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円環の聖女と黒の秘密  作者: 藤瀬京祥
二章 クラカライン屋敷
105/110

102 ルクスの罰

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

 クラカライン家の夕食にノエルがいないのはいつものことである。

 就寝時間が早いので一人だけ先に摂るためだが、この日は夕食どころか昼食も摂らずに泣き疲れて眠ってしまった。

 もちろん原因はルクスである。

 ノエルの家庭教師としてクラカライン屋敷に招かれながら、その役目を果たすどころか用意されていた筆記具などを安物だと馬鹿にした挙げ句、ノエルが大事にしているぬいぐるみ(しろちゃん)にインクをかけるという暴挙に及ぶ始末。


 幸いにしてニーナの機転と洗濯室(ランドリー)で働く者たちの迅速な判断でしろちゃんを純白に戻すことが出来たが、ノエルのショックは相当なもので、とりあえず落ち着かせるため乾ききっていないしろちゃんを見せたのだが


「しろちゃん、ごめんね」


 ずっと抱きしめたしろちゃんに謝りながら、泣き疲れて眠ってしまったのである。

 そしてそのまま朝まで目を覚さなかったのである。


 だがノエルが夕食の席にいないのはいつものことである。

 そのことを知らないルクスは、夕食の席も一番最後に食事室に現われると、顔を揃えた歳下の従兄弟たちを見て鼻を鳴らすように笑う。


「なんだ、あのチビはいないのか」


 昼間の悪行を従兄弟たちが知らないとは思っていないはず。

 もちろんそれはセイジェルとセルジュの、さりげなくルクスを見る目が冷たいからではない。

 二人の視線が冷たいのはいつものことであり、あの場にいたミラーカが泣き腫らした目に怒りも露わにルクスを見ているからでもない。

 強いていえば、そんなミラーカをセルジュが気遣っていることだろう。


 それこそミラーカは、しろちゃんに代わって自分がインクを被ればよかったと後悔していた。

 勉強の邪魔にならないようにと少し離れたところに椅子を置いてすわっていたのが仇となったが、万が一にもミラーカがインクを被ることになればセルジュが許さないし、アスウェル卿家も黙っていないだろう。


