くと、背後から近づいてきたセイジェルがゆっくりと抱え上げる。

 そして無言のまま踵を返してノエルを連れて行くのをミラーカは軽い会釈で見送る。

 彼女が食事室を出たのはセイジェルがノエルを連れて行ったすぐあと。

 ルクスが立ち上がれたのはそれからのことである。


 もちろんアルフォンソの監視の下、部屋へと連行され、このあとは夕食まで自室にて謹慎。

 セイジェルに言い付けられた写本をすることになる。

 明日は朝から神殿での講義があるため朝食のあとは出掛ける予定だが、今日は講義がなく、神殿からの呼び出しもないため不本意な謹慎生活に入る。


 ルクスの部屋にはすでに監視役が廊下に立っており、アルフォンソの役目は部屋まで送り届けること。

 セイジェルの側仕え五人の他にいるクラカライン家お抱えの魔術師が一人と、騎士ではなくクラカライン家が雇っている警護が一人の計二人はアルフォンソから役目を受け継ぐと、いい歳をしてふて腐れた顔のルクスと彼の側仕えを部屋に押し込めて扉を閉め、立ち去るアルフォンソに頭を下げる。


 一方食事室からセイジェルに抱えられたノエルが連れて来られたのは、自室から少し離れたところにある部屋。

 ノエルの居室より少し狭いくらいの部屋にはこども用の読み書き机と教師役のルクス用の椅子。

 それに同席したいというミラーカのための椅子もテーブル別に用意されている。 


 壁際には書棚が置かれていたが、薄い本が数冊立てかけてある他は空間を誤魔化すように花瓶や置物が飾られ、下の段には薄い木の板が入った箱が置かれている。

 物の少ないノエルの部屋よりさらになにもない印象の部屋である。


 昨日、しろちゃんの頭頂から掛けられたインクが飛び散ったあとは綺麗に片付けられていたが、ノエルにとっては嫌な部屋である。

 やはり昨日は机の上に用意されていた紙やペンも片付けられ、掃除のあとなにも置かれていないままになっている。


「ここがそなたの勉強部屋だ」


 部屋に入ったセイジェルはゆっくりとノエルを下ろしながら話し掛ける。

 すでに昨日、ここでルクスがノエルにやらかしていることはセイジェルも知っているはずだが、あえて昨日ことには触れず、まるで初めて来たかったかのように話し続ける。


「いずれは書斎として使うといい。

 今はなにもないが、少しずつ必要な物を揃えなさい。

 マディンに言えば用意してくれる」

「……ノエルのへや」


 おそらくセイジェルは、あえて昨日のことには触れないことにしたのだろう。

 けれどどうしても思い出してしまうノエルは下ろされた位置から動こうとしない。


「そうだな、ここもそなたの部屋だ」

「べんきょうのへや」

「当分ルクスはここには来ない。

 だから安心して勉強しなさい」


 セイジェルは話しながら勉強机のそばまで行くと、ノエルのために用意されていた椅子を脇に避ける。

 そして教師役のルクスのために用意されていた椅子をそこに置いて腰掛けると、ノエルを手招きして膝にすわらせる。

 するとノエルの側仕えであるニーナを差し置いてウルリヒが声を掛けてくる。


「姫、ぬいぐるみはこちらに置いておきましょう。

 膝では邪魔になりますから」


 広い机の上の、邪魔にならないところにすわらせようというウルリヒに、最初は嫌そうな顔をしたノエルだったが、セイジェルに 「そうしなさい」 と言われ 「むー」 と不満そうな声を漏らしながらもウルリヒにしろちゃんを預ける。

