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円環の聖女と黒の秘密  作者: 藤瀬京祥
二章 クラカライン屋敷

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100 三兄弟の顔合わせ

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

 いつもは護衛とともに馬で公邸とクラカライン屋敷を往復しているセイジェルだが、この日は珍しく馬車に乗って屋敷に戻った。

 用意されていた馬車は、式典用に作られた物でもなければ長距離の移動用に作られた物でもないため豪華ではないが、クラカライン家の紋章はしっかり描かれている。


 城内は道が狭くなっているところもあるため、城内専用として作られたこの馬車は小型なのだが、この日は成人男性が定員四名、みっちり乗り込んでいた。

 もともと領主と同乗出来る人間が限られているため、いつもならこの小型の馬車でも全く問題はない。

 だがこの日は成人男性が定員の四名乗り込んでいたのである。

 セイジェルの他にラクロワ卿家の公子ルクス。

 そして彼の身柄を抑えているアルフォンソとウルリヒの四名である。


 ルクスも貴族のたしなみとして馬に乗れる。

 しかもセルジュより全然上手いのだが、一人で馬に乗せれば勝手にラクロワ卿邸に戻ろうとするだろう。

 するとアルフォンソとウルリヒがそれを邪魔する。

 そんなくだらない小競り合いに、事情を知らない護衛や馬を巻き込まないためのセイジェルなりの配慮としてこの日は馬車で帰ることにしたのである。


 小型とはいえそこまで車内は狭くないのだが、セイジェルもアルフォンソもウルリヒも背が高い。

 その長い足に阻まれて馬車を降りることが許されないルクスは、無理矢理馬車(キャリッジ)に押し込まれてからクラカライン屋敷に到着するまでの道中、ずっと仏頂面をしていた。

 アルフォンソとウルリヒはルクスがなにかしでかしてくれるのを楽しそうに待っていたが、あてがはずれてやや拍子抜けな顔をしていたが、彼らの主人であるセイジェルは終始思案に耽っていた。


「旦那様?」

「珍しくお疲れでございますか?」

「いや、この時間はもう休んでいる頃かと思ってな」


 気遣う振り(・・)をして声を掛ける二人の側仕えにセイジェルは静かに答える。

 すると二人も応える。


「確かに、そうでございますね」

「てっきりラクロワ公子に手間を掛けさせられてお疲れになったのかと思いましたが」

「こいつがこの程度で疲れるか!」


 決して自分は悪くないと声を張り上げるルクスだが、轍や馬の蹄の音でかき消せなかったらしい。

 漏れ聞こえてきたルクスの声に、馬車(キャリッジ)の外から護衛騎士の様子を伺う声が掛かる。


領主(ランデスヘル)、なにかございましたか?」

「問題ない」

「はっ」


 馬車(キャリッジ)のすぐそばまで近づいてきた蹄の音が少し離れる。

 おそらく元の位置に戻ったのだろう。

 車内では、まるで子どものようなことをして……と小馬鹿にする二人の側仕えを相手に、ルクスは苦虫を噛み潰す。

 その様子を見てセイジェルは薄く笑みを浮かべる。


「お前も少しは成長したらどうだ?」

「うるさい」


 さすがにルクスも同じ轍は二度……いや、結局忘れた頃に何度も同じことを繰り返すのがルクス・ラクロワだが、この時はさすがに声を抑えて言い返す。


 やがてクラカライン屋敷に着くと、ルクスは乗せられた時と同様に二人の側仕えに引き摺られるように馬車から降ろされる。

 だがそれも、クラカライン屋敷の使用人たちはともかく、護衛騎士たちに見苦しい姿を見せたくなかったのか、転けそうになったところを助けてもらった風を装う見苦しさ。

 見え見えの小芝居を打つが、二人の側仕えがそれにのることはないから、おそらく護衛騎士たちもなにか気づいただろう。


 そのあとからゆっくり降りたセイジェルは、下馬をして立礼で迎える騎士たちに 「ご苦労」 と声を掛けながらマディンたち数人の使用人たちが出迎える屋敷の玄関へと向かう。

