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マルリットは部屋に上がると、エリーに紙袋を渡し、ある物を見つけた。
「ほぉ、薬学ですか。これは独学で?」
「いえ、先生が教えてくれています」
「先生?」
穏やかな顔をしていたマルリットの顔が初めて崩れた。
しかしエリーはその僅かな変化に気づかず続ける。
「昔街でお医者さんをしていた、先生です」
マルリットは頭の中でユーリス・フォーラーの名を浮かべた。
「その先生は、ユーリスという方では?」
「あ、はい。そうです」
医者、薬学者として、若い頃から業界に名を轟かせたユーリスがある日の手術を境に消息を絶ったことは知っていた。品行方正の彼がまさかオポズにいるとは、マルリットは予想だにしていなかった。
「これ、見てもよろしいですか?」
マルリットが手にしているのは薬学の参考書だ。
エリーが頷くと、彼は捲り出した。
びっしりと書かれたユーリスの文字と、そしてエリーの文字が最後のページまで続いている。
「これは最後まで終わったのですか」
そう尋ねると、エリーがまたしても頷いた。
「理解されているんですか?」
「ええ、だいたいは」
マルリットはこの参考書が薬学者向けの物だと分かっていた。
そして目の前にいる少女はそれをほぼ把握していると言う。
マルリットは優しく微笑んだ。
「君、お名前は?」
「……エリー」
「そう、エリー。君はお母さんを取り戻したくはないか?」
柔らかい優しい声がエリーの耳の奥を刺した。
「……お母さんを?」
「そうだ、君のお母さんはカナロフ殿に夢中だ」
あの日の、あの光景が蘇る。
愛おしそうに男に寄り添うマリアの姿が。
「でも、カナロフ殿がいなくなれば、君のお母さんは戻ってくる」
エリーが口を開こうとするとマルリットが上から言葉を重ねてきた。
「そうだろう、そうすればお母さんを夢中にさせるものは何もない。一つあるとすれば」
マルリットが言葉を切り、エリーの瞳を見つめる。
そして十分間をおいてから口を開いた。
「君だけだ」
甘美な声がエリーの頭に響く。
「お母さんの愛は君だけに向けられる」
その甘い甘い蜜のような囁きに眩暈がする。
「娘であるエリー、君だけだ」
エリーは無意識に頷いていた。




