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鉄拳の騎士  作者: sui
第二十六話 それでも灰色の未来に挑む
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第二十六話 1

 オズヴァルドと晃との対決の同時刻。

場所は此方と彼方の狭間の領域。

ロミルダが魔法で作り出した、神聖騎士団・上位騎士爵達の拠点となる空間。


「さて、面倒な事になったな……興味深くもあるのだが……うーん」


 本来なら、上位騎士爵達が会議で使う為の部屋。

しかし今、中央に設置された大きな円卓に座るのは独り言を呟くロミルダただ一人。

眉間に皺を寄せながら、何かの到着を待つ。


「不意で、唐突で、不愉快……母さん、どういうつもり?」


 ようやく部屋に入ってきたのは、抜群のプロポーションを持つ長身の女性。

オズヴァルドと同様の青白い肌に、ロミルダと同様の白いビジネススーツを着こなす女――新造人類、神聖騎士団上位騎士爵・イルゼ。

オズヴァルドと違いロミルダへの忠誠心が低い彼女は、桃色のロングヘアをかきあげて苛立ちをアピールした。


「やぁ、来たか。適当に座るといい」


「はぁ……?そんな悠長な事言ってられる事態なら、帰るけど?」


 口元を歪めたイルゼはロミルダの着席指示に従わず、立ったまま話を続ける。

 

 極度の面倒くさがりである母が急な召集をかけた事実。

額に浮かぶ冷や汗、そわそわと落ち着きのない仕草。

部屋に入った瞬間、それらの情報を読み取ったイルゼは緊急事態が起きている事を察した。


「やはりお前は察しがいいね……良い子だ」


 不快感を隠さないイルゼの反応に、ロミルダは満足したような表情で返した。

 

 イルゼには優れた観察眼と、最速で状況を把握する知性がある。

これから事を動かすにあたり必要とするその性能を、ロミルダは必要最小限のやりとりだけで確認した。


「ダッル、ウッザ、キッショ」


 ロミルダが自分を値踏みしている事も、少し観察すればすぐにわかる。

不興を買うと理解しているのに、その姿勢を隠さない。改めようともしない。

そんな母に対して、イルゼも偽りなき嫌悪で返答した。


「察しの通り、すごくめんどくさい事になった。今すぐ動いてもらいたい」


 ロミルダはイルゼの悪感情を買う事に慣れているので、罵詈雑言を聞き流して軽い口調で本題に入った。

しかし娘を見つめる表情にだけは軽薄さが無く、事態の深刻さを語らずに悟らせる。

 

「チッ……で?今動いてるのってオズヴァルドでしょ?あのマヌケ、結局ダメだったの?」


「こちらの想定外のタイミングで戦闘が起きたんだよ。まずここから歯車が狂い始めた」


 オズヴァルドの高すぎる闘争意欲は、そのまま使えば必ず空回りを起こす。

そう考えたロミルダは、任務として前哨基地の設営を命じた。

 