 ルクスはというと、相変わらずアルフォンソとウルリヒに身柄を押さえられたまま、引き摺られるように屋敷へと連れ込まれる。


 セイジェルの護衛騎士たちはともかく、母ラクロワ卿夫人エルデリアの実家であるクラカライン屋敷にはルクスも子どもの頃から出入りしており、使用人たちのほとんどがルクスとセイジェルの関係を知っている。

 そのため屋敷の中に入ってしまえばその本性を隠す必要もなく、隠すこともしない。


「お前たち、いい加減に放せ!

 一人で歩ける!」


 セイジェルは、マディンとともに出迎えに来ていた他の三人の側仕えと行ってしまい、他の使用人たちもマディンを筆頭に持ち場に戻る。

 残ったルクスは長い廊下を歩きながらアルフォンソたちの手を振りほどこうとするけれど、腕力差は言わずもがな。

 喚き散らす声すら彼らを楽しませる。


「遠慮なさらなくてもいいのですよ」

「ちゃ~んとお部屋までお連れいたしますからね」

「僕は子どもじゃない!」

「えぇえぇ存じ上げておりますよ」

「しかも旦那様よりも歳上でいらっしゃる」


 実はルクス、セイジェルより少し小柄ではあるが二歳ほど上なのである。

 もちろんこのことはセイジェルの側仕えたちも知っていることで……


「それなのにずいぶんと子どもじみていらっしゃることで」

「馬鹿にするな!」

「馬鹿にしているのではございません。

 公子は馬鹿なのでございます」

「お前ら!

 僕をラクロワ卿家の公子と知って……」

「もちろん存じております」

「何度もそうお呼びしているではありませんか」


 二人を相手に減らず口で勝てるはずもなく、用意されていた部屋に着いたら着いたで適わないとわかっていながらも無駄な悪足掻きを続けるルクスに、二人も容赦ない口撃を浴びせる。


 ルクスのために用意された部屋はセルジュが使っている部屋のすぐそばにあり、おそらくラクロワ卿邸にあるルクスの部屋と広さは変わらないだろう。

 屋敷の主人であるセイジェルとの不仲はともかく、使用人にとってはセルジュやミラーカと同じ客人である。

 その支度に余年はなく、だが室内を取り立てて飾り立てたりもしない。


 どうせ明日の昼にはラクロワ卿邸からルクス愛用の品々を、彼の側仕えたちが持ってやってくるのである。

 だから部屋には必要最小限の物しか用意されていなかったのだが、その中には着替えとしてセイジェルの服が用意されていた。

 もちろん仕立ててからまだ一度も袖を通していない真新しい物である。


 神殿から呼び出されて城まで来たルクスは神官のローブのままだったから、「夕食の前にお召し替えを」 とアルフォンソたちに勧められ、いやいや着替えさせられることになる。


「もう少し背丈が欲しいところでございますね」

「肩幅も、ずいぶん貧弱でいらっしゃる」

「どうして僕が服に合わせなければならない!!

 しかもこれはセイジェルの服だろう!」


 だからはじめから自分に合わせて作られてはいない! ……というルクスの主張ももっともではあるけれど、当然のことながら、アルフォンソとウルリヒはわざとルクスを怒らせようとして言っているのである。

 ルクスもそのことに気づいているかもしれないが、言い返せずにはいられないのが彼の性格らしい。

 このあとも言いたい放題の側仕え二人に対してルクスは怒りっぱなし。

 二人の案内で食事室にやってきた時も酷く立腹だった。


「僕はお前たちよりこの屋敷のことは知っているんだ!