 するとウルリヒは広い机の上、わざとノエルの手の届かないところにしろちゃんをすわらせる。

 そうしてしろちゃんに見守られながらノエルの勉強が始まる。


 昨日、ルクスに笑われた安物の勉強道具は引き出しに片付けられていたが、セイジェルが改めて取り出したのはペンとインク壺だけ。

 今後、インク壺が空にならないようにするのは側仕えの務めである。

 ノエル(主人)が机の前にすわれば壺の蓋を開け、使い終われば蓋をするのも側仕えの役目だが、今はウルリヒがいるのでニーナは見ているだけ。

 さらにウルリヒは、壁際の棚から蓋のない箱を持ってくる。

 そこには薄い板が何枚も入っていた。


「最初は筆圧などがわからなくてペン先を潰すことはよくある。

 だからペンは書き慣れるまで何本折ってもかまわない」


 そう言いながらセイジェルが取り出したペンは一本だけだが、引き出しの中には同じペンが何本も入っていた。

 そもそも練習用に、ペン先を潰しても折ってもかまわないようにわざと安い物を用意していることぐらい少し考えればわかること。

 当然ルクスだってわかっていたはずなのに、嫌がらせのためにわざとあんな風に言ったのだろう。


「ペンの持ち方はこうだ」


 安物だとかそんなことには一切触れないセイジェルは、ノエルに見せるようにペンを握ってみせる。

 それをノエルはじっと見る。


「自分で持ってみなさい」


 少し様子を見てからそう言ったセイジェルは、机の上に乗せたノエルの手にペンを握らせてもたつく小さな指を上手く促してペンの握り方を教える。

 するとウルリヒがインク壺の蓋を開け、持っていた箱から板を一枚出してノエルの前に置く。


 練習の最初はこの板を使うのだが、書くのは文字ではない。

 ノエルの小さな手に手を重ねたセイジェルが板に書いたのは短い縦線である。

 それは本当に短い線で、ペンをちょっと置いたくらいで書ける。


「まずはこのくらいの長さの線を真っ直ぐに書く練習から始める。

 これが書けるようになったら少しずつ長くしていく。

 そうだな、だいたいこのくらいの長さまで綺麗に書けるようになればよい」


 セイジェルが示したのはノエルの小指くらいの長さの縦線である。

 そして縦線が書けるようになれば、次は同じ要領で横線を書く練習である。

 さらに横線が書けるようになると、次は縦線と横線を使って四角を一筆で書く。

 もちろん最初は小さな四角から。

 最終的には一辺がノエルの小指ほどの長さになる四角を綺麗に書く。


 そして次は同じ要領で三角形を書く。

 こちらも大きく綺麗に書けるようになると、最後は丸である。

 この丸が綺麗に書けるようになれば、次は紙で同じ練習を繰り返す。


 セイジェルはゆっくりと話しながら、ノエルの手に手を添えて実際に書いて手本を見せる。

 そして一通り説明が終わったところでペンを止める。


「板での練習が終わる頃にはペンの使い方には慣れるだろう。

 わかったか?」


 問われたノエルは少しのあいだセイジェルが書いてくれた手本をじっと見ていたが、やがて 「わかった」 と答える。


「そうか。

 文字が書けるようになったらそなたのためにペンを作ってやろう」


「買ってやろう」 ではなく 「作ってやろう」 というのだから、おそらく特別に注文するのだろう。

 それを聞いてウルリヒが 「ご褒美でございますね」 というのだが……


「ごほうび、わからない」


 生まれてこの方、ご褒美なんてもらったことのないノエルはそんな言葉すら知らない。

 さすがにこれには、いつも相手問わずからかっているウルリヒも困る。


「ご褒美の説明でございますか?

 わたくし、人生で一番の難問を出されたかもしれません」


 つまり説明出来ないのである。

 するとここで意地の悪い主人が言う。


「ではそれは課題としよう。

 他の者と相談してもよい。

 だがわたしがこれに褒美を渡す日までが期限だ」

「また酷い難問を出される」

「いい暇潰しになるだろう」

「わたくしども、全然暇ではございません。

 姫やラクロワ公子と一緒にしないでいただきたい」


 だがウルリヒの抗議も虚しく、セイジェルはいつものように 「そうか」 と応えるだけで課題を撤回することはなかった。


 一通り説明が終わってセイジェルは公邸へ向かう支度をすることになるが、残るノエルが早速練習を始めようと意気込むのに水を差す。


「今日はこれで終わりだ」


 そう言って持っていたペンを、机の上に用意されていたペン立てに立てたのである。


 ところがノエルはペンを取り上げられたと思ったのか、慌ててペン立てに手を伸ばすが、その手首をセイジェルが掴んで止める。


「ノエル、べんきょうする。

 いっしょけんめいする」

「今日の勉強はこれで終わりだ。

 このあとは好きに過ごしなさい」

「がんばるから……」

「部屋で過ごしてもいいし、なにか欲しい物があるならマディンに商人を呼んでもらいなさい。

 身の回りの物は足りているか?」


 セイジェルの言葉に、ノエルは少し考えてから答える。


「ごはん、たべられる。

 んと、おふとん、ふかふか。

 おふろもあったかい。

 んと……ミラーカさまいる。

 いっぱいおはなししてくれる。

 あとね、あとね、ニーナもいる。

 しろちゃんたちも、いっつもノエルといてくれる。

 ももちゃん、ふんじゃった……」


 少し泣きそうな顔をしながら、ももちゃんには沢山謝ったと話すノエルの小さな頭に手を乗せたセイジェルは、いつものように 「そうか」 と応える。


 とても狭い世界で育ったノエルは、クラカライン屋敷に来るまでなにかを欲しいと望むことすら許されなかった。

 だから今の生活はとても満ち足りているのだろう。

 欲しいと望まなくても、与えてもらえる物だけで十分なのである。


 だがノエルが並べた事柄はセイジェルにとって当たり前のことばかり。

 ノエルの生い立ちはセルジュやアーガンから聞いて知っているセイジェルだが、それらはノエルも享受して当たり前のことと考えており、それ以上の望みについて尋ねたつもりだった。


