第四話 EX
晃と麗華がエレベーターを登り、研究所を出た後。
二人が戦闘を開始するまでの間、篝火と森川さんの会話は続いていた。
「さて……恵くン恵くン、芽吹陽一って男の名前聞いた事ある?」
篝火は自分専用のゆったりとした椅子に座り、用意してあったティーポットからカップに香りのきつい紅茶を注ぐ。
「えー?何ですか急に……」
一方の森川さんはJRICCとしての業務で使用するオペレーションルームから、面倒くさい気持ちを隠さず返答する。
「ワタシとの他愛ないお話に付き合うのも業務の一環だよ。芽吹陽一、晃くンのダディーの名だ」
「聞いたことないですね……え、わざわざ私に聞かなきゃならない事なんです?」
「そっかー、やっぱりないかー。いやね、行方不明なンだワその人。晃くン曰く顔も見た事なくて、もう死んでるンじゃないかって」
「……もしかしてそれ、芽吹さん本人にも聞きました?」
森川さんは篝火と付き合いが長く、立場上話をする事が多い。
故に篝火が晃に対して何をしたか、どういう怒らせ方をしたかが容易に想像できる。
「あはは、察しがいいねー。いや大変だったよ、あやうく殴り殺される所だった。彼にとって楽しい話題じゃない事はわかってたけどあそこまでキレるなンて……思春期怖いネー」
篝火は紅茶を味わいながら、自分の失態を笑って話す。
晃の心をかき乱し、本人に反省の弁を述べた口から出た言葉にしては真剣味に欠けている。
「主任〜……久々に人間のクズとしての本性出ましたね。それにわざわざ本人から聞かなくたって我々の立場があれば……」
「ああそのとうり。特防省直属即ちお国の力をフルに使えるワタシなら個人情報なンて抜き放題だし、予め晃くンの身元は洗ってるンだよね。その上で彼本人、そして一見関わりなさそうなキミからも話を聞きたい理由がある」
「嫌がらせのためですかあ?」
「割とマジでクズだと思われてるみたいで悲しい!!違うンだよ、これにはちゃンと真剣な理由がある」
「……ないんだ、芽吹陽一という男の詳細が。国のデータベースから出てこない」
紅茶を飲み干し、カップを机に置いて語る篝火の声からはふざけた様子が消え、真剣で冷静な研究者のそれに入れ替わっていた。
「え……!?」
その緊張感は通話越しでもすぐに森川さんに伝わった。
篝火が真面目な声色になる時、それが本当の異常事態であることを森川さんはよく知っている。
「芽吹陽一はたしかに実在する人間で、秋山 静月という女性との間に晃くンを製造した事が分かっている。だがこの男がどういう人間で、どういう人生を辿ったかという情報が、一切出てこないンだよ」
「芽吹さんのお父さんは……芽吹さん自身も、ただの人間ではない……?」
「いやぁ、ただの高校生だよ?彼は麗華くンとは違う。特別製の身体ではないし、特異な素養を持っているわけでもない。彼がエヴァーグリーンに強く適合できる理由は何もない」
「彼の内側に潜む影には……どンな秘密が眠っているのだろうね?」