 リンデルト卿家も、リンデルト卿フラスグアは妻だけでなく娘にも息子にも甘いから、間違いなくラクロワ卿家に抗議するはず。

 ミラーカやリンデルト卿家の背後にアスウェル卿家がいることを考えれば、ラクロワ卿家も頭を下げなければならなくなるだろう。


 セイジェルにしてみればそちらのほうが面倒だったが、そもそも今回の騒動は、ルクスがそこまで馬鹿だということに気づかなかったセイジェルのせいでもある。

 だから面倒などと言える立場ではないのだが、やはり面倒に思ったのだろう。

 それでもミラーカから話を聞いたあと、しっかりお仕置きやあとのことを考えていた。


 だがこれから自分の身に訪れることになど露ほども気づいていないルクスは、自分の側仕えに、これまたくだらないことを命じる。


「その椅子を取っ払え。

 僕の席を移すんだ」


 昼間、大量の荷物とともにラクロワ卿家からやってきたルクスの側仕えは二人。

 どちらもルクスと歳も背格好も変わらない青年である。

 本当は四人いるのだが二人はラクロワ卿家に残り、主人が不在となる部屋の管理や連絡係などを務めることになる。

 セルジュも同じようにアスウェル卿家の屋敷に側仕えを待機させているが、どう見てもルクスの側仕えのほうが圧倒的な貧乏くじだろう。


 そもそも食事室などの席次を決めるのはその屋敷の主人。

 つまり今の席次はクラカライン屋敷の主人であるセイジェルが決めたもの。

 だがルクスは主人(セイジェル)の意向を無視し、勝手にノエルの椅子をどけて自分の席を移そうとしているのである。


 もちろん困ったのはルクスの側仕えたちである。

 いくら主人(ルクス)の命令とはいえここはラクロワ卿家の屋敷ではない。

 それどころか領主の屋敷で、同じテーブルに領主も着いている。

 主人の勝手が通る場所ではなく、当然側仕えたちもそれをわかっているのだが、わかっていない主人は勝手を通そうとし、また通ると思っている。

 すでに席について待っている領主たちにもかまわず、腕組みをしたまま側仕えたちが席を移動させるのを待っているのだから本当に困ったものである。


 そんなルクスや困惑する彼の側仕えに対してセルジュがなにもしないのはもちろんだが、セイジェルもなにもしない。

 だが彼の側仕えたちは勝手に動く。

 そしてセイジェルがそんな側仕えたちを止めることはない。


「公子」

「先日もご説明したと思いますが、公子のお席はこちらです」

「一度で覚えていただかなければ困ります」


 側仕えたちを押しのけてルクスの両側に立ったのは、今日のセイジェルのお伴であるヘルツェンとクレージュの二人。

 ルクスの耳元に唇を寄せて、まずはクレージュが呼びかけたと思ったらヘルツェンが続く。

 そしてルクスの腕を取ったかと思ったら無理矢理テーブルのところまで連れてゆき、両側から肩を押さえ付けるので、ルクスの側仕えが慌ててルクスの尻の下に椅子を差し入れる。

 その油断のない働きを見てクレージュとヘルツェンは言う。


「側仕えはいい仕事をしますのに」

「主人がこれでは苦労しますね」

「お前たち!」

「なにか?」


 椅子に掛けたルクスは声を荒らげて怒りを露わにするが、ヘルツェンもクレージュもどこ吹く風の体である。


「僕にこんなことをしてただで済むと思っているのか?」

「思っておりますが?」

「そもそもわたくしどもの主人は旦那様でございますから」

「公子に罰される覚えはございません」

「もちろん旦那様から下される罰であるならば喜んで受けましょう」

「貴様ら……」


 歯がみして悔しがるルクスに、いい加減うんざりしたセルジュが口を開く。


「お前がこいつらに勝てた試しがあるか?

 いい加減覚えたらどうだ」

「黙れ!」


 今度はテーブルを挟んだ席にすわるセルジュを怒鳴りつけたルクスは、すぐさまセイジェルに向き直る。


「使用人の躾がなっていないぞ、セイジェル!」

「お前が自分の席を覚えていないようだったので、親切に教えてやっただけだろう。

 どこに叱る理由がある?」

「僕はっ!」

「公子」


 ここで声を低く、だがすかさず止めに入ったのはルクスの側仕えである。


「どうぞお鎮まりを。

 これ以上は、わたくしどももラクロワ卿(旦那様)にご報告しなければならなくなりますので……」


 申し訳なさそうにする側仕えの言葉にルクスがぐっと怒りを飲み込むのを見て、改めてクレージュはヘルツェンと言い合う。


「本当に側仕えはいい仕事をしますのに」

「主人に恵まれなかったのが不憫ですね」


 一度は怒りを飲み込んだルクスだが、これを聞いて再び怒りを吐き出そうするのを見てセイジェルが口を挟む。


「ルクス、食事のあとで話がある」

「僕はない!」

「日々の(かて)を恵み(たま)う光と風に感謝を……」

「あ、お前また!!」


 一見ルクスがやりたい放題しているように見えるが、セイジェルとセルジュにルクスと合わせるつもりなど毛頭ない。

 頃合いを見計らっているだけで、結局自分たちのペースで進めているのである。

 そうしてこの日もセイジェル主導で夕食が始まる。


 気に食わないならハンストでもして抵抗するのも手だが、いつものように綺麗さっぱり平らげるのがルクスである。

 あるいはそんな生ぬるい手が通じない相手であることを知っていて、開き直っているのかもしれない。

 だがそんな開き直りも通じないのがセイジェル・クラカラインである。


 食事のあとでルクスが連れて行かれたのは普段は使われることのない談話室ある。

 クラカライン屋敷に幾つもある談話室の一つだが、他の談話室に比べて狭く内装も古くなっているため使われなくなっていたのだが、そんな部屋にルクスが自分から進んで入るはずもなく、食事室からクレージュとヘルツェンに無理矢理連れて来られたのである。

 もちろんそれを命じたセイジェルも。

 さらには珍しくセルジュも一緒である。

 もう一つ珍しいことにミラーカも一緒だったのだが、これにはセルジュがいい顔をしていなかった。


「正直、そなたには来て欲しくない。

 不快なものを見ることになるぞ」


 食事室を出る前にそうセルジュに言われたのだが、ミラーカが 「是非とも同席させていただきたく存じます」 と言い切ったのである。

 セルジュがノエルに興味がないようにセイジェルもミラーカに興味はなく、従兄弟のために口添えするはずもない。


 かくしてミラーカも同席することになり、それぞれが側仕えを連れていたこともあって元々狭い談話室は息苦しいほど人が溢れることになってしまったが、そのことに対してセイジェルやセルジュがなにか言うことはなく、ルクスだけが文句を言い続けていた。