「そなたには欲がないな」

「よく…………わからない」

赤の領地(ロホ)と違って白の領地(ブランカ)は青の季節が寒い。

 厚手の寝具に変える時に寝室や居室の模様替えをするが、好きな色や柄などはあるか?」

「わからない」

「では相談して決めなさい」

「わかった、ミラーカさまにきく」

「あと、収穫祭の食事に客人を招く。

 そなたも少しだけ着飾って参加しなさい」

「きゃく……しらないひと、こわい」


 怒られるのが怖くて嫌だとは言えないノエルなりに必死に訴えてみたのだが、セイジェルは 「心配ない」 と返すだけ。


「当日に紹介するが、会っておいて損はない相手だ。

 あちらもそなたを歓迎してくれるだろう」

「おこられない」

「むしろ大喜びされるだろうな」

「わからない」

「当日の衣装に合わせて髪飾りなども選びなさい。

 そなたは宝石には興味があるのか?」

「ほうせき……わからない」


 本当にノエルは知らないことばかりだが、セイジェルは辛抱強く会話に付き合う。

 いや、むしろノエルがセイジェルの話に付き合わされているのかもしれない。


「高価で綺麗な石だ」


 セイジェルの長い指がしろちゃんの目を指すと、ノエルはなぜか驚いたように、すわっていたセイジェルの膝から這い出すようにしろちゃんに手を伸ばす。


「しろちゃんのめ、だめ。

 とらないで」


 ノエルを落ち着かせるためだろう。

 セイジェルはゆっくりと応えながらウルリヒにぬいぐるみを取るよう指示を出す。

 ノエルを膝にすわらせているから仕方がないのだが、小言の一つも言わなければ動けないのがセイジェルの側仕えたちである。


「なぜわたくしがこんなことを?」


 そんな文句を言いながらもノエルの膝にしろちゃんを乗せてやる。

 受け取ったノエルはしろちゃんをぎゅっと抱きしめ、少しいじけるように言い出す。


「しろちゃん、いろんなもの、いっしょにみるの。

 ももちゃんも、みどりちゃんも、あおちゃんも。

 みんなでいっしょにいろんなもの、みる。

 だからめ、とらないで。

 みえなくなる」

「その目は琥珀という宝石だ」

「こはく」

「そうだ。

 揃いの宝石を身につけてみるか?」

「わからない」


 ぬいぐるみたちとお揃いのリボンやケープには大喜びをしたノエルだったが、お揃いの宝飾品はピンとこないらしい。

 少し困った顔をするノエルに、セイジェルはいつものように 「そうか」 と返す。


「明日からは勉強と並行して、食事会の用意と青の季節の準備をしなさい」

「……ミラーカさまとはなす」


 そのミラーカはセルジュの見送りに行ったまま戻ってこない。

 時間的にはとっくに戻ってきていいはずだが、セイジェルがノエルの相手をしているのをいいことに自分の用事を済ませているのかもしれない。

 だからといってセイジェルがミラーカを怒ることはない。


「することは多いが、体調の悪い時に無理はしなくていい。

 勉強も。

 さっきも言ったが、このあとは好きに過ごしなさい。

 温室までなら散歩に行ってもいい」

「くさ、みる。

 みどりちゃんとみる」

「そうか。

 ならば部屋に戻るついでになにか上着を着てゆきなさい」


 セイジェルの提案にノエルがぱっと表情を明るくすると、セイジェルは少しばかり笑みを浮かべながら応える。


 相変わらず温室の草花や樹木を 「くさ」 というノエルに、ウルリヒは自分たちが育てている大切な薬草まで 「くさ」 とひとくくりにされることが不満らしい。

 ブツブツと文句を言っていたがセイジェルが耳を貸すことはなく、ノエルにだけ応えたのである。


 今日の朝食のお伴はしろちゃんである。

 部屋で待っているみどりちゃんと交代するついでにセイジェルに言われたとおり上着を着たノエルは、みどりちゃんたちと部屋で待っていたミラーカの提案で、散歩に行く前にセイジェルのお見送りをすることにした。


