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わがまま令嬢とその侍女  作者: たなぼた まち
魔女の追憶 番外編
63/120

11

 マルリットは部屋に上がると、エリーに紙袋を渡し、ある物を見つけた。

「ほぉ、薬学ですか。これは独学で?」

「いえ、先生が教えてくれています」

「先生?」

 穏やかな顔をしていたマルリットの顔が初めて崩れた。

 しかしエリーはその僅かな変化に気づかず続ける。

「昔街でお医者さんをしていた、先生です」

 マルリットは頭の中でユーリス・フォーラーの名を浮かべた。

「その先生は、ユーリスという方では?」

「あ、はい。そうです」

 医者、薬学者として、若い頃から業界に名を轟かせたユーリスがある日の手術を境に消息を絶ったことは知っていた。品行方正の彼がまさかオポズにいるとは、マルリットは予想だにしていなかった。

「これ、見てもよろしいですか?」

 マルリットが手にしているのは薬学の参考書だ。

 エリーが頷くと、彼は捲り出した。

 びっしりと書かれたユーリスの文字と、そしてエリーの文字が最後のページまで続いている。

「これは最後まで終わったのですか」

 そう尋ねると、エリーがまたしても頷いた。

「理解されているんですか?」

「ええ、だいたいは」

 マルリットはこの参考書が薬学者向けの物だと分かっていた。

 そして目の前にいる少女はそれをほぼ把握していると言う。

 マルリットは優しく微笑んだ。

「君、お名前は?」

「……エリー」

「そう、エリー。君はお母さんを取り戻したくはないか?」

 柔らかい優しい声がエリーの耳の奥を刺した。

「……お母さんを?」

「そうだ、君のお母さんはカナロフ殿に夢中だ」

 あの日の、あの光景が蘇る。

 愛おしそうに男に寄り添うマリアの姿が。

「でも、カナロフ殿がいなくなれば、君のお母さんは戻ってくる」

 エリーが口を開こうとするとマルリットが上から言葉を重ねてきた。

「そうだろう、そうすればお母さんを夢中にさせるものは何もない。一つあるとすれば」

 マルリットが言葉を切り、エリーの瞳を見つめる。

 そして十分間をおいてから口を開いた。

「君だけだ」

 甘美な声がエリーの頭に響く。

「お母さんの愛は君だけに向けられる」

 その甘い甘い蜜のような囁きに眩暈がする。

「娘であるエリー、君だけだ」

 エリーは無意識に頷いていた。


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