 主に文句を言われたのは、その両脇を抱えて食事室から談話室へとルクスを引き摺っていったヘルツェンとクレージュだが、これから始まることが楽しみな二人にはどこ吹く風。

 実に軽快な足取りで談話室へとルクスを引き摺っていったである。


「狭い!」


 そう声を荒らげたルクスは、直後に膝裏から椅子を差し込まれて無理矢理着席させられる。

 もちろん椅子を差し込んだのはヘルツェンで、向かいに立ってその肩を押さえ付けたのはクレージュである。


「痛い!

 なにをするんだ!」

「おすわりいただいただけでございます」

「公子はおすわりが出来ませんから」

「僕を犬扱いするな!」

「犬のほうがよほどましでございます」

「躾が出来ますから」

「公子は犬以下でございます」

「比べられる犬が可哀相でございます」


 口を挟む余地を与えない二人の口撃にルクスは唇を噛むが、これだけで終わるはずがない。

 そもそも彼らは前座で真打ちはこれから登場するのである。


 ルクスの側仕えを差し置いて真後ろに立ったヘルツェンは、隙あらば逃げるため、腰を浮かして備えようとするルクスの両肩を押さえ付けて確保。

 ルクスの前に立っていたクレージュが脇に避けると、代わりに真打ちのセイジェルが当たり前のように立っている。

 その背後にクレージュが椅子を持ってくると、悠然と腰を下ろしたセイジェルは長い足を見せつけるようにゆっくりと組む。

 そんなセイジェルの横にセルジュが掛ける。


 いくら狭い部屋とはいえ、少し動けば足が当たるほど近くにすわる必要はないのだが、あえてそういう配置を選んだ三人をミラーカが少し離れて見ている。

 ミラーカが三人の輪に加われば、ルクスが一番立場の弱い彼女に矛先を向けることがわかっている。

 だから加わらないようにセルジュに言われた彼女は、少し離れてこの奇妙な状況を眺めることになったのである。


 当のセイジェルとセルジュは、あえてこの奇妙な状況を作り上げてルクスに圧を掛ける。

 なんなら大袈裟に足を組み、わざとルクスの脛あたりを蹴り飛ばしてもやった。

 もちろん謝罪なんてしない。


「痛い、やめろ!

 服が汚れるではないか!」

「もっと汚してやろう」


 平板に言ったセイジェルは、組んだ足をぷらぷらさせて靴先でルクスの足を何度も何度も蹴り飛ばす。

 軽く蹴っているように見えるが実際は結構痛いらしく、立ち上がることの出来ないルクスはすわったまま足を開いたりして避けようとするのだがセルジュまで蹴ってくるので逃げ場がない。


「やめろ、お前たち!

 痛い!

 痛いと言っているだろう!」

「安心しろ、我が家の洗濯室(ランドリー)の使用人は優秀だ。

 この程度の汚れならばあとも残さず落としてくれるだろう」

「僕はそんなことを言っているんじゃない。

 痛いから蹴るなと言っているのだ。

 聞こえないのかっ?

 痛い!!」


 あまりにも二人がガンガン蹴りつけるものだから声を荒らげて抗議するルクス。

 その声が一際大きくなるとようやく二人の足が止まる。

 だがこれで終わりではない。

 ここから始まるのである。


「いい加減にしろよ、お前たち。

 こんなことをしてただで済むと思うなよ」

「お前はなにを言っているんだ?」


 少し背を逸らせるようにすわるセイジェルは細めた眼でルクスをねめつける。

 その隣ではセルジュも同じようにルクスを見ている。

 本来は従兄弟の二人だが、知らない人が見れば兄弟と間違えてもおかしくはないくらいよく似ている。


 もちろんルクスも似ているのだが、兄のエセルスよりラクロワ卿家の血が濃いのかもしれない。

 そしてこの足をぷらぷらしてさりげなく蹴りつけるというのは、子どもの頃、ルクスがよくテーブルの下でやっていたことである。

 今でこそルクスより強い立場に在るセイジェルとセルジュだが、子どもの頃の二歳差は大きく、体格や知力で叶わない歳下の従兄弟二人を相手に、ルクスは兄エセルスや同席する大人たちに気づかれないように、テーブルの下で蹴っていたぶっていたのである。