 これにはセイジェルも意外だったらしい。


 身支度を調えて向かった玄関で、いつも見送りをする顔ぶれの中にノエルを見つけて 「どうかしたのか?」 と声を掛ける。

 するとみどりちゃんを両手に抱えたノエルは嬉しそうに応える。


「ノエル、セイジェルさま、おみおくりする。

 みどりちゃんとする」

「そうか」


 ノエルがセイジェルの見送りに来ることは以前にもあったが、おそらく今日はミラーカの提案だろう。

 だから続けられるノエルの言葉も、きっとミラーカが教えたに違いない。


「セイジェルさま、おしごと、いっぱいする。

 たくさんがんばる」


 ニーナがノエルの側仕えになってからミラーカは自由に動ける時間が格段に増えた。

 その増えた時間と自身の置かれた今の状況を有効利用すべくミラーカが実行したことの一つが、毎朝のセルジュの見送りである。

 セルジュとミラーカは婚約しているが、本来ならば別々の屋敷に暮らしており朝の見送りは出来ない。

 それが出来るというのはいいことだが、そもそもとうに成人している二人が未だ結婚していないのは、セルジュの父アスウェル卿ノイエが反対しているからである。


 だが妹システアと義弟フラスグアの、領地境を越えた結婚をも応援したノイエが息子セルジュと姪ミラーカの結婚を反対するはずがなく、実際に結婚そのものに反対しているわけではない。

 それどころか夫婦揃って大賛成である。

 だが二人の結婚に待ったを掛ける理由があった。


 息子(セルジュ)(セイジェル)は同い年の従兄弟とはいえ(セイジェル)は領主である。

 むしろ同い年の従兄弟だからこそ息子(セルジュ)(セイジェル)より先に結婚するのはよくないと考え、せめて(セイジェル)の婚約が整うまではと息子(セルジュ)(ミラーカ)の結婚を保留にしているのである。


 つまりミラーカは、セイジェルのせいで結婚を待たされ続けているのである。

 その恨みなのだろう。

 ノエルがセイジェルに懐いているのも気に入らないのだろう。

 ミラーカがセルジュを見送る時は、いつも 「早くお帰りになってね」 などと可愛らしいことを言う。

 少し前にもそういってセルジュを見送ったのに、セイジェルを見送るノエルには 「しっかり働いてこい」 などと言わせたのである。


 きっとノエルはセイジェルを応援しているつもりなのだろう。

 ミラーカにそう言い含められたのだろう。

 だが聞く人が聞けばミラーカの八つ当たりであることはすぐわかる。

 マディンや他の使用人はともかく、セイジェルに付き従ってきたアルフォンソとウルリヒは顔を寄せ合って囁きあう。


「これはまた、くだらぬことをなさる」

「この程度で旦那様にダメージが与えられるのなら、わたくしたちも苦労しません」

「本当に」


 いつものように歪んだ主従関係を隠そうともしない側仕えだが、主人が耳を貸すこともない。

 文句を言いながらもセイジェルの愛馬の手綱を預かるアルフォンソが出立を促すが、見向きもしないセイジェルはノエルの前に立つ。

 するとなにを思ったのか?

 ノエルが抱えていたみどりちゃんを突き出す。


「セイジェルさま、みどりちゃん、なでて」

「これでいいか?」


 ねだられるままにセイジェルがぬいぐるみを撫でると、ノエルは 「むふー」 と満足したような顔をする。

 だがそれでは終わらなかった。

 みどりちゃんを撫でてくれた手でノエルの頭も撫でてくれたのである。


「はわわわ、みどりちゃんといっしょ。

 ノエル、うれしい」

「そうか。

 温室に行くのなら足下には気をつけなさい」

「わかった。

 セイジェルさま、いってらっしゃい」

「ああ、行ってくる」

【ウェスコンティ卿家令嬢マリンの呟き】


「収穫祭のお食事にセイジェル様を誘ってはいけないなんて、どうしてお祖父様はそんなことを言い出されたのかしら?

 いい迷惑だわ。

 しかもお父様までそんなくだらない約束を律儀に守って……。


 面白くないこと!


 でも、だからわたしがご招待するの。

 お祖父様もお父様も、わたしのすることは怒らないもの。

 内緒で招待状をお出しして、お返事をお祖父様にお見せすれば大丈夫よ。

 お食事だって、一人分くらいならどうとでも出来るはずだもの。

 だって、こうでもしないとセイジェル様とお話しする機会なんてないんだから仕方がないわよね。


 いらしてくださったら、次の新緑節のパーティでわたしをパートナーにしてくださいってお願いしなくちゃ。

 いつもいつもパーティのパートナーはお姉様かラナーテばかり。

 わたしだってセイジェル様と踊りたいのに。

 ハルバルト卿家はラナーテしかいないけど、我が家にはわたしだっているのにお姉様ばっかり。


 でも次こそはわたしの番よ。


 セイジェル様と一緒に登場して、みんなの注目を一身に集めるの。

 きっと凄く気分がいいわ。

 だからわたし、絶対領主夫人になってやるんだから」

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