 わざわざ案内などいらん!」

「わたくしたちだって好きでお世話をしているわけではございません」

「旦那様に言われてのことでございます。

 その旦那様が仰らない限り、わたくしたちは公子のお世話をしなければならないのでございます」

「だったら……セイジェル!」


 ルクスとは、屋敷の玄関で別れたあと自分の部屋に戻って着替えを済ませたセイジェルは、少しばかり雑事を片付けてから食事室にやってきたのだが、先に着席していたのはセルジュとミラーカの二人。

 つまり一番最後にルクスがやってきたのである。


 いつもの自分の席に着いて、セルジュやミラーカとともにルクスが来るのをまっていたセイジェルは、声を荒らげるルクスに冷ややかな目を向ける。

 だが返事はしない。


「こいつらをなんとかしろっ!」


 ルクスもそんなセイジェルの態度を気にすることなく言葉を投げつけたのだが、答えたのはセイジェルではなくアルフォンソである。


「お一人ではお召し替え一つ出来ぬくせに、なにを仰いますやら」

「まさかと思いますが、添い寝も必要でございますか?」


 ルクスもセイジェルと側仕えたちの関係を知っているらしく、ウルリヒの冗談に短く 「ひっ」 と悲鳴を上げる。

 そんな三人のあいだに割って入ったのは、セイジェルではなく、普段は彼らに関心を示さないセルジュである。


「そこまでにしろ、食事がまずくなる」


 まるで自分が不快に思っているような言い方をしているが、おそらく隣にすわっているミラーカを気遣ってのことだろう。

 人形のように無表情を強ばらせているミラーカを見て、二人の側仕えは 「これは失礼を」 などとあくまでもふざけていたが、そんな二人に無理矢理席に着かせられるルクスが気づく。


「そなたは確か……」


 ミラーカを見てそう呟いたルクスは、すぐに視線を隣のセルジュに移す。

 だがセルジュはなにも応えず席を立つと、なぜかとなりにすわるミラーカの椅子を引く。

 するとミラーカは心得たように立ち上がり、テーブルを挟んで斜向かいにすわるルクスに丁寧なカーテシーで挨拶をする。


「お久しぶりでございます、ラクロワ公子。

 ミラーカ・リンデルトでございます」

「あ、ああ、そんな名前だったか。

 セルジュの……」


 もちろんその場の趣旨にもよるが、だいたいの場合、公式の場には夫婦同伴はもちろん婚約者を伴うもの。

 従兄弟であるセルジュの婚約者ミラーカとは何度も顔を合わせていたはずのルクスが少し面食らっていたのは、久々に会うからではなく、クラカライン屋敷にミラーカがいたことが意外だったからである。

 二人の側仕えに無理矢理席に着かされたルクスは、少し落ち着くと、今度はテーブルを挟んで向かいにすわるセルジュに話し掛ける。


「なぜお前の婚約者がここにいる?」

「わたしではなくセイジェルに訊け」


 挨拶を終えてすわりなおすミラーカの椅子を引いたセルジュは、澄ました顔で自分も着席しながら素っ気なく返す。


「お前の婚約者だろう」

「ここはセイジェルの屋敷だ」


 その意味がわからないルクスは食い下がる。


「僕はお前に訊いてるんだ」

「何度訊いても答えは同じだ」

「歳下のくせに生意気な……」

「お前が馬鹿なだけだろう」


 従兄弟の気安さもあるのだろうが、あまり見ないルクスの稚拙な様子に戸惑っているミラーカのほうがセルジュには気になるのだろう。

 ミラーカはなにも言わなかったけれど 「気にしなくていい」 と声を掛けてやる。


「え、ええ……」


 見てはいけないものを見てしまった、あるいはこの場にいないほうがいいかもしれないと思ったのか、歯切れ悪く応えたミラーカは、セルジュとルクスを交互に見る。

 それがルクスには居心地悪かったが、さらになにか言う前にようやくセイジェルが口を開く。


「……今、屋敷に9歳の子どもがいる」


 セイジェルがなにを言っているのかわからないのか、ルクスは間の抜けた顔で 「は?」 と気の抜けた声を出す。

 するとセイジェルは表情も声色も変えず繰り返す。


「今、屋敷に9歳の子どもがいる」


 やはりセイジェルがなにを言っているのかわからないらしいルクスは間の抜けた顔のまま。

 棒読み気味に 「それがどうした?」 と返す。

 自分には関係ないと言いたかったのだろう。

 本当に気づかなければならないセイジェルの言葉の意味に気づいたのはそれからである。


「……9歳の子ども?