 もちろんそれを今になってやり返すのは大人げないが、セイジェルなりに考えがあってわざとしているのである。


「昔はよくこうやってお前に蹴られたものだ」

「翌朝には足が痣だらけになっていたな」

「子どもの頃のことを根に持つとは相変わらず陰湿だな、セイジェル、セルジュ」

「では大人になってなお、子どもを相手にお前はなにをしている?」


 あまりにもセイジェルの言葉が遠回しすぎてルクスはすぐに理解出来なかった。

 ひと呼吸ほどの間を置いてようやく理解したと思ったら鼻で笑って返す。


「昼間のことか。

 だったら僕はなにも悪いことはしていないぞ。

 むしろ感謝して欲しいくらいだ。

 ずいぶんあのぬいぐるみがお気に入りみたいだったからお揃いにしてやったんだよ、あの汚らしい黒髪とな。

 チビも泣いて喜んでいたぞ」


 嘲笑うルクスを見た瞬間にミラーカは怒りを覚えるが、付き添うジョアンが 「お嬢様」 と静かに声を掛けて宥める。

 掛けた椅子から動かない……いや、動けないセルジュも、ミラーカに向けて手振りで 「落ち着きなさい」 と示す。

 こうなることがわかっていたからミラーカを同席させたくなかったのだが、許してしまった以上は自分にも責任があると思っているのだろう。

 セイジェルとよく似た冷めた目でルクスをねめつけながらも、セルジュは離れてすわるミラーカを気遣う。


「子どもの相手をするくらいしか能のない分際で子どもを痛めつけて喜ぶとは……お前は本当の能なしだな」

「同感だ」

「うるさい、黙れ!

 だいたいあれはなんだ?

 あんな汚い髪は初めて見た。

 どうせ叔父上が、どこぞの女に産ませたお前の異母妹(いもうと)だろう。

 仕方なく引き取ったものの持て余したからと言って僕に相手をさせるな!」


 セイジェルもセルジュもルクスにはノエルの正体を話していない。

 だがクラカライン屋敷で 「姫様」 と呼ばれて生活しているのを見て、ルクスはセイジェルの娘か異母妹のどちらかだと思ったのだろう。

 しかも見掛けはともかく、ノエルが九歳であることをセイジェルから聞いて知っている。

 セイジェルが自分より二歳下の二一歳であることも。

 だから年齢差を考えて、ルクスは異母妹を選択したのである。


「お前にしてはなかなかの観察力だ」


 言葉とは裏腹に、セイジェルの声も表情も全くルクスを褒めていない。

 しかも正解とも不正解とも言わないが、代わりに別の言い出す。


「どうせあれがエセルスの妻にでも収まるのではないかと考えて、今から牽制しているつもりなのだろう?

 相変わらず浅はかな奴だ」


 そう考えれば、ルクスがエセルスと会ったこともないノエルにも初対面から攻撃的だったのもわかる。

 しかもセイジェルと違ってルクスは全てが顔に出る。

 図星を指されたことが一目瞭然だが、それでも我が道を突き進むのがルクスである。


「とにかく、僕は明日屋敷に帰る」

「帰る?

 誰が許可をした?」

「僕は僕のやりたいようにやる!」


 どこまでも我が道を突き進めると思っているのもルクスである。

 だがここはクラカライン屋敷で主人はセイジェル・クラカライン。

 ばつの悪そうな顔をしながらも強気に言い切ったルクスは、次の瞬間にとんでもない悲鳴を上げる。

 またセイジェルが脚を上げた……と思ったら、脛を蹴るどころかルクスの股間を蹴ったのである。


「☆✕□✕っ!!」


 言葉にならない悲鳴を上げるルクスだが、その両手を、うるさそうに顔を背けながらも両側に立っているクレージュとヘルツェンに押さえられたため、セイジェルの足を払うことが出来ない。