 必要とされるのは戦闘力ではなく、晶獣やヴェノムジェスター、パラライズトーカーへの的確な指揮。

万が一の目撃者は隠密裏に消し、基地の完成までJRICCに悟らせない。

そんな作戦を通じて将の一人としての自覚を育て、冷静な人格を形成する。

そのつもりだった。


「そういうイレギュラーな事って、普段の母さんなら喜びそうだけど」


「いや、それがちゃんとした観測の用意ができてなくてさ〜……」


 深刻だったロミルダの口調が緩み、面倒臭さで困りきったものに変わる。


 技術者・研究者としての一面を持つロミルダにとって、剣晶が引き起こす想定外の事象は有用なデータになり得る。

しかし本人の目でしっかりと捉える事ができない以上、それは何の益も齎さない。


「アタシに働けってんなら、何でもいいから出しなさいよ。データをさ」


「あるにはある……が、これはなぁ〜……」


 イルゼの要求に対して眉を顰め、頭を掻き、嫌気の溢れた情けない声を漏らす。

続いて指を鳴らすと、魔法によって円卓の中央に立体映像が映し出された。


『畜生ッ!!どけ!ザコ共!!』


 映るのは、オズヴァルド配下の晶獣達と戦う晃の姿。

四方八方からの剣戟を受け流し続けるが、物量を伴うそれに対し反撃に転じる事が出来ずにいた。


「なによ、ちゃんとモニタリングしてるじゃない」


『負けるわけねえだろ、ゴラァァァァァァァッ!!!』


 イルゼが眺めるのは、まるで覆るようには思えない優位の戦況。

しかし晃が気合いの叫びを発した時、戦況が一変した。


『うおおおおおおおおおおおおおおッ!!!』


 鎧に弾かれた晶獣の剣が、大きな音を立てて真っ二つに折れる。

続く二番手、三番手、四番手達が追撃を行うがそれぞれの剣が晃に当たった瞬間、潰れ、曲がり、砕け散る。

まるで攻撃のそのまま跳ね返したような、奇妙な現象が起きた。


正規団員(ナイツ)であるはずのスチールグレイ達が、こんなあっさり……?」


 ロミルダがオズヴァルドに貸し出した晶獣は兵力としての等級が高く、本来なら一撃で斃される事などあるはずがない。

目の前で映されているものが異常事態であることに、イルゼもようやく気がついた。


『な、なんだ!?今、何が起きたのだッ!!??だっ、第二陣!!第二陣構えぃ!!!』


 映像からはオズヴァルドの慌てふためく声が聞こえる。

視点は異常の中心である晃ではなく、後方に控える晶獣達に向いた。


「ちょっと、母さん!映像がブレてる!!」


「これは緊急で抜き出した、オズヴァルドの視界だからだよ」


「うわ、ならダメね」


 映像には必要なものも興味深い事象も映らず、不快な声と定まらない視点だけが垂れ流される。

イルゼは珍しく声を荒らげたが、母から映像の出所を告げられた瞬間に情報としての無価値を確信した。


「まぁ、この有様なのでね。今すぐ行けと言った意味はわかるね?」


「不出来な弟のケツ拭き、或いはあのガキに起きてる事の観察?……あぁ、ダッル」


 ロミルダがオズヴァルドにそうしたように、魔法で視界を繋げば晃に起きた変化をモニタリングできる。

イルゼは取り乱したオズヴァルドの援護と状況把握が自分の使命だと、そう推察した。


「いいや、私がお前に命ずるのは援護でも情報収集でもなく“エターナルブラックの剣晶を回収すること”だ……お前、弟の仇討ちをするガラでもないだろ?」


 だがロミルダの指令はオズヴァルド本人をどうにかするわけではなく、存在の核となる剣晶の回収。

即ち、肉体の崩壊――オズヴァルドの敗死が前提になっていた。


「……へぇ?オズヴァルドがくたばる想定なんだ?母さんにしてはえらく悲観的じゃない」


 今まで見た事のない母の姿勢には関心を持つが、表情には陰りが見える。

 

 オズヴァルドへの情は無い。

しかし自分と同じ新造人類を軽視するような言動はイルゼにとって気分のいいものではなかった。


「そうでもない。時間がかかって面倒だが、剣晶さえ残っていれば肉体の再編成は可能だからね」


「……便利ね、アタシ達って」


 続くロミルダの言葉は新造人類達へのフォローのつもりだったのだろうが、“機能”、“戦力”としての視点しかない。

母のそういうところが嫌いなのだと自覚したイルゼは、深いため息をついた。


「貴重なお前達を失いたくない、と言っているんだよ。その為の対処だということをわかってほしい」


「……で?その臆病な判断を下す根拠を教えてくださる?『副団長サマ』?」


 娘の心象をかつてないほどに損なったと、ロミルダはここでようやく気づく。

関係を修復する意図を持って弁明するも、ズレた視点と平坦な声によって発せられたそれはイルゼの心に届かない。

薄寒い作り笑顔と、嫌味を込めた態度しか返ってこない。


「めんどくさ……剣晶の能力を本来のもの以上に引き出す事例が、此方にはあったんだよ。ほら、コレ」


 面倒臭くなったロミルダは早々に相互理解と関係修復を諦め、話題を主軸へと戻す。

取り出して卓上に置いたのは以前の戦いにおいて唆した、レイラ・ガウリーが使用したローズレッドの剣晶だった。


「ローズレッドは大した事のない剣晶だが、エルジェーベトとやらの人格が入ったと思わしき現象によってその潜在能力が底上げされたんだ」


「副団長サマァ、その話は以前聞かせていただきましたが?耄碌されたので……ッ!?」


 既に終わり、イルゼの耳にも結果として聞かされたレイラの一件。

同じ話を蒸し返し繰り返すのは母の悪癖であり、嫌味は更に重なるばかり。

しかし、その意味を察した瞬間にイルゼのニヤケ面は消え、言葉は途中で途切れた。


「気づいたね。もし同じ現象が強い能力を持つ剣晶で発生したのならば、能力値の上昇は計り知れない」


 イルゼから消えたニヤケ面が、ロミルダの顔に浮かぶ。

自分の話をよく聞き、理解できる娘は母にとって何よりも好ましい。




「……つまりあのガキの持つエヴァーグリーンにも、その力を支える“何か”がいるかもしれないってことさ」

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