04
しばらくして解放されたアソラは、マリーが気に入っている菓子のストックを確認する為に厨房を覗き込んだ。すると一人の侍女が高い所から皿を取ろうと手を伸ばしている姿を見つけた。手足が震えるほど背伸びをして、指先で皿を掴もうとしているので、アソラは後ろからその一枚を取った。
「あ、ありがとうございます」
そばかすのある幼さを残した顔がアソラを見上げて、青ざめた。
そこでアソラは彼女がまだ来たばかりの新人であることを察した。
「いえ、今度は無理をせず椅子を使うように」
そう言い、彼女から離れて、反対のマリーの菓子棚に移動すると、元気な声が聞こえた。
「マーガレット、まだぁ? 早くしないと侍女長怒るよ」
もう一人の新人の侍女だった。
彼女は皿を持ったまま固まっているマーガレットを見て、反対側にいるアソラを見る。
「ひっ」
小さな悲鳴を上げて、「い、行こう!」とマーガレットの腕を引いて厨房を出て行った。
アソラは久々のその反応に悲しみよりも、相手を怖がらせてしまう申し訳なさを感じていた。
「あんたも大変だなぁ」
出ていた彼女たちの代わりに入ってきたのは、この厨房の主、リーシャだった。
無精髭の生えた少し小汚い男だが、彼から創り出されるすべての料理は誰もが口に入れたら静かになり、その味わいに夢中になる一品ばかりだ。タントッラ国王さえもが、彼を専属のシェフに望んでいるが、彼はずっとこのジョーダン家でその腕を振るっている。
「そんなにその色は不吉なのか?」
彼はこの地域の生まれではない。遥か遠く北から来たという。
「さぁ」
そう答えるアソラもこの地域の生まれではないので、実はこの色がどうしてあそこまで恐れられているのか理解していない。
「確か、昔、欲深い一族がすべてを手に入れようとして滅んだ。でもまだ悪魔の末裔は生きているから、黒い髪と黒い目をした人に近づくな。近づくとすべてを奪われる、って言い伝えがあるらしい」
それを聞いたリーシャは鼻で嗤った。
「なんだそりゃ、それがどう怖いんだ」
「すべてを奪われることが怖いってことかな」
「そんなの黒い髪とかしてなくても、奪ってく奴は奪ってくぞ」
リーシャはアソラに同意を求めるように「なぁ?」と聞いてきた。
アソラは昔を思い出す。
確かに黒い髪をした人は少なかった。
それでも周りはすべてを奪われた人で溢れかえっていた。
「そうね」
リーシャは今夜の献立レシピを殴り書きする。
「見た目なんていくらでも変えられる。見た目で判断するのは愚か者のすることだ」
レシピを書き終える頃に「料理長!」と元気よく少年が入ってきた。