 しかもセイジェルは側仕えの気遣いに応えるように、足をルクスの股間に押し当てたままグリグリグリグリと……。


 同じ男としてその痛みがわかるのだろう。

 だがルクスにとっては従兄弟でも、彼の側仕えたちにとってセイジェルは領主である。

 この白の領地(ブランカ)で一番身分の高い人物である。

 止めに入ることも出来ず 「公子、お気を確かに」 などと小さく声を掛けて励ますのがせいぜい。


 彼らとは少し離れてすわっているミラーカは、眼前で繰り広げられるあまりにも下品な光景に言葉を失うが、そのそばに控えるジョアンは平静を保っている。

 若い頃からアスウェル卿家に仕え、システアの嫁入りについてリンデルト卿家に移ってからは、ミラーカだけでなくアーガンも育てた彼女だが、それでもやはり思いもよらぬ光景に表情を強ばらせている。

 そして一番近いところでその光景を見ているセルジュはといえば……


「どうせ使うこともないのだからそのまま潰してしまえ」


 ある意味、一番残酷で下品な発言を発したのである。

 彼がミラーカの同席を快く思わなかったのも、こんな姿を見せたくなかったからかもしれない。


「確かに。

 ラクロワ卿家はエセルスがいれば十分。

 お前のような出来損ないは必要あるまい」


 さすがのルクスも歯を食いしばって痛みを堪えるのが精一杯でセイジェルの嫌味に言い返すことも出来ない。

 それをわかっていてセイジェルは続ける。


「わたしの話をおとなしく聞くならやめてやってもいい」


 どうする? ……と尋ねるセイジェルに、ルクスは悔しさに顔を歪めながらも何度も頷く。

 それを見てセイジェルもようやく足を下ろす。


「くだらないことをさせるな」

「無駄な時間を」

「いいからさっさと用件を言え!」


 歳下の従兄弟たちから投げつけられる嫌味と痛みに耐えかねたルクスは喚く。

 するとセイジェルが応える。


「最初からおとなしく聞いていればいいものを」

「セイジェル!」

「今夜からそなたは自室にて謹慎だ。

 朝食と夕食時のみ部屋から出るのを許す。

 もちろん行き先は食事室のみ」

「昼は?」

「一食くらい抜いても死ぬまい。

 茶くらい飲ませてやる」


 まだ昼食の心配をする余裕があるのかと呆れるセルジュをよそに、すわったままのセイジェルは少し腕を伸ばして近くのテーブルから一冊の本を手に取る。

 簡素な装丁でさほど厚みもない本である。

 その本をルクスに向けて差し出すが、まだ股間が痛むのか、あるいはただ受け取りを拒否しているだけなのか。

 わからないが、ルクスはその表紙をチラリと見るだけ。


四聖(しせい)の和合の物語、知っているな?」


 それがその本の題名(タイトル)らしい。

 だがセイジェルの言わんとすることがわからないルクスは黙ったまま、本の表紙とセイジェルの顔を交互に見るだけ。


「謹慎のあいだ、お前にはこれの写本をしてもらう」

「はぁ~?」


 素っ頓狂な声を上げるルクスだが、セイジェルは気にすることなく淡々と続ける。


「誤字脱字は最初からやり直し。

 完璧な形で……そうだな、十回ほど書いてもらおうか」

「セイジェル……」

「お前は字だけは綺麗だからな。

 出来上がったら装丁をして、城下の学校にでも寄贈しよう。

 初等教育でよく使われている教材だ、喜ばれるだろう」

「さすが旦那様でございます」

「民のことをよくお考えで」

「まさかルクスにそんな使い道があるとはな」


 すぐさまクレージュとヘルツェンが言うと、セルジュも自分には思い浮かばなかった案だと感心する。


「よかったな、ルクス。

 白の領地(ブランカ)の将来を担う子どもたちのために役に立てるぞ」

【アスウェル卿夫人マリエラの呟き】


「収穫祭の準備はだいたい出来たかしら?

 ノイエもセルジュも前日まで戻ってこないなんて……準備の全てをわたし一人に任せて酷いこと。

 早くセルジュがミラーカと結婚してくれたらいいのに、ノイエったらせめてセイジェルが婚約するまではだなんて、いったいいつになることやら。


 噂ではバルザックの娘とマキャブの娘がセイジェルの相手として有力視されているようですけれど、どちらを選んでもねぇ。

 バルザックはお兄様派の筆頭ですし、マキャブはお父様派ですもの。

 お父様はとうに亡くなられてお兄様もすっかり隠居しておりますのに、いつまであの一件は尾を引き続けるのかしら。


 セイジェルも大変だけれど、クラウスも……今頃はどこでどうしているのかしら?

 せめて元気でいてくれればいいのですけれど……」

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