 はっ? どうして子どもがここにいるんだっ?」


 やっと気づいたか……と言わんばかりに深く息を吐いたセイジェルは、改めてルクスを見て話す。


「名をノワールという」

「僕の質問に答えろ!

 どうしてこの屋敷に子どもがいるんだっ?」

「お前がそれを知ってどうする?」

「どうもこうもない!」

「では説明はいずれ」


 セイジェルがなにか言えば即座に声を荒らげて返すルクス。

 それに対して答えたり答えなかったりするセイジェルの口調は変わらない。


「誤魔化すな!」

「今は説明する必要がないだけだ。

 叔母上たちが揃われる収穫祭で説明しよう」

「母上たちになんの関係がある?」


 ルクスを見たまま少し考え込む様子のセイジェルを見て、ルクスは苛立ったように催促する。


「答えろ、セイジェル!」

「……お前と話すのは本当に面倒臭い」

「自分で僕を連れてきておいて面倒臭いとか言うな!」

「そうだったな」


 セイジェルはもう一つ小さく息を吐き、それから答える。


「叔母上たちにも紹介する必要があるからだ」

「母上の知り合い?

 9歳の子どもが?」


 ルクスに付き合っていては全然話が進まず、無駄に時間が過ぎるばかりで食事が冷めてしまう。

 その疑問についてはセイジェルももっともだと思ったはずだが、あえて答えず話を続ける。


「そなたにはノワールの家庭教師をしてもらう」

「どうして僕がっ?!」

「神殿でも同じことをしているのだろう?

 アスウェル卿にも許可は取ってある」

「僕はなにも聞いていない!

 叔父上めっ!」


 ここにいない叔父アスウェル卿ノイエに代わり、その息子であるセルジュを睨みつける。

 セルジュはそんなルクスの視線を、少し面倒臭そうに見返す。


「まさかわたしに、父上に許可を撤回するよう言わせるつもりではないだろうな?

 あの父上が、こんなことで息子(わたし)領主(セイジェル)を天秤に掛けると思っているのか?」


 実にくだらない。

 そうセルジュが吐き捨てると、唐突にセイジェルが言い出す。


「日々の(かて)を恵み(たま)う光と風に感謝を……」


 セルジュやミラーカはごく自然に両手を組み合わせたが、それすらもルクスは気に入らなかったらしい。


「神官である僕を差し置いて!」

「ここはわたしの屋敷だからな」


 あからさまに悔しがるルクスだが、ここでハンガーストライキでもして気概を見せるわけでもなく、運ばれてくる食事を当たり前のように食べるのである。

 そうして最後までアルフォンソたちにからかわれるのである。


「よろしければおかわりをお持ちいたしましょうか?」

「沢山召し上がって少しは成長されるとよろしいでしょう」

「ああでも、体だけ大きくなっても仕方ありませんが」

【リンデルト卿家令嬢ミラーカの呟き】


「閣下は本気で姫様の家庭教師にラクロワ公子をお考えなのでしょうか?

 確かに神殿ではかなり幼い等級(クラス)の教鞭を執っておられたはずですが……。


 心配ですわ。


 やはり閣下にお願いしてわたくしも同席させていただきましょう。

 ようやくこちらのお屋敷での生活にも慣れて落ち着いてこられたのですもの。

 ここはなんとしても、わたくしが姫様をお守りしなくては!」

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