09
約一日。
エリーが動くのに要した時間だ。
「大丈夫かい、エリー」
気持ち程度の清潔感のあるベッドに寝ているエリーを覗き込むようにユーリスが声をかける。
「なにがあったんだい?」
ユーリスの眉が心配そうに下がる。
隣で立つコンラッドも分かりにくいが心配していることが分かる。
エリーは体を起こし、紫色の唇を開いた。
「お母さんが、私のお母さんじゃないって……カナロフって人と一緒に、どっか行っちゃった……」
ユーリスとコンラッドはお互いを見合った。
そして、エリーの母親であるマリアが娘を捨て、客であるカナロフと駆け落ちしたことを理解したが、しかし、とユーリスは項垂れる。
マリアはエリーを大事にしていた。
街にいる親子とは確かに愛し方は違うが、彼女は娘を愛していたはずだ。
それなのに、彼女を捨て、違う男と旅立っていった。
「そんなこと、できるのか……?」
「できるよ」
入り口から入ってきたのは、焼き菓子の娼婦だった。
「ヴィエラ」
ヴィエラと呼ばれた娼婦はエリーに「食べなよ」と砂糖菓子を渡す。
「愛に飢えている女ほど狂った行動をとる」
エリーは「ありがとう」と受け取るも食べることはせず、その菓子を持ったままうつむいていた。
「あいつらは囁くんだ、愛の言葉を。飢えで空っぽな心にどろどろと愛を囁く。そしてそれが溢れると、狂ったようにそいつしか見られなくなる。娘がいようと親がいようと、愛を囁いたそいつが世界のすべてとなる」
ヴィエラの言葉に首を傾げる男二人を見て、ヴィエラは「あんたらは愛を注がれたことが無いから分からないんだろ」と笑った。
ちょっと不服そうな二人を置いておいて、ヴィエラは近くにある椅子に腰かけエリーを見た。
「そういう女は、目が変わる」
エリーの肩が小さく跳ねた。
「うっとりとした恍惚とした目になるんだ」
あの日見た、目がそうだ、と思った。
「そういう目をした女には気をつけろ」
エリーはヴィエラの目を見た。
「そういう目をした女は、好きな相手の為なら何でもやる」
ヴィエラの目に映る自分がよく見えなかった。




