06
「ただいま」
帰ると母親がいた。
いつもなら返事が返ってくるのだが、今日はエリーに背を向け、黙ったままだ。
どうしたのかと思い、エリーは母親の前に回り込む。
そしてその目に気が付いた。
「あ、おかえりぃ、エリー」
その目はエリーを認識すると姿をくらました。
「今日はどうだったぁ」
「別に、いつも通り」
「あ、そぉ。今日はもう寝るねぇ」
母親はエリーから視線を逸らし、布団へ移動する。
エリーはその後ろ姿に問うた。
「お母さん、今日なんかあった?」
母親は布団に頭を覆うように潜り込んだ。
くぐもった声だった。
しかしエリーにはしっかり聞こえた。
「……なんにも」
エリーは音を立てないよう注意しながら、朝食をとる。
大したものではない。道中にもらった焼き菓子と小さなパサパサしたパンを一つ食べるだけだ。
食べながらも視線は母親に向けたまま。
エリーはその目を見たことがあった。
ある若い娼婦が一人の客に恋をした。
そのときの、目だ。
母親が誰かに恋をしている。
別にそれは悪いことではない。
だが、と続きを考えようとしてやめた。
そんなことはない。そんなことしない。
そう考え、頭を左右に振った。
しかし、エリーの恐れていたことは起きた。
一週間後、母親が帰ってこなくなった。




